第6話

 少なくとも、どこかなどという状況よりはよほど現実味があるのではないか。そう考えると急に体温が下がっていく。

だがふいに、《守護の聖女》と自称した少女が顔をあげた。

 舞子の側で、二度、強い光が瞬いた。束の間目を細めたあと、輝く図形のようなものが二つ床に浮かび上がっているのを見る。とたん、人影が現れた。


 図形のどちらにも、男が立っていた。

 一人は逞しい顎を髭で覆う屈強な男で、もう一人は対照的に少し背が低く、細身の少年だった。だがどちらも、シリウスと似た、コート状の服に下衣、長靴、腰には帯剣という装いだ。

 少年のほうは十代の半ばに到達しているかいないかというところだった。剣がどこか重たげに見える。


 髭の男と少年は、アンジュとその側の壮年の男たちを認めるなり片膝をついた。


「リゲル、ただいま戻りました。申し訳ありません、私のほうでは目標を見つけられませんでした」

「――私からも、同じく」


 はじめに髭の男が、ついで細身の少年が報告する。だがそうしながら二人の視線はシリウスに、その傍らの舞子に向いた。

 髭の男性が、太い眉の下の目を小さく瞠る。そして抑えた声で言った。


「もしや、その者が……?」


 訝しげに放たれたとたん、再び舞子の視界に光が瞬いた。

 髭の男性の右肩、少年の左首筋、シリウスの右腕に発光する図形が浮かび上がる。

 ――そして舞子の右手にも、再び光る模様が浮かんだ。


(な、なにこれ……!?)


 舞子とシリウスのものが異なるように、髭の男性のものも少年のものも模様はそれぞれ違う。それでいて、呼応するようにそれぞれが明滅している。

 新たに現れた少年と髭の男性とが驚いたような顔をした。

 そして少年のほうが、活発そうな目を見開いて舞子を見た。


「あなたが、《変転》の騎士ですか……?」


 少し高めの、信じられないというような声色だった。アンジュ一人が、嬉しげな微笑を浮かべている。

 髭の男性の視線も舞子にたどりつき、好奇心や疑い、あるいはある種の期待感さえ帯びていた。待ちわびた答えがそこにあるかのように。


(騎士って、後継者って何!? この人たちの仲間になれってこと……!?)


 混乱しながらも、舞子の頭はこの場の流れを理解しようと必死に巡る。自分は喚ばれた。まったく見覚えのない土地。後継者とか言われている。いきなり、手の甲に光が浮かび上がった。

 そのすべてが理解できたわけではない。だがその中で、もっともわからないのはた。


 なぜ自分なのか。なぜ後継者とやらにならなくてはいけないのか。

 心臓ばかりがやけにうるさかった。

《守護の聖女》アンジュが、舞子に目を戻して言った。


「私たちは、ディオスの嘉したこの地を守るため、当代魔王率いる魔族と戦い、勝利せねばなりません。その要たる四大騎士――《刃》《盾》《戒縛》《変転》のうち、《変転》の後継者が、マイコ……あなたなのです」


 言葉の終わりを待つかのように、浮かび上がっていた紋様がすうっと消えていく。

 舞子は呆然と目を見開いた。




 唖然としていた舞子は、促されるまま白い部屋を出、アンジュを囲んでいた白い服の男性たちと、髭の騎士と十代の少年騎士からなる集団の後ろを歩かされた。自分の後ろには、あの紫の目に銀の髪をした青年がつく。

 まるでどこかへ連行される囚人のようだ。


(な、何なんだろここ……!?)


 周囲に忙しなく視線をはしらせた。

 長い廊下のような場所を歩いている。柔らかい銀、あるいは金の光沢を放つ巨大な柱が等間隔に続き、天井ははるかに高く、まばゆい光が射し込む。

 壁も同じく、あわい金属光沢を持った白の壁で、薄青や翡翠、あるいは緋色で艶美な蔦模様が描かれている。その一定の規則はリズムと正確さを感じさせ、幾何学模様のようだがどこか文字のようにも思える。


 この内装を見た限りでは、宮殿や神殿といった様相だった。


 わからないことが増えていくうち、やがて前を行く集団がわずに止まり、重厚な両開きの扉を開けた。

 扉の向こうへ集団は進み、舞子もその後を追う。

 奥へと足を踏み入れ、寸前で声をあげかけた。人の気配。光。くらっと強い目眩のようなものを覚えた。


 均一化された服に身を包んだ男たちが左右に整列しているのが見えた。シリウスと名乗った青年とは違い、頭にはきらびやかな帽子を被っている。腰には剣、手には槍とも斧ともつかぬ長大な武具を持って直立している。


 その光景はいやでも舞子を緊張させた。現実でもこんな光景を動画などで見たことがある。どこか遠い国の、王族が関わるような式典で――。

 肩を縮こまらせるようにして、整列した兵の間を行く。兵達を露骨に見るわけにもいかず、舞子は前を見るしかなかった。

 先導していた集団が止まり、一斉に膝を折る。


(えっ!?)


 とたん舞子の視界が開け、前が見えた。

 最奥は数段高くなっていて、明らかに特別な、大きな椅子がしつらえられている。玉座という言葉が、舞子の脳裏に浮かんだ。実際、その特別な椅子の上には、美しい光沢の毛皮を羽織った老齢の男性がいた。

 その節くれ立った手――ひとつひとつの指の甲の部分に何かが描かれている。


(刺青……?)


 思わず凝視しそうになるのを、舞子は必死に抑えなければならなかった。ただの刺青ではなく、どこか、自分の手の甲やシリウスたちに浮かんだものと似た印象を覚える。あの紋様よりはずっと小さく簡素ではあった。

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