第15話 小太刀の少女

 破けて胸元が露わになった小太刀の使い手。

 彼の──いや、彼女の胸板は皿のように盛り上がっていた。

 ほどけたフードから覗かせた髪の毛はサラサラとしていて長く、しかも細くしなやかである。

 それにおそらく甫とそれほど年齢も変わらない様子。

 同じ学校に通うクラスメイトだと言われても納得な少女が小太刀の使い手だった。


(口封じには失敗したけれど、これ以上は無理だ)

「どうなってやがる?」


 パーカーを引き裂いた際の剣気が海砂利の持つ力を弱めたことで、姿を認識できなくなっていた甫と少女が斬九郎の眼に映る。

 これで2対1。

 ただでさえ劣勢になっていた小太刀の少女は勝ち目なしと判断し、勉の口封じを諦めた。

 おめおめと逃げ帰れば勉は簡単に口を割るだろうが、今日の時点で知れ渡ろうとも明日のパーティには支障ないだろう。

 自称妖刀鍛冶が知る程度のことなど、もとより明日には士に知れ渡る予定だ。


(水魚よ──)

(させるか!)


 少女の持つ二刀のうち片方から溢れる妖気を見て斬九郎は有無を言わずに斬りかかる。

 さきほどまで切り結んでいた剣士の正体が同年代の少女と知って、僅かに呆然としていた甫の油断を埋めるかのような速攻なのだが、彼の刃は少女には届かない。


「なっ⁉」


 彼女が持っていたもう一つの奇剣「水魚」。

 この妖刀は単独では妖気を秘めているだけの小太刀であり、その真価は海砂利と組み合わせることで発揮される。

 元々海砂利のオリジナルである妖刀小石は周囲の意識から姿を消す他に、意識の中に偽の気配を紛れ込ませることで誤認から遠隔の念話すら実現する力がある。

 海砂利はそれらのうち「意識から消える力」が劣化して再現しているのみ。

 そこで拡張器具として生み出された水魚を同時に使用することで、海砂利の力を反転させて、単独で実装できなかった「気配を増やす」力を再現する。

 この力で増えた少女の気配は周囲に居る通行人や野次馬たち全員を彼女だと錯覚させた。

 まして甫たちは全員が少女とは初見。

 破れて胸元がはだけたパーカーという目印があっても、見失うのには充分な一般人がこの上野駅構内という空間には存在していた。

 刃を振りかぶった斬九郎がもしやとからくりに気づいて静止して数秒後。

 水魚によって生み出された気配が消えたときには、当然のように少女の姿は消えていた。


「逃げられたか。それにしても今の浪人はナニモンだ?」


 闖入者を相手取った戦いが終わり、相手が逃走したのを見て納刀した斬九郎は呟く。

 結果として重要参考人となる浪人を無事に確保できたことで、事態の進展に繋がるのではないかと彼は思いにふける。

 一方で初めて剣を交えた浪人が同年代の少女ということに驚いた甫の手は震えていた。


「大丈夫だった?」


 そんな少年の機微を感じ取ったのは組んだばかりの名探偵。

 助手の様子に気づいた律子は彼の手を握る。


「士だと言っても人間を斬ったのは初めてでしょう?」

「心配しなくても大丈夫ですよ。あれくらいの怪我なら稽古で負わせることも多いですし」

「怪我の程度の話じゃないわよ。自分と同じ年頃の子が、悪意を持って斬り掛かってきたのを返り討ちにしたことのほう」


 震えの理由を言い当てられて甫は心臓が一瞬止まる。

 もちろん士を目指すうえでは妖刀を用いた犯罪行為に手を出す剣士とも戦うことがあるとは覚悟していたわけだが、あの少女のように悪辣には見えない普通の子が殺意を向けてくるなど考えたこともなかった。

 仮にあの子が剣聖の類として評価されるほどの強者であればまた違う。

 アレは未熟者なりに自分の信念に従って行動している、自分と同じ存在だ。

 それが妖刀事件を解決したいという正義感で士を目指した自分とは真逆の主義で剣を振るっている。

 似たところがあると一目で感じたからこそ、甫は彼女を斬ったことに怖れを抱いてしまっていた。

 そんな甫の心情を律子は読み取る。


「そ、それは──」


 言い淀む甫の手を律子は握り彼の眼を見つめ、彼女の顔が近づいて頬が赤くなる少年に名探偵は助言を与えた。


「わたしも探偵稼業に身を投じる以上、危険も承知しているわ。だけど士ではないから、直接戦ってくれたハジメくんに偉そうな事なんて言えないとは思う。それでもコレだけは言わせてくれないかな」


 ここで律子は握る手の力を強め──


「わたしとあの人は、キミがあの子を斬ったおかげで助かったわ。わたしの立場で言うのは傲慢だけど……これからも助けてね」


 あの人が捕まえた勉を指すのは目配せの通り。

 確かに他人を斬ることを称賛し、これからも再び繰り返すことを雇用主の立場で強請るのは傲慢かもしれない。

 それでも律子が言いたいのは士として他人を斬る場合には相手のことなど詮索しきれないという事。

 極端な話、法的には悪であっても正義に殉じた相手では斬れないと放置してしまったら、自分や周囲の大切な人も危険に晒される。

 甫が思わぬ相手を斬った動揺が忘れさせていたソレを、律子が握る手から伝わる体温が思い出させた。


「心配させてごめんなさい。でも、もう大丈夫です」


 躊躇する心は危険な敵。

 秋山小兵衛を自称する師に教わった言葉の裏にある意味を一つ理解した甫の震えは収まる。


「そのようね」


 彼はもう大丈夫だろうと手を離した律子があざとく飛ばすウインク。

 ソレに鼻の下を少し伸ばしながら、甫はもう躊躇わないと心に誓う。

 人斬りが怖いのならば最初から士なんて目指すものではない。

 それでも士になった以上は、大事な人を最優先にするべきだと。

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