第30話 嘘吐き
――私が戻った頃、ちょうど学園の授業が終わる時間だった。
いつものように、アーシェを迎えに行くと、アーシェは嬉しそうに駆け寄ってきて。
「セシリア!」
勢いよく、私に抱き着いた。
「お嬢様、どうされました?」
「今日、授業で褒められたよ」
「! それはよかったですね、何の授業ですか?」
「魔術! セシリアに色々教えてもらっているから、わたしのできることは結構すごいことみたいだよ?」
ふふん、と少し誇らしそうな表情を見せるアーシェ。
実際、彼女の魔力コントロールのセンスは優れているし、特に魔術に関しては才能を認められてもおかしくないことだ。
アーシェの頭を撫でてやると、いつも以上に甘えてくる。
だが、やがて周囲の視線に気付いたのか、ハッとしたアーシェから私から離れて咳払いをする。
「こほん、帰ろう」
「はい、帰りましょう」
もっと子供らしくはしゃいでもいいものだが――彼女らしいと言えば彼女らしい。
二人並んで、寮までの帰り道。
「お嬢様、学園の生活には慣れてきたようですね」
「まあ、始まったばかりだけど。一応、友達もできたからね」
「ミシアさんでしたか。どうですか、彼女とは」
「うん、授業でもよく一緒にいるし、あの子となら、上手くやれそうな気がする」
アーシェがそう言うのなら、きっと大丈夫だろう。
私が足を止めると、アーシェは疑問に思ったのか、私の方を見て尋ねる。
「どうしたの? セシリア」
「お嬢様、大切なお話がございます」
「大切なお話?」
アーシェは首を傾げ、訝しむような表情を見せた。
「実は……私は別の仕事のために、しばらくお嬢様の傍を離れることになりました」
これは、私が考えた――彼女をできる限り傷つけない方法。
ただ、彼女の傍を離れるのではなく、一時的にいなくなるという、嘘だ。
実際には、アーシェの傍に戻ることはないだろう。
けれど、今日の様子を見る限り大丈夫――そう判断してのことだったが、
「…………え?」
アーシェの表情は、動揺に満ちていた。
「なんで、そんなの、突然、すぎるでしょ」
「お嬢様――」
「離れないって、言ってたのに」
「それは……」
確かに、私が約束したばかりのことだ。
アーシェから見ると、裏切りと取られてもおかしくはない行為。
彼女にとっては、仕事といっても納得のできる話ではないだろう。
ましてや、私は『しばらく』などと嘘を吐いているのだから。
しばしの沈黙の後、アーシェは何も言わないまま、寮へと一人歩き出す。
「お嬢様――」
「話しかけないで、嘘吐き」
「――」
まるで、出会った頃のようで。
アーシェはひどく冷たい言葉で、私を突き放す。
嘘吐き――私にはお似合いの言葉だろう。
私にはお似合いの言葉だろう――本当は、メイドなどではない。
騎士団に所属しながらも、ただの騎士ではなく、裏の仕事ばかり行う魔術師エージェント。
偽りばかりの生活だ――今だって、アーシェに嘘を吐いているのだから。
だから、彼女が怒るのも無理はない。
――その日から、アーシェの言葉をかわすことはほとんどなくなってしまった。
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