第2話

 

 腰の重たかった佳樹の様子見がてら、いつもの三人が次々と集まってしまった為、今日の昼食はなし崩し的に佳樹の席で摂る事となってしまった。3つの椅子を隣近所から無断で拝借――しようとしてたら理央が向こうの方に居た席の主にわざわざ声を掛けていた。


「で」


 四人ともまだ一口目を飲み込んだか飲み込んでないかの頃合いで、スポーツ観戦が大好きな高橋がブッ込んできた。


「笹野と牛尾は付き合い始めたのか?」


「ぼはッ!?」と佳樹は飲み込む寸前だった「かつて卵焼きだったモノ」を勢い良く吐き出してしまった。汚染範囲はぎりぎりで自分の敷地内に収まってはくれていた。


「汚えフリカケだな。……牛尾にとってはゴチソウなのか?」


 ボケたがりの上村が佳樹と理央の両方をイジり始めた。


「牛尾」と佳樹は理央の事を見た。意識してはいなかったがもし睨むような目付きになってしまっていたとしたら申し訳ない。


 理央は上村のボケを完全にスルーして、


「俺、何も言ってないから」


 困り顔で釈明をしてくれた。


「おお。何も聞いてない」


「でも。見れば分かる」


 高橋と上村が互いの発言にうんうんと頷き合う。


「何を聞いてなくて、何が分かんだよ」


 苦笑い顔で佳樹は尋ねた。


 聞きたくはなかったが確認はしておかなければならない。


   


「朝から妙に明るい牛尾とそれが隣に座ったら明らかにそわそわし出した笹野」


「牛尾が笹野に告白したのは自明の理。笹野がぼーっとしてた理由も判明」


 高橋は淡々と、上村はニヤニヤしながら佳樹に答えた。


「付き合い始めた事は隠しておきたかったか? 笹野は照れ臭いか? 牛尾の案だとしたらこの四人組に気を遣ったか? まあ。グループ内恋愛は崩壊の第一歩だしな」


「なるようになんだろ。気にすんな。もし別れたら、笹野をハブいて三人組になりゃ良いだけだしな」


 二人の中ではもう完全に佳樹と理央は恋愛的交際関係にあると決定してしまっているようだった。佳樹と理央は無言で顔を見合わせる。理央の顔は赤く見えたが佳樹の顔に熱はこもっていなかった。


「えー……と」


 勢いだろう口は開いてみたものの理央は何も言えないでいた。交際も告白も相手の居る話で今回の件で言えば更に未来は未確定の保留中でもある。ついでに言えばその相手は目の前に居た。理央の事だから色々と気を遣った結果、何も言えなくなっているのだろうが、かと言ってチラチラとこちらに視線を送って助けを求めるような事もしてこないところが何とも牛尾理央らしかった。


 斜め上に視線を向けて考え続ける理央の姿に佳樹は片眉を歪ませて苦笑する。


「牛尾。俺の事だったら考えなくて良いから。お前が言える範囲で説明してみろ」


「何か偉そうな発言だな」


「よ。関白宣言」


 二人からの茶々は当然のように聞き流して。理央は「さんきゅー」と呟いた。


 ……感謝されるような事でもねえんだけどな。声には出さずに佳樹は思った。


   


「俺が笹野に告ったのが今朝」


「今朝?」


「朝っぱらから元気だな」


 高橋と上村がこぼした感想に理央はいちいち「ははは」と反応を示していた。


 律儀な奴だ。


「んで。笹野には『考えさせてくれ』って言われてる。……以上かな」


 事実だけを言えば、非常にシンプルな話だった。告白からの保留。それだけだ。


「意外だな」


 高橋が言った。


「即断即決じゃないのか。付き合うにしても断るにしても」


「『断る』だあ? 付き合う一択じゃねーのかよ。あん? コラ。ウチの理央の何が気に入らねえってんだ。オイ。コラ。笹野。タコ。コラ」


 上村が悪ノリを始めた。


「牛尾が笹野の事を好きっぽいのはバレバレだったけど」


「ははは」と理央が笑った。高橋の言葉に上村も頷いている。……そうだったのか。


 佳樹だけが気付いていなかったのか。


 それもそのはず。男の理央が男の佳樹に恋をするだなんて。そんな可能性が佳樹の頭の中には無かった。もしかして――だなんて自惚れる余地が無かった。


「笹野も牛尾の事は別に嫌ってなかったよな。……んん? 俺とか上村に気を遣ってるんだったらいらねえぞ? 何で付き合わねえんだ?」


 コラだのタコだのといった口調は別にして。上村の出した話題――理央の何が気に入らねえんだ――に高橋も微妙に乗っかってきていた。


 佳樹は眉間に深いシワをこしらえて「うーん……」と唸った後、


「……なんとなく?」


 ぼそりと呟いた。


   


「『なんとなく』かよ!」


 上村にツッコまれて。高橋には「どうなんだ。それは」と溜め息を吐かれて。


 あわよくば、


「……笹野がそんな奴だとは思わなかった」


 と理央の「恋」も冷めてくれるかと思ったが。実際には――、


「まあ。わからなくもないけどな」


「言葉では説明の出来ない感情ぉー。それがぁー、恋ぃー。らららぁー、ららぁー」


 高橋は頷いて、上村は何故か歌っていた。


 当の理央でさえ、


「笹野は本当に気付いてないみたいだったし。急に言われても困るよな」


 などと理解を示してくれる始末だった。


 佳樹は困る。


「笹野が『答え』を出すまでは牛尾とは会いたくない、話もしたくない、顔も見たくないって事でもなけりゃあ、ゆっくり考えれば良いんじゃないか。……待たされる牛尾はキツイか?」


「いや。俺も『会いたくない、話もしたくない~』って事じゃないなら、ゆっくりでゼンゼン。大丈夫」


「……これが噂の『キープ』か。クソ。コラ。このモテ男め」


「ははは。ソッコウで断捨離られないでキープしてもらえるなら、むしろ嬉しいな」


「また、いじらしい事を。惚れた弱みか」


 佳樹を除いて。高橋と上村と理央の会話が弾んでいた。


   


「さっきも言ったけど。牛尾と笹野が付き合おうが捨てられようが俺らと牛尾の熱い友情は変わらないから心配すんな」


 上村の言葉に佳樹は苦笑いを浮かべる。


「俺との友情は変わりそうな言い方だな」


「今後の牛尾の立ち位置だの余計な事は考えないで、もっとシンプルに、付き合うか付き合わないかを決めろって話だ」


 上村の放言を高橋がフォローする。


「ん……ああ」と佳樹は曖昧に頷いておいた。


 そんなふうに言われると佳樹も多少は気が楽になる……のか? 


 いや。佳樹には始めから「理央と付き合う」という選択肢は無かった。


 断る事は決めていて、どう断ろうか、何と言って断ろうかしか考えていなかった。


 それだけが悩みだった。


 理央の今後の立ち位置なんて少しも考えていなかった。


 物事を外から見ている第三者だからかもしれないが上村も高橋も随分と色々な事を考えているんだな。よくそんなにも頭が回る。気が回る。


 佳樹は「俺はなんかテメエの事ばかり考えてんな」と自分で自分を情けなく感じてしまっていた。


 知らなかった。俺ってこんなに利己的な人間だったんだな。


 そんな俺を「好き」だなんて。牛尾も案外、見る目がねえなあ……。



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