第14話 闖入者

 士が洋装で帯刀する場合、戦闘時の利便性を考慮した、帯状の三重巻きベルトに鞘を通している。

 そこから下緒を緩めて鞘ごと刀を抜いた甫は勉を狙ったソレを撃ち落とした。

 ガキンと金属音が響いて姿を表したのは見知らぬ剣士。

 右手には小太刀を握っているが、腰には鞘は見当たらない。

 上着にパーカーを着込んでいるが下はハーフパンツとチグハグな格好をしており、フードで顔の大半を隠しているのだが男であろうか。

 彼の手には小太刀が握られていた。


「お手柄だ。よく気づいたな」


 歪な妖気に当てられていた律子はもちろん、危うく刺されるところだった勉すらもこの男には気づいていなかった。

 甫も確証がないからこそ鞘で打ち下ろしたくらいであり、自分で弾いておきながら、内心では敵襲に驚いているほど。

 なので驚きのあまり、うまく言葉が出ない。

 そんな甫を代弁したのは彼の行動に呼応してスイッチの入った律子だった。


「捕物の相手を口封じしようだなんて、とんだ悪党ね。ハジメくん、やっちゃって!」

「は、はい!」


 小太刀の男はこの僅かな時間に腕を引いていて、律子の声掛けがなければ今度こそ勉を刺していただろう。

 その突きを今度は上に弾いた甫は、柄頭を男の顎に打ち付けた。


(今の手応えじゃ効いていない)


 甫が察したように男は顎への一撃に対して、後方に体重を移すことで受け身を取る。

 打撃のエネルギーの多くは間合いを取るための移動力に変換されてしまい、これでは脳震盪には至らない。


「オイ! 士に斬りかかるってことは、アンタは兎小屋のモンか? パクられちまった。助けてくれ!」


 この状況に斬九郎も加勢したいところだが、押さえつけている勉が今にも逃げ出しそうにしているため手を離せない。

 それどころか彼は小太刀の男を「逮捕された協力者を逃がそうとしている依頼人」だと思っており、さきほどの刺突が自分に向けたモノだと思っていないらしい。


(しょせんは妖刀作りに憧れているだけの厄介オタクか。自称扱いも納得だよ。剣士でなくても一端の妖刀鍛冶なら、さっきのがオレじゃなくてテメェを狙った事に気付かないハズがねえ)


 逃げられるだけならまだ良いほうで、最悪の場合は口封じに殺されるだろう。

 他にも敵が潜んでいたらと斬九郎の思考が割れる。

 そんな状況の中、最も非力な律子は、そのぶん最も頭が回っていた。

 斬九郎に必要なモノを察して名探偵は手を出す。


「しっかりしなさい!」


 斬九郎に抑えられて動けない勉の頬を平手で打った。


「何をするんだ」

「あなたは今、殺されかけたのよ。抵抗せずにここで大人しくして」


 もちろん勉も黙ってはいないが、律子は聞く耳を持たずの2発目で彼の左右の頬を腫らす。

 勉は律子よりも体格も良く、平手打ちの痛みもしょせんは一瞬。

 仮に自由な状態であれば、逆上して殴りかかって律子を凌辱するのも容易い。

 だが打たれながらの呼びかけで、ようやく自分が置かれた立場が理解できたようだ。

 観念した勉は力が抜ける。


「ここでじっとしていろ」


 その隙に手錠をかけた斬九郎は繋がっているロープの先を律子に預けた。


(姿を消す妖刀なんてモンを持ち出して、やることがコソドロ相手に口封じと来たモンだ。今は石神と戦っていても、隙をかいくぐってこっちを狙うかも知れねえ。それに伏兵だって居てもおかしくはねえ)


 勉が大人しくなったことで、ようやく手が空いた斬九郎は刀に手をかける。

 そして身構えつつ、甫と小太刀の男の方へ視線を向けた。


(何処だ?)


