第17話 現役童貞

 飲み会に縁があっても、晩餐会に縁があるとは思わなかった。

 未成年のアルコール接種が禁止なのは世界が異なろうと同じようだ。

 いや、この世界が転成者や転移者と深い関わりがあるのなら、そのような法になっていてもなんらおかしくないだろう。

「分かっていたけど、妙にピリピリしてるな」

 一通りの食事も落ち着き、食後のお茶を口にしていた僕は、隣に座るアウラに囁いた。

 白王主催の黒王歓迎の晩餐会だから、上座に当たる席に二人の王はともかく、何故か僕(一応来賓だからか?)。向かい合うように一二聖家の当主を筆頭に、有力商人など関係各所の有力者が軒を並べている。

 総勢一〇〇人の参加者たちが、和気藹々と食事や団欒を楽しむ、という空気は残念にもほど遠い。

 料理も施された内装も温かいのに、参加する人々のお陰でどこか冷めたい感じがする。

 一二聖家の各当主が開幕に挨拶しようと、白王の爺さんが出身のソルメン家しか頭に入らなかった。

「まあ一二聖家は次なる白王に、その他の者は次なる白王に取り入ろうとする企みがありますから、当然と言えば当然ですが」

 問題の根幹は、現白王の爺さんが引退を宣言し誰を後継者として指名するか。

 だから僕は爺さんに現職ではなく年齢を話の種にて話しかけた。

「そういえば、そろそろ一〇〇歳になるそうですね」

「うむ、二十歳で白王に就任にして後半年で八〇年になるかのう」

 ワインで酔っている白王の爺さんは、上機嫌で饒舌ときた。

「昔を思い出す度に、あやつの顔が思い浮かぶわ」

「あやつ、ですか?」

「うんぬ、唯一無二の友じゃ」

 気づけば周囲から談話と張りつめた空気は消え、どこかまたかと言った辟易とした空気が流れ出した。

「あ~ついに始まりましたか」

 心当たりあるアウラが僕に耳打ちした。

「お酒は樽を空にするほど強いのですが、酔うとすぐ盟友の話ばかりするのですよ」

 話を聞き慣れた人物にとって飽きが来るほど聞かされた話のようだが、あの飄々爺さんの友が如何なる人物だったか、僕は個人的に興味を抱いていた。

「小さい頃からあやつとしゅちゅうケンカしてのう、や~い無紋と言えば、うるせ使えない本棚と揶揄されて殴り合ったもんじゃ」

 使えない本棚とは、こちらの世界の慣用句で、天紋を使いこなせぬ覚醒者という意味のようだ。

 白王なら動に関する全ての能力を。

 黒王なら静に関する全ての能力を。

 各々が使用できる。

 ただ使用できるだけで使いこなすかは別問題。

 なるほどと、僕はどこか納得する。

 インターネットのある元の世界だって、サーチエンジンで検索するにしても、キーワードを知らなければ意味がない。

 例えば、執事・布、と検索しても、執事が着込む衣服の材質が出るため、腕にかけている白き布がなんなのか、検索を使いこなすにはある程度の情報と語彙力が必要となる。

 なお白き布の正体は、トーションと呼ぶサービス中に使用する布巾。熱い皿を掴む際に使用したりする。

 日本語でトーションとはぞうきんの意味もある。

「無紋にも関わらず騎士を何人も呆気なくノシては、その剣の腕前に惚れ惚れしたわ」

「そんなに強かったんですか?」

「うんぬ、お主、今日、大通りに現れたオーガの首を刎ねたじゃろう?」

 素っ気ない話の流れは、晩餐会の辟易とした空気を砕き割る。

 オーガの首を刎ねた。

 よもや黒王の隣に座る男だったのかと、驚愕と困惑の声が漏れては視線が自ずと僕に集う。

「あやつは一〇体のオーガと真っ正面からやりやっておきながら、あっという間に首を刎ねておる。擦り傷、刃こぼれ一つなくやりおるのだから、当時は、あやつが無紋なのを惜しむ者がいたほどじゃ」

 流石は白王、飄々としながら今日起こった出来事はしっかり把握しているようだ。

 僕の場合、羽化直後に奇襲して潰したようなものだけど、無紋だろうと真っ正面から一〇体ものオーガとやりあって勝つなんて相当な強者だ。

「確かに強さは別格であったが、ちょいとスケベなのが玉に傷でのう、時折、女湯覗いておっておったわ。気配を消すが上手かったもんだから、バレやしない。顔はかなりいけとるのに、もうその点が残念じゃったわ」

