第29話 転生したらドラゴンでした

「ぐ、ぐおお、い、痛い」

 ドラゴンは、鼻先を小さな手で押さえて悶絶している。

 いきなり飛び出してくるから、条件反射で峰を打ち込んじまった。

 しっかしね、見かけのわりに、どこか人間臭いぞ。

「とりあえず」

 撮影はしておこう。

 まさか遺跡の奥に伝承のドラゴンがいたなど大発見だ。

 色は黒だが、人語を発している時点で魔物の類ではない。

 魔物ですらドラゴンは、空想妄言、未発見の産物とされているのに、まさかの実物との邂逅に興奮してしまう自分がいた。

 切って……ごほんっ!

「ぐっ、ちょっとフラッシュ焚かないでよ。おかげで目がチカチカする」

「よし、逆鱗か、玉か、どっちか選べ!」

「いきなり狩られる前提なの!」

 異種との邂逅は相手のノリもあって弾んでいる。

「君、開闢者であって狩人じゃないでしょう! 僕狩っても狩人ランク上がらないし装備も作れないよ!」

 ふとドラゴンの発言にどこか違和感を覚えたため物は試しだ。

「ドラゴンは金銀財宝を蓄えていると言うが?」

「あるけど、やらないよ! って、あれ日本語?」

 このドラゴン、日本語が通じてやがる。

「なに君、日本人なの? 転生者? それとも転移者?」

「転移だよ」

「ふ~ん、今回も太極は一騒動起こす気なんだ」

「今回も、だと、どういう意味だ?」

 ドラゴンの意味深な呟きを俺は聞き逃さなかった。

「それに面白いものがあるし、まあいいさ、折角同じ日本人に会えたんだ。ここまで来たお礼にお茶ぐらい出すよ」

 お前も日本人なのかよ。

 転生したらドラゴンでしたって、陳腐すぎるだろう。

「ぽうぼぼぼ~」

 ポボゥは行ってらっしゃいとばかりに羽根を振っている。

 お前は来ないのかよ。


 ドラゴンに通された部屋は一言でゲーム部屋だった。

「粗茶ですが」

 だだっ広い、いや人間にとってだが、ドラゴンにとっては普通なのか、部屋を見渡せば、棚という棚には見たことあるゲーム機があれば、見たこともないゲーム機があり、現代日本でありふれているモニターがデカデカと置かれている。

 出されたのは緑茶の入った湯飲みときた。

「ひきこもりかよ」

「失敬な。これでも向こうでは霞ヶ関勤めの公務員だったんだよ」

 ドラゴンって職業なのかはさておき、転生前はまともどころかエリートな職に就いていたようだ。

「見事なゲーム部屋だな」

「まあ、娯楽は心に潤いを与えてくれるからね。この部屋は少々特殊だから、こうして想像の無から存在の有を作り出せる」

 まるで手品のように、俺の前に茶請けの煎餅が皿に盛られて現れた。

「普通に食える」

 バリバリ音がたつほど煎餅は煎餅だ。味だって煎餅だ。この固さ、紛れもなく煎餅だ。俺は海苔よりゴマの煎餅が好きだ。

「けど、君、見る限り普通に歩いて、ここまで来たみたいだね」

「誰もが頭痛とか吐き気で調査できないから、俺に白羽の矢が刺さったんだよ」

「先にも言ったけど、この部屋は少々特殊なんだ。陰と陽が隣り合う太極の理を疑似的に再現しているんだよ。例えば、高い天に底があるように、地の底に頂がある。ドラゴンだって軽く一〇〇〇年は生きるけど寿命がある」

「長生きだな」

「死んだらゲームできないからね。生と死の概念を重ね合わせることで生きていながら死んでいる。死んでいながら生きていると矛盾を両立する二律背反を成立させているんだ。ただ内部に踏み入れた者の精神の境界を揺らしてしまう副作用が出てしまう。基本、誰も来ないと思っていたから半ば放置していたら、まさかの……」

