第28話 壁画

 さ~て、鬼が出るか蛇が出るか。

 肩ではなく刀の鯉口を鳴らしながら件の扉を通り抜けた俺は、右肩に乗るポボゥを横目に一本道を下る。

 天紋持ちは、この扉の先に一歩踏み入れただけで、嘔吐や目眩、頭痛などの異常を起こしていたそうだが、カエルラの目論見通り、無紋の俺には何一つ起こらないようだ。

「しっかし、ここ、本当に地下なのか?」

 地中に埋まる遺跡であるからこそ、中は土埃で汚れ、明かり一つないため暗いはずだ。

 実際の通路は塵一つなし。光源一つ無いにも関わらず昼間のように明るいため、ランタンが文字通りのお荷物となっていた。

 進むにつれて、道は下りからゆったりとした螺旋通路に変化する。

「ぽぼぼぼっ!」

 俺が外側の壁に寄って進む中、ポボゥは全身の羽毛を逆立ててきた。

 警戒を露わとし、螺旋の奥を目尻鋭く睨んでいる。

「なんだ、この音?」

 通路に反響して、どこか聞き覚えのある稼働音が秒単位で増しながら聞こえてくる。

 増すのは距離が縮まっているからだ。俺は未知に対する当然の警戒として腰に下げた刀に手をかけた。

「ぽぼぼぼぼぼっ!」

 螺旋の奥より現れた物体にポボゥが飛びかかった。

 鋭き鉤爪を地這う物体に幾度と無く切りつけるも、傷一つつられず、通路を上っている。

 業を煮やしたポボゥは、天井ギリギリまで滞空、鉤爪同士を激しく叩きつけて火花を散らし着火!

 忘れていたが、ボモボクボは鉤爪から分泌した油脂を着火させて、火で狩りを行う珍しい鳥だった。

「おい、ストップ! ストップ!」

 俺は慌てて跳びあがれば、バスケのリバウンドの要領でポボゥを掴んで止める。

 燃える鉤爪を振り回して暴れるも、火が時間経過で沈下したことで、首をグルンと回せば不満顔で俺を睨んでくる。

「なんでもかんでも飛びかかるな。お前を連れてきたのは危機回避のためだ」

 詫びとして事前に用意しておいたジャーキーを差し出した。

 多少の不満はあるようだが、右鉤爪で受け取れば、再度着火した火で炙って胃の中に納めていた。

「さて、これは、なんであるんだ?」

 俺はカメラを取り出せば、意に介せず螺旋通路を上る物体を撮影。

 丸くフリスビーのような形に、前面部から除く隙間から稼働するブラシの類が見える。

 ふと、物体は突如としてUターン。

 ポボゥが通路の上に食い散らかしたジャーキーの破片を隙間に吸い込んだ。

「ロボット掃除機が!」

 なんで異世界にあるんだ、という理由はさておき、通路がきれいな理由に合点が行く。

 どうやら定期的に掃除が行われているようだが、次なる疑問が浮かぶ。

「誰が、なんて答えはこの奥か」

 先に進めば自ずと答えは出るだろう。

 ロボット掃除機を攻撃したくてたまらないポボゥを抱き抱えた俺は先に進む。

「なんだ、これは?」

 螺旋を下り終えた先にあるのは、壁画の間だった。

 ポボゥの様子からして罠らしき罠はないようだが、どこか壁画から気まずそうに顔を逸らしているように見える。

 ともあれ、カメラ取り出し写真に収めた。

 一枚目は、ドラゴンたちが白き世界に飲み込まれる壁画。

 氷山のような絵があることから氷河期襲来か。

 二枚目は、氷河期の中、体毛持つ獣が鎖に繋がれた、に、人間! 人間を引いている!

 まるで奴隷市場のように人間を檻に入れているときた。

 中には器用に銃器を扱う獣が人間を狩る画まである。

 ともあれ三枚目だ!

