第27話 男子校生とバレンタインデー3

 バレンタインデー当日


 昨日の夜は、なんだか息苦しいというか暑苦しいというかなかなか寝付かれなかった割にはいつもよりも早起きだった。

 通学中にチョコを貰えるかもしれねえと思った俺は、早く学校へ行こうとしたのだが、ふと冷静になり、いつもの時間よりも早くても遅くても万が一、俺が来るのを待っている子が居たとしたら登校時間をずらすわけにはいかねえなと、結局いつもの時間に出るようにした。


「いってきまーす」


 と、母ちゃんに叫んで玄関で座り込んで革靴を履き、立ち上がろうとしたらそのまま後ろに倒れた。


 倒れた音が聞こえたのか、母ちゃんが台所から顔出した。


「大丈夫?」


「いやーなんか力抜けて立てねえ」


 情けなくも母さんに手伝ってもらい立ち上がる。

 なんかフラフラする気がするな…


「ちょっと熱計りなさい」


 そう言って母さんが体温計を持ってきたんで、体温を計る。


 38度4分だった。


「今日は寝てなさい。学校には電話しておくから」


 俺はフラフラしながら自室に戻り、部屋着に着替えて布団に潜り込む。

 なんかボーっとしてきたと思ったら目の前が暗くなり意識が遠のいていった。


 …………


 ふと目を覚ますと、既に夜になっていた。

 水分でも取ろうかと台所に行くと母ちゃんが居た。


「朝よりは顔色が良くなったみたいだね」


「そんなに悪かった?」


「倒れた時は青白かったからね、私も驚いたよ」

「食欲はある?お粥でも作ろうか?」


「うん、お願い。あと水が欲しい」


「水じゃなくてお茶にしときな、いま入れてあげるから居間で待ってなさい」


「へーい」


 居間にある座布団に座りお茶が来るまでぼけーっとしてる。

 しっかり寝たからか、朝みたいな力が抜けてフラフラするといった事は無くなった。

 のどは相変わらず痛い、お粥食べたら薬飲んでおこう。


「お待たせ」


 母ちゃんがお茶とお粥を持ってきた。


「これ食べて、薬飲んで寝るんだよ。あ、今日はお風呂入るのやめときなさい」


「うん、わかった」


「じゃあ、お母さんは寝るからね。おやすみ」


「おやすみなさい」


 お粥とお茶を流し込み、市販の風邪薬を飲んで自室に戻る。


 そういえば、スマホ見て無かったな。

 朝から鞄に入れっぱなしだったスマホを取り出す。

 へぇ、意外に未読の数あるんだな…

 お、クラスの連中からか、今日出た課題とか連絡事項とかか、ありがてえ。

 あとは…柊さん!?

「ずっと待ってたけど、来ないから帰るね」って、やべえよ、柊さんに連絡すんの忘れてた…今からでも返事しとこう。

「夜遅くにごめん。今朝、風邪熱で倒れて今まで寝てたんだ。連絡出来なくて申し訳ない。風邪が治ったら連絡するよ」

 ブロックされてるかもだけど送信!


 あ、返事来た。早えな、柊さん。

「こっちこそごめんね。早く良くなってね、連絡待ってます」だってよ。

 ブロックもスルーもされなくて良かった。

 さて、寝るか。


 ――――――――――――


 バレンタインデーの次の日


 翌日、熱は下がったけど、まだのどが痛えよ。

 のどが痛えくらいだし、学校に行くかな。

 昨日ずっと寝てたせいか、ぼけーっとするな。


 …………


 ぼけーっとしているうちに学校についてるんだけどさ、風邪引いて寝てる間に何かの能力にでも目覚めたんだろうか。すごくね?すげえよな?

 ぼけーっとしてても学校に行けるんだぜ……あれ、ほんとにすげえの?すごくなくねえ?


