第29話 深入り

 翌日、アーシェが授業に出ている間――私は騎士団長であるティロスの呼び出しに応じて、騎士団の本部に赴いていた。

 クルスとの一件があったばかりで、呼び出される理由があるとすれば、おそらくそのことだ。


「アーシェ・フレアードの護衛は順調か?」


 久しぶりに顔を合わせたティロスは、そんな風に問いかけてきた。


「ええ、概ね順調と言えます。お嬢様も、初めは学園に行かれるのを拒まれていましたが、今は友達まで作るほどに」

「ふっ、『お嬢様』か。本当に、君も随分と熱心にメイドを演じているようだ」


 メイドを演じている――実際、彼の言う通りなのだろう。

 私はあくまでアーシェの護衛で、彼女の身を守るためだけの存在だ。

 仕事のためにやっていると言われたら、何も否定することはない。

 あくまで、魔術師エージェントとしての仕事なら、という意味だが。


「私を呼び出した件は、クルスのことですか?」

「彼から護衛辞退の申し出はあったが――君が原因か。いや、正確に言うと彼に原因があったと言うべきか」


 ティロスの反応を見る限り、どうやらクルスは護衛を辞退した上で、私の話をしたわけではないらしい。

 ――そうなると、そもそも私を呼び出した理由は何だろうか。


「その件のお話ではないのですか?」

「ああ、違う。クルスは優秀な魔術師ではあるが――性格に難があるのは分かっていたさ。だから、ある意味であの性格に合う家柄の護衛に就かせたのだが……。まあ、彼の話はいい。君の護衛の件だが、フレアード家から正式な通達があった。もう護衛は不要だとのことだ」

「……は?」


 ――それは、あまりに突然の通告であった。


「どういうことです? お嬢様――アーシェ様に護衛をつけたのは、当主であるヴェイン様の指示でしょう?」

「そうだ。だが、最初に言っただろう? 元々、見捨てるつもりであった、と。どういうお考えか分からないが、アーシェ・フレアードには護衛は不要になった、と。ただ、ここしばらくの護衛の件についてはやはり評価してくださったようで、我々としてもフレアード家とのパイプができたことを鑑みれば、十分すぎる評価と言える」


 ティロスは満足したように言う――そうだ、アーシェのことに関して言えば、前提条件が違う。

 守らなければならないのではなく、仕方なく守っているように見せただけ。

 けれど、彼女は学園に通うようになって、その庇護下にいる。

 わざわざ、護衛をつけてまで守る価値はない――そう、ヴェインは判断したのかもしれない。だが、


「……まだ、アーシェ様は不安定な状態です」

「不安定?」

「はい。学園に通い始められたとはいえ、私は彼女の信頼を勝ち取っています。ここで離れるようなことがあれば、何があるか――」

「セシリア、君は彼女に深入りしすぎているな」

「!」


 指摘され、私は思わず押し黙った。

 魔術師エージェントとして――個人的な感情を表に出したことはない。

 だからこそ、私の発言は間違いなく、アーシェに寄っている。

 ティロスはそれを見透かしたように続ける。


「君は俺の知る限りでは最も優秀な魔術師エージェントだ。故に、これからはもっと大きな仕事を任せたいと思っている。アーシェ・フレアードの護衛の件を受けてくれたことには感謝しているさ。だからこそ、この仕事が終わるのなら、それに越したことはない。そうは思わないか?」

「……そう、ですね。けれど、私としては、仕事が中途半端に終わってしまっているように思います」

「君は真面目だから、そう感じるところもあるだろう。だが、これは命令だ――セシリア・フィールマン。君はアーシェの護衛を離れ、魔術師エージェントとして別の任務にまた就いてもらうことになる。数日中には、アーシェの元を離れるように」


 ティロスとの話はこれで終わり、私は部屋を後にする。

 クルスとの死闘の件であれば、向こう側の反論などいくらでも潰すことはできた。

 けれど、そもそもアーシェの護衛を依頼したヴェインが、護衛は不要だと言い始めては――私には反論の余地はない。


「何が、お嬢様の元を離れない――ですか」


 アーシェと約束したばかりなのに、突然別れを告げなければならないなんて――私自身、思いもしないことであった。

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