第6話 異世界に米があっても別にいい

 僕が案内されたのは別棟の建物、離れであった。

 母屋と板敷きの床で繋がれたこの建物は、木製であり、外を見ようと高い塀により先を確認できない。

 建物が和の様式に近いのは、転生、転移者の影響が大きいのだろうと僕は読む。

「あれ、絶対、ワザとだろう」

 おばあさんが、離れから立ち去ったのを皮切りに僕はぼやく。

 アウラにとって他者の耳に入れたくない発言を僕がしたから、発言を封じる手に出た。

 お茶を濁すと言うが、この場合、お茶を零すだ。

「ともあれ、夜に話すと言っていたけど」

 離れの内装は、板敷きの床に、色彩豊かな敷物があり、部屋の左隅には木製ベッドが設置されている。反対の右隅には僕の荷物がまとめて置かれていた。

「ほとんど引っ越し業者に任せていたからな、入っている物と言えば……」

 うっすらと湿ったリュックを僕は開封する。

 予備の服や下着は当然、水を吸って湿っていた。

 木刀もまた同じであり、腐らぬようしっかりと拭いて天日干しする必要がある。

「スマホは、ダメか」

 水没した影響か、電源を入れようとウンともスンとも言わないブラックときた。

 一応、高い防水性能を持つ機種なのだが、ベタな考えとして異世界転移の影響で壊れたと見ていいだろう。

「ともあれ」

 現状と実状を考えよう。

 まずはこの世界について調べる、知る、理解する。

 次にどう動くかは、二の次だ。

「耀夏、君はこの世界にいないのか?」

 胸に秘めた悔恨を口に出す。

 もしいたとしたら、アウラ似だと騒ぎになっているはずだ。

 逆に考える。

 騒ぎになるのを防ぐために、意図して隠匿している可能性。

 どこの権力者が姫巫女アウラとの成り代わりを我策しているという可能性に行き着いた。

「可能性は、ゼロじゃない」

 早々にいないと結論づけることなどできない。

 一方で、現実世界に時差があるのだから、異世界にも転移による出現の時差がある可能性もまた捨てきれなかった。

「まずは情報だ。それからどう動くか、決めればいい」

 猛る心を呼吸で鎮めながら、僕は未知なる道を見据えていた。


「あ~朝か」

 見知らぬ天井で僕は目を覚ました。

 慣れぬベッドと枕だったから、馴染まぬ身体が凝り固まっている。

「結局、何も聞けぬ仕舞いだった」

 夜に伺うとアウラに囁かれたが、訪れたのは彼女が、ばあやと呼ぶおばあさんのみ。

 お膳に乗せられた夕食のおにぎりを運んできただけであった。

「まさか異世界で米が食えたとは」

 十中八九、日本人転移者が持ち込んだ物だろうが、持ち込めば食えるものでもない。

 米は熱帯気候を好む。

 雨が多く、気温が高くなければ稲作は成り立たない。

 この異世界の気候が、稲作に適していたから広がった。

 ただ、僕が食べたおにぎりは、真っ白いうよりもややくすんだ白に近く、胚芽も残っていた。

 無知なる人間が見れば、痛んだ米だと叫ぶだろうが、米農家と酒蔵に縁のある神社に婿入り予定だった僕からすれば、違うと断言できる。

 酒や米は、神社に豊穣祈願で奉納するため切っても切れない故に。

「精米の度合いが違うんだ」

 米は糠層と呼ぶ薄茶色の層で覆われている。

 食物繊維を含み、デンプンを劣化から守る。

 この状態を玄米と呼び、精米とはこの糠層を取り除く作業のことだ。

 経験からして、昨夜いただいたおにぎりは五分槻きと見る。

「急用で夜明け前から出かけなければならなくなったか。ご丁寧に日本語でとは」

 禅に添えられていた文を僕は思い出す。

 文はメモ用紙よりも小さく和紙のような紙に――インクか、墨かはさておき――記されていた。

 米同様、紙もまた一般に普及している可能性がある。

「ん~これは色々と調べないといけないな」

 まずは下地となる文化を把握する必要がある。

 日本では当たり前故に許された風習も、住む地が変わればタブーとなる。

 極端だが、牛豚鳥を食うのはダメがその一例だ。

「いや、この世界に牛豚鳥がいるか怪しいが、問題は……」

 アウラを筆頭に、この世界の人々と言葉を僕は普通に交えている。

 アウラが日本文字である、ひらがな、カタカナ、漢字を使えるのは父系のお陰だろうと、これは何かを隠す意図のはずだ。

 僕は自身が知らないまま、未知を知らずして既知としている。

「散策するならご自由に、か」

 姫巫女の気を利かせた承諾は、余所者の僕にとってとても助かった。


 離れを一歩出た時、僕は朝食を運んできたおばあさんと鉢合わせる。

「おでかけですか?」

「はい、じょう、ゴホン、散策に」

「作用ですか。お昼過ぎには姫巫女様はお戻りになりますので、それまでにお戻りください。昼餉を用意しております故」

「あ、はい、分かりマシタ」

 恭しく接するから僕は、カタコトでうっかり返してしまった。

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