 だが、さきほどまであの辺りに居たと把握していた位置に二人の姿はない。

 一体どうなっていると困惑する斬九郎の疑問の答えは、もちろん妖刀によるもの。

 小太刀の正体は意識と無意識の境界を操作する国宝級の妖刀「小石」を模倣して作られた「海砂利」という奇剣。

 意識を向けていない状態を10秒以上持続した相手から姿を認識できなくする能力を備えていた。

 斬九郎の場合は勉を手錠にかける際に条件を満たしたことで、今度は切り結んでいる甫ごと姿を見失ったわけだ。

 耳を済ませば音がするので、おそらくこの音を辿れば件の男は見つかるだろう。

 だが甫を攻撃する可能性がある以上は斬九郎からは攻められない。


「キミは何者だ?」


 時間をわずかに戻して、甫が顎を殴った直後に戻す。

 甫は妖刀を振るう相手に呼びかけるが男は口を開かない。

 そして男は問答無用とばかりに攻撃対象を甫に切り替えて刃をためらいなく振るってくる。

 向けられた殺意が稽古とはモノが違うのを甫も肌で感じるほど。

 まるで山の中で遭遇した獰猛な獣のようだ。


「とりあえず伊達にします。綺麗に治せるように努力しますが、痛いのは我慢してくださいね」


 この時代の剣士における「伊達にする」というのは、医学的に完治可能な程度であれば、お構いなしに戦うという意味である。

 即ち手足の欠損や心臓と脳以外の臓器にダメージを与える程度は当たり前。

 殺しはしないがそれに近いダメージは与えることを指していた。

 官製奇剣南部を鞘から抜き放った甫の切っ先からは剣気が漏れる。

 今にも相手を切り裂くという雰囲気を醸し出していた。

 中段に構えて間合いを測る甫に対して、男はもう一振りの小太刀を抜いて二刀流で迎え撃つ。

 男の後腰には傾いた十字の形に鞘が挿してあり、背中に隠れていたソレに甫はここで気がついた。

 小太刀と打刀ならリーチのある甫が有利になるが、相手が二刀流ではいささか異なる。

 受けに強い相手に対して、さてどう攻めるか。


(まずは崩す)


 双方ともに小太刀を下げて待っているのを見て、甫が選択したのは真っ向からの打ち下ろし。

 切っ先が丁度相手の頭蓋に当たる位置を狙い、そのまま当たれば額を深く裂いて悶絶するだろう。

 それに対して男もセオリー通りであろうか。

 自分から踏み込んで、上段十字受けにて迎え撃った。

 セオリーにセオリーで返されたのであれば、次に待つのは打太刀に当たる甫の一刀を仕太刀に当たる男が左右いずれかに流しての追撃。

 このまま型通りになれば甫はひとたまりもない。

 なので十字受けを見た時点で手元を緩めていた甫は相手が弾く勢いを利用して体重を後ろにかけて飛び退き、すかかず腹を狙って突きを見舞った。

 男は元々甫の打ち下ろしをそらす準備でやや右側に体重を移していたのもあり、その勢いのままに右前半身となって右手で突きをそらす。

 これで空いているのは男が左手に握った奇剣「水魚」のみ。

 このまま胸を突けば少年は無力化できると男は睨む。


「──」


 万事休すなこの状況。

 甫は男の突きに対して、刃が迫るよりも先に右足を引いて応えた。

 前に出た左足を軸にして右足で踏ん張って身を捻り、柄から手放した左の掌底で相手のバランスを崩す。

 男の身長は小柄な甫と殆ど変わらないため、これで充分以上に相手のバランスは崩れて左手の突きは空振った。

 そのまま甫は崩れた男の肩に刃を打ち込むのだが、着ていた衣服の内衣が優れているのか、衣服が裂けるだけで体は打ち身止まり。

 裂かれて露わになったフードの下から覗かせた素顔に甫は驚いた。

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