 黒き旗を持った人が先頭に立ち、鎖千切った人間たちと共に獣を追い立てている。

 見るからに奴隷の反乱か。追いに追われ、獣は深い森の奥に逃げ込んでいた。

 四枚目は森を切り開いて街を作る人々の姿が描かれている。

 中心となっているのは白服の男と黒服の女。

 トイレの男女マークみたいだから性別が判別できてしまう。

 五枚目は、文字だ。それも彫られていた。


<竜の時代・獣の時代・人の時代>


<竜の血・獣の顎・陰陽の引き裂き・人の輝き>


<静穏の竜、個の先駆けあろうと、氷の円にて地に沈む>


<賢智の獣、猖獗しょうけつの果て、鎮めの円にて叡智失う>


<月の双子、隣り合おうと円、交わること許さず>


<境界の楔、砕けし刻、円は虚となりて人の輝き喰らう>


<陰陽は終焉に至り、陰陽は再誕に至らん>


「さっぱりわからん」

 口を動かしながらしっかりとカメラに収める。

 類推はできないこともないが、専門外だ。

 考察にすらならない。

「楔、楔ね」

 無意識の内に腰に下げた無窮の楔に手を触れていた。

 代々の黒王が継承する祭具。

 混ざり合ったものを正しき位置に戻すと言い伝えられている。

 ともあれ、今の俺でも確かに分かるのが一つだけあった。

「竜の時代も、獣の時代も、境界に絡んだ滅びをした」

 この世界でいう境界とは恐らく陰陽だろう。

 つまりは太極、つまりは神!

 端的に言えば、太陽に近づきすぎて墜落したイカロスのように、神の怒りに触れて滅んだ。

 どこに触れたかは分からないが、人間もまた遅かれ早かれ触ると刻まれている辺り、この壁画の制作者は未来でも見えているのか。

 まあ、よくいうよな。過ちは繰り返すもの、と。

「他に部屋はないのか?」

 今後の考察はカエルラたちの仕事だ。

 先へ進もうにも通路らしきものはない。

 ふと先ほど聞いた駆動音がすれば、ロボット掃除機が壁画の間に入り込んできた。

 ロボット掃除機は俺を横切れば、日本語が刻印された壁の前まで進み、そのまま自らを壁に押し当て開いた隙間に消える。

「ペット用の出入り口かよ」

 試しにと、ロボット掃除機が消えた箇所を鞘の先で押してみれば、ぴったり通れる隙間が開閉している。

 奥は暗くて見えない。

「ともあれ写真は撮っておく」

 撮れるものは、なんであろうと撮っておく。

 ふと握るカメラを見て一つ思いついた。

「物は試し」

 カメラを床に置いた俺は、刀の鞘をつっかえ棒にして先の隙間を開く。

 距離を調整した後、フラッシュライトを起動してパシャリと撮影した。

「ぬばあっ!」

 壁一枚隔てた声が唐突に響き渡る。

 突然の声に俺は条件反射でカメラを置いたまま床を蹴り、着地する前には抜き身の刀を構えていた。

「目が、目がああああああああっ!」

 どたばたと倒れる音がする。

 誰かいるのか?

 いや、生活感一つない遺跡で生活している奴がいるのか?

「もうなんだよ、さっきの光」

 俺の中で悪魔が降臨する。

 警戒しながら今一度、カメラのフラッシュを隙間に向けて使用した。

「だあああああああれええええ、誰だああああああああっ!」

 壁面が怒声と同時に揺れる。

 ポボゥが連動して羽毛膨らませ警戒を露わとする。

 シャッターのように正面の壁面が勢いよく跳ね上がれば、奥より黒きドラゴンが大口開けた顔を突っ込ませてきた。

 俺を食いちぎるだけの顎や牙は凄みがあるも、顔は怖くない。

 むしろ愛嬌がある。

「おまえかあああああああ、あべしっ!」

 鬼や蛇ではなく現れたドラゴンに、俺は条件反射で鼻先に峰打ちを叩き込んでいた。

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