「無事な俺が来たと。なんで俺が無事だったんだ?」

「言ったでしょ、精神の境界だと。精神の境界とはすなわち天紋、内なる陽に外なる陰と心象を物理現象として発動させる者のことだよ」

 無紋とはなんて疑問はこの際、後回しだ。俺は煎餅で乾いた喉を茶で潤しながら定番の質問をした。

「転生したのはトラックが原因か?」

「異世界転生だとお約束だけど違うね。ちょぃと外国にいる友達の家に遊びに行った時にさ、ネット対戦で勝ったらね、負けた相手が腹いせにスワッティング仕掛けてきたんだよ。その時ヘッドショットの一発で死んだんだ」

 スワッティングって確か、ちょくちょく話題になっているゲーマーへの嫌がらせだったか。確か誘拐されているとか、武器を持った人間に監禁されているとか、虚偽の通報で特殊警察部隊(SWAT)を出撃させて、負かした相手を襲撃させる。一部では死者も出ているから質が悪い。

「次に目覚めるとドラゴンだよ、ドラゴン! いや~異世界転生はあるんだってビックリしたよ。まあ、それも最初だけさ」

 弾んだ声から一転、ドラゴンの声は萎んでいく。

「もうな~んにもない! 娯楽なんてものなに一つない! あるのは森! 森! 海みたいにだだっぴろ~い森! ゲームなにそれ? オイシイノ? 死ぬ! 退屈すぎて死ぬ!」

 竜の時代がどんな文明を築いていたか知らぬが、様子からしてかなり退屈だったようだ。

「気候は温暖で過ごしやすいし、食事は地脈エネルギーから取ればいいから食べる必要なし、頑丈な鱗は雨風だろうと平気な自前の屋根だから家なんて必要ない。外敵だっていないから喧嘩はあっても基本、誰もがの~んびり、悠々と暮らしていたよ」

