第30話 王国の動き

 王国ではエルフから指示を受け、ダンジョンのあるオキナ島から、一週間以内に全住人を大陸に移動させるよう準備を進めていた。


「陛下、エルフ様の意図は何なのでしょうか」


 若き宰相のマルクスは、突然のエルフからの要求に戸惑っていた。


「異世界人が地上の人間と出会わないようにするためだ。島はナパーム魔法で絨毯爆撃して、焦土にするらしい。仮に異世界人が地上に出てきたとしても餓死させる気だ。転移も阻害する結界を島全体に張ったようだ」


 異世界人の存在はトップシークレットだが、朝廷の一部には共有されていた。地縛解除の方法は知らされていないが、人間が異世界人に接触することは禁忌だとエルフからきつく言われている。


「アナスタシア様は異世界人との接触が禁忌事項とはご存知なかったはずです。エルフ様からは厳罰に処すよう要請が来ていますが、どのような処分をされるおつもりでしょうか」


 マルクスは、アナスタシアのファンであったため、アナスタシアの処分は気になるところだった。


「禁忌であることは知らずとも、結果的にエルフ様に敵対行動をとっているのだ。国家反逆罪を適用せざるを得まい。捕まえて、処刑するしかない」


 アナスタシアの扱いが、エルフに対する人間の態度を示す踏み絵であることが、王にはよく分かっていた。最愛の娘ではあるが、娘を助ければ、人間はエルフを敵に回してしまう。


「何とかならないでしょうか」


「アナスタシアがエルフ様に捕えられたら、どんな酷い目にあわされるか分からんぞ。私たちの手で、安らかに眠らせてやるのだ」


 エルフはドワーフの政治犯を処刑するとき、死ぬまで拷問し続けるという残虐な死刑執行を行う。人間に政治犯が出たことはないが、アナスタシアが捕まったら、拷問死させられる可能性がある。王も宰相もそれだけは避けたかった。


 マルクスは何とかアナスタシアを救い出したいと思ったが、エルフを敵に回すのは無謀すぎる。なぜ、エルフに従順で、聡明だったアナスタシアが、無名の男の片棒を担いでエルフに敵対したのか、マルクスには分かりかねていた。


(アナスタシア様は愛で盲目になってしまわれたのか? あるいは、あの男がエルフをも上回る力を持っているのか?)


 アナスタシアは盲目になった訳でもなく、エルフを敵に回すつもりもなく、単なる成り行きでそうなってしまったのだが、何か理由があるのではと、マルクスが勘ぐりたくなるのも無理はないだろう。


 結局、マルクスは王の命ずるまま、住民を移動させるための軍の派遣を軍部に指示し、アナスタシアを指名手配した。だが、水面下で、妹である聖女隊のニーナにコンタクトした。


 ニーナは代々宰相を輩出した名門貴族リッチモンド家の令嬢だけあって、金髪縦ロールのお嬢様然とした美女だった。


「お兄様、ユウト様はトロールを一撃で倒すほどの稀代の勇者様です。それに、トロールの最後の足掻きの一撃をまともに受けましたが、何事もなく立ち上がったのです。タフさもかなりのものです」


「だが、エルフ様もトロールなら瞬殺できるであろう。住民の移動後、エルフ様の警官隊がダンジョンに突入する手筈になっている。アナスタシア様は捕まって、拷問処刑されてしまうぞ」


「エルフ様の警官隊ですの!?」


 ニーナの顔が青ざめた。警官隊は親衛隊に次ぐエルフの精鋭部隊だ。ただ、人間には知らされていないもっとやばい闇の部隊が存在するという噂はある。


「そうだ。島の住民が移動するまで一週間ある。アナスタシア様に投降するようお前から説得できないか?」


「状況を説明すれば、お聞き入れしてくれるかもしれませんが、アナスタシア様は処刑されてしまわれるのでは?」


「エルフ様を心の底から尊敬されていたアナスタシア様だ。自首して事情を説明して、情状酌量を訴えれば何とかなるかもしれない。ただし、自首が前提だ」


「わかりました。やってみます」


***


「ニーナ? ダンジョンに来てしまったの!?」


 突然、ニーナからフォンの魔法で話しかけられ、屋敷にいたアナスタシアは思わず叫んだ。


 桐木チームの他のメンバーはヒミカとカナと特訓に出ているが、アナスタシアは地上からの連絡があるかもしれないということで、屋敷に残るようにしていた。それが功を奏したことになる。


「聖女様、イブと一緒にダンジョン廃都の入り口まで来ました。自首してください。今ならエルフ様も許してくれるはずです」


「ニーナ! すぐにダンジョンに入って来て。すぐに護衛と一緒に向います。エルフに殺されるわよっ」


 アナスタシアは急いで、佐竹と市岡のところに向かった。市岡は麗亜の件で桐木を一方的に嫌ってしまっているが、アナスタシアの願いは聞いてくれる予感があった。少なくとも佐竹は手伝ってくれるはずだ。


「アナさん、血相変えて、どうしたんです? 何かありました?」


 二階への階段のところで、佐竹に会ったので、アナスタシアは自分の部下がコンタクトしに来たと伝えた。


 佐竹がすぐに市岡に話をつけ、アナスタシアは佐竹と市岡を引き連れ、ダンジョンの入り口付近まで転移した。


 アナスタシアは入口の向こう側にイブとニーナの姿を確認した。


「ニーナ、イブ。すぐにこっちに来て。話は屋敷ですればいいわ。そこにいるとエルフに殺されてしまうわっ。あっ」


 イブとニーナの後ろにエルフが四名転移して来た。そして、無言でニーナとイブにデスの魔法を放った。


「佐竹、行くぞっ」


 市岡がすぐにダッシュして、佐竹と一緒にイブとニーナに向かって高速移動した。イブもニーナもすでに死んでしまっているが、前のめりに倒れたため、亡骸はダンジョン側に入っている。


 市岡がイブ、佐竹がニーナを抱きかかえた瞬間、アナスタシアは転移魔法を発動させた。エルフたちがダンジョンに駆け込んで来る前に、アナスタシアたちの姿は消えていた。


 アナスタシアは屋敷に転移してすぐにイブとニーナに蘇生魔法をかけた。真っ白だったイブとニーナの顔が少しずつ赤みを帯び、小さく呼吸を始めた。


「間に合ってよかったわ。美香さんにも回復を手伝ってもらいたいわ」


「わかりました。委員長を呼んできます」


 佐竹がすぐに二階に駆け上がって行った。


「アナさん、この方々は?」


 市岡が心配そうにイブの横顔を見守っている。


「イチオカが運んできたのがイブ、この巻き毛の子はニーナよ。私の補助部隊なの。私を説得に来たのだと思うわ。回復したら、話を聞きましょう」


 市岡は藤崎先生にどことなく似ている雰囲気のイブの寝顔をずっと見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る