 下駄箱開けたら、ハズレって書いてある紙が入ってるんだけど。アタリが良かったな。

 ハズレって書いてある紙を丸めてボールにして遊びながら教室に向かう。

 クラスの連中にどうだったって聞かれたから、何かハズレたんだけどって返したら、ポケットティッシュ貰った。

 のどは痛えけど、鼻水は出てねえからポケットティッシュいらねえよ。困ってる人がいたらあげよう。一日一善だ。


 自席に座って昨日出た課題を写させてもらっていたら、スマホが震えた。

 あれ、昨日は通知音だったよな、いつマナーモードにしたんだっけ?ま、いいや。

 画面を見ると柊さんからだった。

「風邪良くなった?」

「治って今学校」

「大丈夫なの?」

「絶好調!ハズレ入ってたけど」

「???」

「気にしないで」

「今日の放課後会えるかな?無理そうなら今日じゃなくてもいいけど」

「いいよ、全然大丈夫」

「じゃあ、いつもの所でね」


 メッセージ送ってたら先生きてた。

 危ねえ、見つかったらポケットティッシュ没収されるところだったな。


 ――――――――――――


 何事も無く放課後。

 クラスの帰宅部連中と駅に向かう。

 やっぱり頭悪い同士、頭使わねえから会話とか楽で良いよなー。

 ホームに上がると端のベンチ脇に見覚えのある姿が…あ、柊さんじゃん。

 皆に知り合いが居るからそっち行くって告げて、柊さんの所に向かう。


「柊さん!」


「浅井君、風邪はもう大丈夫なの?心配したんだから」


「悪い悪い。寒中水泳も出来そうなくらいに元気だって」


「そんな事したらまた風邪引いちゃうよ……浅井君…」


 あれ、柊さん涙目になってない?なんだ目から汗か?鼻水か?


「ごめんね…浅井君、あのね…前にバイト始めたって言ったでしょ?」


 俯く柊さんの小さく震える声。もしや柊さんも風邪なのか?


「ああ、そんな事言ってたなぁ」


「それでね、一緒にバイトしてる人と仲良くなって……」


 あ、泣き始めた。鼻詰まると息するも辛えけど話すのも辛えよな…


「……好きになっちゃったの!だ…だからね…もう…終わりにしよ……ごめんね、浅井君…ごめんね」


 あーあ、泣いちゃったよ。泣くのは良いけど場所考えろよ。

 これじゃ俺が泣かしてる見てえじゃねえか。どうみても俺が悪者だろうがよ。

 こんな下校ラッシュの駅のホームでって、おい、てめえら見てんじゃねえよ…あ、うちのクラスの奴らじゃねえか、まだ帰って無かったのかよ。楽しそうに見んなよ。

 ぜってえ明日なんか言われるじゃねえか。小学ん時にチョコ突き返した事を思い出した…あれは俺は悪くない、あいつらがトイレに逃げ込むからトイレ前に置いただけだろ。なんで次の日トイレに流した事になってんだよ。そんな武勇伝いらねえよ。風評被害だよ。フェイクニュース過ぎんだろうが。

 なんか本格的に柊さん泣いてない?肩震わせてるし、え、笑ってんの?マジで?この状況で笑う?あ、違ったやっぱ泣いてんのか。とにかく涙拭けよ、鼻水垂れてんぞ、ハンカチとか持ってねえのかよ、柊さん女の子だろ。

 あれ、女の子だからハンカチ持ってるって決めつけちゃいけないんだっけ?手洗ったらスカートで手を拭くタイプの子なんだっけ?やけに制服のお尻辺りがテカテカしてると思ったよ。

 そんな事考えてる場合じゃねえ、柊さんの学校のやつらも見てんじゃねえか…どうすんだよコレ。俺の知り合い柊さんの学校に行ってるやつ意外と多いっぽいのに。こんなとこ知り合いに見られてたら社会的に死ぬやつじゃん。

 だからさ


「うん、終わりしてくれ」


 俺は、今朝クラスの連中からもらったポケットティッシュを柊さんに手渡した。

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