 げんなりと僕は肩を落として最低と呟いた。

 腕は立つのに残念な面持つ人物は、世界が異なろうといるようだ。

「おいおい少年、その疑いの目はなんじゃ? 言っておくがわしは止めたほうじゃよ?」

 本当かどうか怪しいものだ。仮に共犯者だとしても既に時効だと言って雲散霧消させるオチが見えてしまう。いや、そもそもこの世界に時効があるのやら。

「互いに切磋琢磨しあっていた矢先、起こったのが魔物の大量発生、災禍の波じゃ」

 東西を隔てる大結界を決壊させる規模の魔物の大量発生か。

「あの時は天紋、無紋問わず、力のある者は討伐隊として総動員され、西より押し寄せる魔物の対処に当たったものじゃ。何故、魔物はドウツカ大森海から現れるのか、何故、大量発生するのか、何故、人間だけを殺すのか、今なお不明のまま。討伐に討伐を、犠牲に犠牲を重ねて、どの隊よりもわしらの隊は魔物を討伐してきた。魔物を完全討伐できる手前まで行った時、別方向から魔物発生の知らせが届いたんじゃ。多くの隊が負傷した現状、すぐ応対できる戦力を持つのはわしらの隊だけ。しかしのう、目の前には数えられるだけでも一〇〇万もの魔物の群。背を向けようならば背後から津波の如く突き崩される。そこであやつ、ここは俺に任してお前たちは行けと、一人で立ち向かいおった」

「え、それって」

 ドラマによくある展開で男なら一度は言ってみたい台詞だけど、一人で一〇〇万もの群と対峙するのは現実的に無謀だ。

 けれど、この世界の歴史を鑑みれば、結果がどうなったか想像に易い。

「魔物出現の場に急行しようと、現場に魔物など一匹もおらん。偽情報を掴まされたと知ったわしらはトンボ返りであやつの元に向かったわ」

 ご機嫌から一転、白王の声は怒りに染まっていく。

 顔はアルコール接種により元から真っ赤のままだ。

「魔物の脅威があるというのに、同じ人間同士、足を引っ張り合うのは愚の骨頂! そうじゃろう、一二聖家の当主たちよ!」

 一二人のうち、三人ほど気まずそうに白王から目を反らしている。

 その顔色は、自分たちがしたわけではないのに、との空気に僕は感づいた。

 人を使った暗殺なら足が着く可能性があるからこそ、魔物を利用して排除しようとした。

 死んでしまえば魔物と勇敢に戦い、奮闘虚しく戦死したといくらでも後付けできる。

「今は意識改革が進んで、無紋を小馬鹿にしても蔑む輩はおらん。じゃがのう、当時は無紋が天紋以上に活躍するのを認めぬ輩がおったのは事実じゃったわ」

 ハメた目的は目覚ましい活躍する無紋の排斥だったわけか。

 もしかしなくても、あわよくば白王の爺さんの排除も企んでいたのかもしれない。

 話の筋からして白王の爺さんとその友や隊員たちは、揃って勇猛な人材であったのは確か。

 この国を支える一二聖家故に、ライバルと無紋の躍進は今後の障害となりかねない。

 ともあれ血管が切れそうなほど、ご立腹な白王に僕は結末を問いかける。

 問いかけねば、グダグダと一二聖家の愚痴と批判に発展しそうな気がしたからだ。

「そ、それで、一〇〇万の魔物はどうなったんですか?」

「一匹残らずたった一人に討伐されておったわ」

 現場にトンボ返りした時には、元は森林だった土地は戦闘の余波で更地となり、一〇〇万の魔物は消え去っていた。

 そして、更地の中心には、ただ一人、血塗れの武人が立っていたとか。

「あやつとて無傷とはいかんかった。五体満足で命は助かったがのう、その時受けた傷が原因で半年後、笑いながらポックリ逝きよったわ」

「……聖虹武人」

 僕は意識せず、言葉を発しては、驚愕と生唾を飲み込んでいた。

 一〇〇万もの魔物を討伐する猛者に該当するカテゴリーは一つしかないからだ。

「うんぬ、そうじゃ。災禍の波の度、無紋ながら活躍をした武人たち、わしは白王の地位に就くなりその功績を称え、あやつを聖虹武人にしたわ」

 あの活躍で反対する者はいないだろう。

 いや単身で災禍の波を押し留めた故に誰もが反対できなかった、が、正しいかもしれない。

「こういう言い方はなんですが、先祖が聖虹武人なのは子孫として嬉しいでしょうね」

「ん~あやつ、童貞のまま逝きおったから子孫おらんのよ」

 とんでもない爆弾言葉が白王から走るなり、僕は危うく椅子から滑り落ち掛けた。

 晩餐会の空気もどう受け答えすべきか、気不味さと困惑が漂う始末だ。

「普通に子はいなかったとかいえないんですか?」

「なんで、あやつに配慮せないかんのよ。それにわしとて現役で童貞よ?」

 友だから互いに遠慮会釈がなかったのだろうと、白王から第二の爆弾発言が飛んできた。

 僕だって確かに童貞だけどさ(将来的に脱するかもしれなかったけど)、九九歳の童貞に、どう反応すればいいのか、困惑するしかなかった。

 困惑するしかなかった。

 困惑するしか!

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