第7話 異世界で困ったら、まず図書館へ

「村いうか、町どころか都市だな、ここは」

 屋敷の敷地から一歩外に出た僕は、端的な感想を口から出すしかない。

 規則正しく整えられた通りは、幅もかなり広く、石畳でしっかりと舗装されている。

 加えて均等格に配置された木の柱に黒い線が走る。

「この世界には電線があるのか?」

 けれども昨晩泊まった離れの照明はランタンだった。

 普及途中なのかは後にして、目的のものを探す。

 ご丁寧に、すぐ近くに案内看板と都市マップを発見した僕は全体像を知ることができた。

 僕がいるのは、黒王の屋敷、の前。

 異世界文字で書かれているが、何故が不思議と読めていた。

 疑問に立ち止まる暇はない。

 まさかと思うけど、姫巫女アウラが王様だったりするのかな? あ~でも、親が王様って線は濃厚だよな――って決めた側から疑問で足を止めている。

 と・も・あ・れ!

 昨日の騒動を思えば、魔物が現れた事態収拾のために、出向いていたと考えれば妥当だろうか。

「まるで京都の、平安京とかで見た作り、ん? 今のは汽笛? 列車があるのか?」

 遠くから聞こえた蒸気機関車特有の汽笛に、僕は思わず振り返る。

 都市の全体図は、碁盤の目状に組み合わさった左右対称の方形である。

 縮尺は不明だが、相応に広い。

 見れば、都市の出入り口ら辺に駅があるのを発見する。

 他にどんな区画があるか、気になるも一区画ずつ調べていたらキリない。

 看板から今の僕が一番求める格好の場所を見つけ出した。

「図書館!」


 目的の図書館は、学校とおぼしき建物の敷地内にあった。

 守衛らしき男性が、小屋の中から門扉前に立つ僕を疑心ある目でねめつけている。

「何か御用で?」

「図書館を利用したいです」

 小屋から出てきた男性に臆すことなく僕は堂々と言い返した。

「でしたら、こちらの台帳に氏名の記入と身分証の提示をお願いします」

 男性の機械的なやり慣れた口調からして、一般利用者が多いのだろうと問題があった。

「どうかしたのですか?」

 小屋には台座があり、左隅を糸で綴られた台帳が広げられている。

 筆記用具として出されたのは、インクの入った瓶に羽ペンときた。

 だけど、僕は羽ペンを握ったまま固まってしまう。

(文字を読めたけど、書けるかは別問題。それに身分証とか、昨日異世界に来たばかりの僕が持っているわけないだろう)

 そもそも異世界に身分証なる物があることに驚きだ。

 ええい、ままよ!

 羽ペン握り絞める僕は、がむしゃらに来場者名簿へ名前を記入する。

 ひらがな、カタカナ、漢字とは全く違う、横線を軸に直線的に書き記された文字……ん?

 あんれ? なんか普通に異世界文字書けてる。なんでだ?

「あの~書きましたけど、身分証は、もしも~し」

 読み書きできる謎はひとまず置いておく。

 男性の顔色が真っ青で優れず、何度も何度も、名簿者名と僕の顔を交互に見渡している。

「つかぬ、ことをお伺いしますが、昨日、姫巫女様を、お助けしたという転移者のキドハルノブとは……」

「まあ、一応、僕ですけど」

 男性の表情から警戒が弾け飛ぶなり、恭しい敬語で応対された僕は困惑するしかない。

 人の口に戸は立てられぬというが、そこまで恭しい態度をとられる覚えなど僕にはない。

「あ、身分証はよろしいので、ど、どうぞ、ご利用ください!」

 いまいち納得できぬが、アウラが口利きでもしたのだろうと己を納得させる。

「ぽ~ぼ~ぽ~ぼ~ぽ~ぼ~」

 頭上から聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。

 見上げれば、羽音立てずに空を飛ぶポボゥが敷地内の木に留まる姿を目撃する。

「あいつ、フクロウ似だけど夜行性じゃないのか?」

 確か、ボモボクボだったか? あの鳥類も図書館で調べられるはずだ。

「あ、あの!」

 図書館へ進む僕を呼び止めるのは先の男性だ。

「閉館時間は夕刻の鐘が鳴った時です! 後、生徒たちが主に利用しています! 貸し出しは一般には行っておりませんのでご了承ください!」

 注意事項に頷いた僕は礼を言った。


 正直言って圧巻の一言だ。

 学校の体育館二つ分の広さに、並びに並んだ蔵書量。

 どれもこれも丁寧に厚手の紙で綴られ、丁寧に保管されているせいか、年代を感じながらも、これまた丁寧な管理により劣化を感じさせない。何よりも丁重に丁重を重ねてカテゴライズされているため、僕が求める情報を簡単に見つけることができた。

