第3話

 直後、真昼が訪れたかのような閃光が何度も迸った。

 瞬いた光は何条もの落雷となって異形の獣たちを次々と討った。

 舞子はとっさに目を閉じて顔を背けていた。異形たちのあげた、断末魔の叫びだけが聞こえる。


 手で目をかばいながらも、舞子は天を仰いだ。突如聞こえてきた、人の声らしきもの。自分以外の誰かの声――。

 瞬く光がおさまると同時、目を開けて頭上を見る。

 そして舞子は大きく目を見開いた。


 色を失った空に、鮮烈な白の光が浮かび上がっていた。光は、複雑な幾何学模様を円で囲んだような紋様を浮かび上がらせている。

 ――その複雑な円を背景にして、空中にたたずむ人影があった。

 舞子は一瞬、状況を忘れて呆然と見入った。

 銀色――研がれた剣に似た、冷たく怜悧な銀色が風になびく。肩より長いその銀髪の先が風に踊っていた。

 そして、光の名残で輝く紫の両眼が舞子を見下ろしていた。


(あ……)


 赤と青を等分に混ぜ、光の加減でそれが揺らぐような完璧な紫色の目だった。

 自ら光を放つような白い肌。鋭利で流麗な輪郭の中に、高く形の整った鼻梁がある。引き結ばれた唇はそれさえ美しい形を損なわず、険しくひそめられた銀色の眉は凛々しかった。

 暗く抽象的な空の中、青年ひとりが輝いていた。――計算されて演出された一幅の名画のようだった。


 広い肩の上で、銀色の髪がなびく。耳の上から半分をまとめただけの髪型が、技巧をつくされたもののように似合っている。

引き締まった体を際立たせる濃紺の衣装はコートのように長く、袖が手首まで覆い、両肩に金の肩章があった。

 裾が翻り、黒い脚衣がのぞき、金属質の長靴が鋭利な光を放っている。

 腰に細いベルトが巻かれ、剣の鞘と思しきものがつり下げられていた。


 青年の右手に、鞘の中身である銀色の刃を持つ剣がある。

 紺色の裾をなびかせながら、青年の長靴が地を踏んだ。

 紫の目は険しく、舞子を見ると怪訝そうに光る。


「――お前が? 一人か?」


 舞子は答えられなかった。話しかけられたことに反射的に何かを言おうとしたが、喉が強ばって声が出ない。


「もう一度聞く。お前一人か? 私の言葉がわかるか?」


 緊張感を帯びた問いに、舞子は数度ためらい、首を横にも縦にも振ることができなかった。つかえたような喉でうめくように答える。


「わ、私一人、です。あの、ここはどこですか?」


 青年の紫の目が一度瞬き、だがふいに何かに気づいたかのように目を遠くへ向けた。

 舞子の目は無意識にそれを追う。視線の先に、枝葉や根をおぞましく蠢かせながら迫る木々があった。先ほどの六足の異形たちほどの速度はないが、森が迫ってくるかのようなおそろしさがあった。


 舞子が反射的に後退すると、突然腕をつかまれた。


「な、何……っ!?」


 舞子はかすれた声をあげ、とっさに抵抗した。


「いったんここから離脱する」


 短くそう言った青年はもはや舞子を見ず、頭上を見上げている。いまだ暗い天に光っている、複雑な円の図形を睨む。

 次の瞬間、舞子の足が文字通り


「ぅ、わ……っ!?」


 声が裏返る。

 腕をつかまれたまま体が宙に浮き、青年とともに白銀の円へと引き寄せられていく。

 瞬く間に地上が遠くなり、感じたことのない浮遊感と不安定さに舞子は硬直した。ざあっと血の気が引き、動けない。

 うごめく木々の姿が、悪夢のような地上が小さくなる。


 やがて、まばゆい光が舞子の視界を遮い、光の円の向こうへ吸い込まれた。




 足元が不安定なまま、ふわっと一瞬更に浮き上がる感覚があった。

だが次の瞬間視界に光が爆ぜ、まったく別世界に切り替わる。


「いっ……!?」


 つかまれていた腕を突然離され、舞子はどさっと落ちた。

 床に転がり、しばらく目を白黒させる。空から落ちて、地面に激突してしまったのかと混乱した。息を弾ませながら顔を回し、自分をつかんでいた青年を見上げる。


 険しく、怪訝そうな紫色の瞳が舞子を見下ろしていた。明るい光の下で見ると、赤と青の絶妙な色加減が神秘的にさえ見えた。――のみならず、ぽかんと口を開いたまま見入ってしまうほど、青年の顔の造形は見事だった。

 深い鼻梁や白い肌と対比する血色の良い唇、輪郭や体の精悍さは西欧人のように見える。だが目の周りの淡い影や紫色の双眸にはどこか物憂げで、中東系を思わせる神秘的な翳りがあった。


 舞子は人種的な特徴に詳しいわけではなかったが、見た限り、青年がどこの地域の人間と判断することもできなかった。あるいは異国の遺伝子がいくつもまじった青年なのだろうか。

 年の頃は二十半ばか、あるいはもっと上かもしれない。


 舞子がただただ呆けたように見つめていると、


「シリウスさま、そちらの方が……?」


 鈴を鳴らすような声が、ふいに意識を引き戻した。

 舞子は青年と同じように声のほうへ顔を向ける。そうしてようやく、周りの状況が認識できた。


 そこは、もう黒と灰の不気味な大地ではなかった。空間全体が光を放っているような白く明るい部屋だ。

 その部屋に、声の主らしき人物を認めたとたん、舞子はとっさに声をあげていた。


「あ、あなたは……!」

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