「外敵がいない、だと!」

 壁画では確か、竜の時代から災禍の波が起こっていたはずだ。

 こいつの時代では災禍の波は発生していないことになる。

「だから、造ることにした!」

 ドラゴンはここでプロジェクトゲームの発動を語り出す。

 最初は木製のボードゲームを。

 次に、ドラゴンとして転生した際に付与されていた知識をフル稼動させてゲーム機開発に取りかかった。

 鉱石の探索から始まり、採掘や金属加工、半導体とバッテリー製作、ドラゴンは電気や火、重力など今でいう天紋同等の能力を持っていた。

 ゲームで釣った、ゴホン、興味を持ったドラゴンたちの力を借り、試行錯誤を繰り返しては、ついに完成させる。

「もうドラゴンたちに好評でさ、取り合いの喧嘩が起こるから困っちゃったよ」

「ドラゴンライフを満喫していたんだな」

「うん、あの日が来るまでね」

「あの日?」

「ドラゴンに転生して一〇〇〇年ぐらい経った時かな、森の中を歩く人間を見つけたんだ」

 とある仏門に属する僧侶が黒き槍を携えて現れた。

 当然、ドラゴンたちからすれば未知なる生物。

 警戒を抱こうと、ここで仲介役を勤めたのが、目の前にいる転生ドラゴンだ。

「聞けば、お坊さん、とあるお山で修行していたつもりが、黒い槍持って森の中にいたってさ」

 害意はなく、僧侶としてそれなりの教養があった故に、ドラゴンたちにすぐ受け入れられた。

「それからかな、住んでいる森に異変が起こりだした」

 仲間のドラゴンたちが、立て続けに正体不明の生物から襲撃を受けた。

 どの生物も黒き渦巻きから生まれ、見境なしにドラゴンたちを襲撃する。

 意思疎通を試みようと、通じるのは言葉ではなく攻撃のみだ。

「もう大変だったよ。発生原因は分からないし、問答無用で襲ってくるから誰もが戦うしかなかった」

 喧嘩は知っていても戦争を知らぬドラゴンたちは最初、苦戦を強いられる。

 ただ僧侶の助言から能力で高き城壁を築き、外敵に備えた。

 あたかも外敵に備えるため万里の長城を築いたように。

「そのお坊さんが強いのなんの。津波みたいに押し寄せる敵の大群をさ、黒き槍の一突きで薙ぎ倒しちゃうの」

「僧侶どころか僧兵。なるほど壁画に描かれていた人物は僧で、獲物が槍なら納得できる」

 槍の達人と唱われる僧に心当たりがあるも、脳裏に浮かんだ名前と思しき漢字を俺は読めなかった。

「一〇〇年迎撃を繰り返すけど黒い波は鎮まる気配はない。それどころか僕たちドラゴンは、能力を使用するために地脈エネルギーをいつも以上に吸収し続けた結果、地脈エネルギー……つまりは大地の弱体化を招いてしまった」

 異変は加速する。まず気候の変化。温暖な気候は気温がどんどん下がり、雪がちらつくようになった。次に天変地異の増加。多発する地震により城壁は崩れ、その機能を発揮しなくなった。

「これ以上の迎撃は困難と判断して、いるとされる異変の元凶を討つことが決定されたんだ。けれど、結局は決行されなかった」

 黒き波より先に大寒波が襲来したからだ。

「もう頑丈な鱗ですら凍てつくほどの寒さ。大急ぎでシェルター造ったけど、完成した時には僕以外のドラゴンは絶滅したよ」

「シェルター? ならここが!」

 罠一つないことに合点が行く。遺跡に罠があるのは、盗掘者から王の遺品を守るためだ。王墓ではなくシェルターならば罠は不要、むしろ避難の際に邪魔となる。

「そうだよ。物作りに関してドラゴンの中で右に出るドラゴンは僕以外いなかったからね。凄いでしょ? ちょいと空間をいじってシェルター一つでドラゴン一万匹は、軽く収納できるよう設計しているんだ。入り口や通路が小さいのも外敵侵入を妨げるため。出入りは空間を繋げれば事足りるからね。それが各地に一〇〇箇所設営してある」

 自慢げに語り終えたドラゴンは深いため息を一つ。

「……入るドラゴンのいないシェルターに何の意味があるんだか」

 仲間を救えなかった悔恨があった。

「凍てついた仲間たちは、長い歳月をかけて地中に埋もれて姿を変えるし、どこからか沸いた獣が人間みたいに文明築くし、空間介して外覗いたら虚しくなったよ」

 曰く、自分が楽しんでいた世界はもう存在しない。

 よって外に出る意味などないと、たった一匹、ゲームをしながらシェルターで長い時を過ごしてきた。

「今の時代の人がさ、使っている竜晶石、ああ、君のカメラにも使われているか、それの元がなんだったか、分かるよね?」

 筋からしてもう分からぬ人間はいないだろう。

「竜晶石はドラゴンが変容したもの。つまりは石油や石炭みたく化石燃料ってわけか」

 大寒波のせいか、歳月か、あるいは両方か、ドラゴンを水晶のような石に変貌させたのだろう。エネルギーを蓄えていたのも、元々ドラゴンが地脈エネルギーを糧にする生物が故、内部に蓄えていた。結晶化したドラゴンが竜晶石の正体か。

「獣文明は、獣が火を使い、鉄を打つ文明にまで発展していたけど、この文明を眺めているうちにさ、黒き波の正体を知る事件を目の当たりにしたんだよ」

「災禍の波の正体?」

「うん、獣の時代は、獣が人を奴隷とし家畜とする文明だった。いつ獣は知恵を持ったか、いつから人は家畜だったのか、僕でも分からない」

「見ていたのに、か?」

「見ていたのに、だよ。世界が白き波に包まれ、白さが消えた時には、そ、テレビのチャンネルを変えるように世界が様変わりしていたんだ」

 閉じた瞼を開いた時には別景色、という有様だったとドラゴンは語る。

 一方でシェルターたるドラゴンの遺跡は何故か残っていたとも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る