 重ねに重ねた丁寧さ、図書館は腕のいい司書が管理しているのは間違いないようだ。

「ボモボクボ、これか」

 席について開く異世界本第一冊は、動物図鑑である。

 開けば、写本ではなく、しっかりとした印刷物ときた。

 印刷技術は、自前か、転移転生者か、この際、置いておく。

 ともあれ、内容に目を通せば、大陸西半分を覆うドウツカ大森海で発見された新種の鳥だそうだ。見た目、地球のメンフクロウ似だが、未解明が多く、夜行性・昼行性すら不明。確かなのは雑食であり、火を恐れず使用する点である。分泌させた脂肪を鉤爪に集わせて着火、炎をまとった狩りを行い、生肉には必ず火を通して食べる。ダーツのように羽根を飛ばせば、放れた地点にいる獲物をしとめる。一部には器用にナイフとフォークを羽で掴んで獲物を焼くイラストが添えられていたことから、手先ならぬ羽先も器用のようだ。

「未開の大森海か」

 ボモボクボが発見されたドウツカ大森海は、人類未到の地であり、最奥に至った者はおらず、多種多様の生物や魔物が跋扈する危険地帯と記されている。

 大森海には未知の草花や鉱石、遺跡などが眠り、巨万の富を求めて踏み入る者が多い。

「その踏み入る者たちを開闢者かいびゃくしゃと呼ぶ」

 ファンタジー定番設定のいわゆる冒険者である。

 森を切り開き進む者故に冒険者ではなく開闢者と呼ばれている。

 ドウツカ大森海探索を行うには、開闢者組合ギルドという冒険者組合ギルドに登録する必要がある。

 資格取得には相応の実力が求められる一方で、大森海の不必要な伐採や盗掘、密猟、密売は重罪であり、行えば資格剥奪及び禁固刑となる。

「ランク?」

 読み進める中、僕は開闢者ランクなる字に目を留める。

 ランクとはもちろん等級であり、開闢者手帳と呼ばれる身分証に刻まれる。

 高い等級は信頼と実績の証明。

 大森海を自由に探索する権利が与えられ、難易度の高い探索依頼を受けられる。

 ただ、この手の設定だと、金・銀・銅の貴金属で示されるのが多くも、開闢者ランクは数字だった。

「最初は一、最高は九九九、なんで一〇〇〇じゃないんだ?」

 中途半端な数字の理由は、次なる行にあった。

 開闢組合の創設者が狩人だった故に、最高ランクが九九九とされたと。

 僕は渋い顔だんまりで読んでいた本を閉じる。

(絶対この創設者、転生者か転移者だ。狩りゲーの設定を異世界に持ち込んだな)

 創設された時期は、今より二〇〇年以上前であるため既に故人。

 狩人だって言うけど、狩友会なるリアル狩人かは怪しいものだ。

「ともあれ、次!」

 気を取り直すようにして次なる本を広げる。

竜晶石りゅうしょうせき、これは資源か?」

 ドウツカ大森海で採掘される鉱石のようだ。

 石油や石炭は読む限り存在すらなく、大地のエネルギーが長い歳月をかけて結晶化したものようだ。

 竜とついているのも、採掘された時、竜のような形をした結晶体故。

 この鉱石が目を見張るのは、エネルギーが含まれていること。

 専門家ではないため原理をいまいち理解できないが、圧力機器に竜晶石を投入することで電気エネルギーを抽出する。

 驚くことにこの異世界唯一の発電機器だ。

 問題点として上げられるのは、その圧力機器の大きさ故に携行には適さない。

 何しろ成人男性との比較図を見る限り、列車四両を一本の太巻きにした大きさがある。エネルギー生産率は高かろうと場所はとる、重い、大きいから持ち運ぶには不便。

「だけど、その圧力機器ごと動かせば問題は解決する」

 それこそ物流革命を起こした機関車。

 僕が屋敷を出た時に聞いた汽笛の音源だ。

 重量に耐え切れる車輪やレール、機関車として必要な要素を圧力機器に取り付け、動く機器に作り替えた。

 外見は巨大な蒸気機関車に近いが、正式名称は、竜気機関車。

 蒸気機関に必要な石炭と水の補給を必要とせず、火の粉や煤煙、ガスが出ないため環境を汚染しない。

 今日では大陸東側をレールが血管のように網羅されている。

「次は、そうだな、国とか宗教か」

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