第38話 一触即発

 エルフの使者は情報担当のマリネ、外交担当のマグマ、そして、魔法担当のキリネの三名だった。


 マグマには一度ドワーフの国で会っている。マリネとキリネの美貌がとんでもないレベルだが、それ以上にキリネの強者オーラに圧倒される。ヒミカと義宗が警戒するほどだ。


「本日はお時間いただき、ありがとうございます」


 エルフ側の司会はマグマのようだ。お互いに自己紹介をしたあと、エルフ側が以下の提案をして来た。


 エルフはドワーフの国から完全に撤退する

 転移者にオキナ島を譲渡する(王国は了承済)

 転移者のエルフ国以外の自由な移動を容認する

 魔石発掘ノルマは撤廃し、エルフは適正価格で魔石を独占的に買い取る


「どうでしょうか。ご意見をお伺いしたいです」


 マグマがヒミカを見て言った。


「そうだな、まずは桐木の思ったことを言ってみろ」


 ヒミカはいきなり俺に振ってきた。俺は遠慮なく思ったことを言うことにした。


「遠慮なく言います。まず、一番最初の撤退の件ですが、エルフはドワーフ国からすでに撤退しているので、条件にはならないと思います。私は人間の国からもエルフを撤退させるよう武力行使するつもりでいます」


 キリネが俺の方を見て微笑んでいる。この女だけは俺では勝てないと分かるが、ヒミカと義宗がいるので、俺は臆せず話を続けた。


「二番目のオキナ島の譲渡ですが、この島は岩と砂だけの焦土です。くれるというならもらいますが、別にありがたくはないです。三番目と四番目はエルフが決めることではなく、我々が勝手にやります。エルフの許可は不要です」


 エルフ側は俺の話には特に反論はしないで、ヒミカの発言を待っている。ヒミカが口を開いた。


「ふふ、私も桐木と同じ考えだ。エルフの諸君は勘違いしているようだが、私たちはもはや諸君から何かを施される立場にはない。好きなようにさせて貰う」


 ヒミカの発言を受け、キリネが微笑みを崩さないまま発言を始めた。


「マグマ、私から話をしよう。勘違いしているのは、君たちの方だ。我々は、ここにいる転移者全てをリセットして、新たな人間を異世界から召喚してもよいのだぞ」


「リセットとは?」


 ヒミカが聞いた。


「召喚魔法を解除するという意味だ。時間が一気に進んで、この前召喚した転移者以外は死んでしまうがよいのか?」


「ははは、やはり勘違いしている。良いに決まっているだろう。こんな不自由な空間で、来る日も来る日も同じことを繰り返す人生に何の意味がある。召喚を解いてもらって結構だ」


 ヒミカはハッタリではなく、心底そう思っているようだ。だが、これはかなりまずい。エルフはこんな切り札がありながら、あのような条件提示をして来たのか。


「そうか、では、望み通り、今すぐに召喚を解いてやろう」


 マジか、と思ったとき、義宗が間に入って来た。


「ちょっと待ってくれ。要するにこの桐木が余計なことさえしなければ、これまで通り、我々はダンジョンに呪縛され、エルフさんの心配の種もなくなるわけだろう?」


 義宗の言葉にキリネは頷いた。


「そのとおりだ。このイレギュラーが二千年以上続いて来た安定を崩そうとしている。お前たちは人間でありながら、私たちと同じ時間と能力を持てるのだ。これまで通りでいいではないか。何の不満があるのだ」


 ヒミカが反論した。


「ダンジョンだけの閉じた世界はつまらないからだ。エルフこそ、我々が地上に出て、いったい何が困るんだ。魔石はさっき話した通り、新たに召喚すれば良いではないか。我々が新たにやって来る召喚者を助けるとでも思っているのか?」


「同じ異世界人だろう。助けると思っていたのだが、助けないのか?」


「今まで何を見て来た。これまでも、助けたことなど一度もないではないか」


「殺さずにダンジョンに適応するよう支援しているではないか」


「そうしないと、魔石集めが大変になり、私たちが苦労するからだ。それに、我々に殺戮を楽しむ性癖などない。いちいち殺したりはしない」


「本当にそうか? 人間はどの世界でも仲間同士で殺し合う生物だと呆れたものだがな。そのくせ、今回のように協力して脱出を図ったりする。後顧の憂いを断つには、このイレギュラーと交配した女を殺すべきだな」


「そうはさせぬぞ」


 ヒミカが俺を保護するように前に出た。それを見て、キリネはニヤリとした。


「ヒミカ、お前だけでは私には勝てまい。義宗は我らにつくようだぞ」


 義宗がゆっくりと歩いて、キリネの隣に立った。


「義宗、貴様……」


「姉貴、これまで通りでいいじゃないか」


 どうにもまずいことになってしまった。

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