第16話 最後までずっと一緒に

 嵐が吹き荒れ、癒しの風をまとい、大変な大学生活だった。

 荒れ狂うほど衝撃だったのは、元気だった祖母が亡くなったことだ。眠るように穏やかで、それはそれで祖母らしくないと家族は苦笑いだった。

 跡を継いだのは姉で、一番落ち着いているのも姉だった。葬儀が終わった後聞かされたのは、亡くなる前に引き継ぎはすべて終わらせていたらしい。ある程度の覚悟はあったのだろう。

 葬儀中、誰よりも熱心に手を合わせていたのは秋継だった。白い花に囲まれた祖母より、秋継の横顔ばかり見ていた。

 もう一つは、春との別れだ。大学を卒業して彼女は二年間、海外へ留学することになった。押し寄せた二つの別れに涙が止まらなくなり、何度も彼女を抱きしめた。

「家族で親友なのはどこ行っても変わんないでしょうよ」

「日本に帰ってくる?」

「もちろん。親とはそういう約束だしね」

 お嬢様の意思は固い。それに彼女の人生を応援したい。

 空港へ見送りに行くと、春から餞別をもらった。腕時計だ。文字盤には星が散りばめられていて、紡いできた友情の証でもあった。

 卒業前、凜太は家族へ男性が好きなことを告げた。父と母は固まってしまった。姉の愛奈は特に何も言わなかった。いつもと変わらない様子は「知っていた」と同じに見えた。

 将来を悩みに悩んだ凜太は、茶道の道を突き進むことに決めた。祖母が東京に持ち家があると発覚して、遺された家は凜太が継ぐことになった。

 東京にも進出するつもりだったのか、茶道の道具や茶室は揃っている。

 郊外の小さな家だが、凜太はすぐに気に入った。近くに茶道教室がないのも、祖母が調べて建てたのかもしれない。交通の便も悪くない。

 そして今日は特別な日になる。凜太はいつもの袴ではなく、スーツを着用した。

 外で車のエンジン音が聞こえてくる。

 凜太は玄関の鍵を開けると、目の前にいた人物に勢いよく飛びついた。

「危ないだろ」

 秋継も同じようにスーツを着用だ。本人曰わく着慣れていないらしいが、上背があるとよく映える。

「準備はできたか?」

「うん、大丈夫。あとは気持ちの問題」

 今日は大切な日だ。秋継の実家へ向かい、恋人同士だと話すことになっている。

「どんな感じで恋人を連れてくるって伝えたの?」

「引っ越しして恋人と住むことになったってシンプルに。普通なら明るい雰囲気になるだろうけど、ぴりっと空気が凍ったな。あの様子だと男を連れてくるんだと覚悟しているんだと思う」

「しかも顔見知りの僕なら直さらか……」

 段階を踏んで、向こうの家元がいないときにしようとふたりで決めた。

 重たい紙袋を持ち、そう遠くない彼の実家へ向かった。

「俺より落ち着いて見える」

「そう? アキさんの方がどっしりしてるように見えるけど」

「心臓止めてやりたいくらいにびびってる」

「やめて、死んじゃう」

 秋継の家は目前だ。屋敷は塀と木々に囲まれ、屋敷は屋根が見える程度だ。

 車から降りると、瑞々しい花の香りがした。

 裏口へ回ると、女性が花へ水やりをしている。秋継の母親だ。

「母さん、連れてきた」

 彼女はこちらを振り向く。目が合った。

「平野凜太です。お久しぶりです」

 家元の葬儀以来だった。背筋がまっすぐに伸び、清らかな雰囲気をまとっている。庭には大輪の花が咲いているが、彼女の佇まいは負けていなかった。

「……本当なの?」

 彼女は驚愕し、固まっている。

「中へ入ってちょうだい」

 部屋の中も生花で飾られ、茶の香りがするところは凜太の家と同じだ。

 ソファーには秋継の父親が座っている。凜太を見るなり立ち上がり、腰を曲げた。凜太も深く頭を下げる。

「ようこそいらっしゃいました。会えるのを楽しみにしていたんですよ」

「僕が来ることをご存じだったんですか?」

「平野さんから電話が来てね。さあ、ソファーへお座り下さい」

 物腰が穏やかで、こういうところは猫被った秋継だ。秋継も文化イベントなどでは温厚で特に女性や子供に優しい。

「秋継が男性を好きなのは知っていました。父としては誰であろうと幸せになってほしいと願うものです」

「もしもの話だけど、俺しか跡継ぎがいなかったら同じことを言えたか?」

 秋継は物言いは無遠慮だ。凜太は止めない。自分の親に対しても同じ思いだからだ。

「言えたさ。もちろん。跡継ぎなんて親戚もいるし、他に継ぎたいという人もいる。跡継ぎの問題があろうがなかろうが、親の願いは子供の幸せだ」

 秋継の父は悩まずに答えた。

「母さんがのことだが、最終的には認めると思う。けど、自分のない世界だからどうにも戸惑っているみたいなんだ。母さんの気持ちも組んでやってくれないか。……凜太君、うちの息子をどうかよろしくお願いします」

 凜太は彼よりもっと頭を下げた。

「先ほど、うちから電話が来たとおっしゃっていましたが、僕は秋継さんとお付き合いしていると話してないんです」

「そうなんですか? 凜太君のお姉さんはご存じでしたよ」

 秋継と顔を見合わせた。やはり愛奈は知っていた。

「姉が好きな人を連れてきたら、僕も全力で力になりたいと思います」

「それがいいと思います。誰だって幸せを認めてもらえれば嬉しいものですから。家元同士で決めたとはいえ、愛奈さんにも秋継にも申し訳ないことをしたと思ってます。好きでもない相手が婚約者など、もう時代が違いますから」

「正直、うちの祖母が生きていたときに秋継さんとのことを言えたかと聞かれたら、難しかったです。とても寂しいことですけど」

「家族だからと言って考え方は皆同じわけではありません。分かり合えないこともあります」

「いずれ、秋継さんのお母さまにも認めてもらいたいです。また来てもいいですか?」

「もちろんです。いつでもお越し下さい」

 一時間経った頃に秋継と席を立った。彼の父は最後まで紳士的だった。

「結局、アキさんのお母さんとほとんど話せなかったね」

「リビングにも顔出さなかったしな。仕方ない。無理に考えは変えようとも思わない」

「…………うん」

「不満か?」

「全然。こうなることも予想してたし」

 秋継はアクセスを踏んだ。向かう先は凜太の一軒家だ。

「車が置けるスペースも二台分は余裕だし、俺が引っ越ししてきても問題ないな」

「いつ頃来る?」

「来月には来るつもりだ」

「じゃあ、部屋の掃除しておくね。ようやくふたりの生活が始まるね」

「ああ」

「いっぱいえっちしようね」

「あ、ああ……」

「なんで微妙な顔すんの」

「いきなり言うなよ……照れるだろ」

 もう何度も来ているため、指示をしなくても秋継は手慣れた様子でハンドルを切り、家の庭で車を駐めた。

「そんな照れ屋なアキさんに朗報」

「なんだよ」

「なんと、家にケーキがあります!」

「まさか作ったのか?」

 秋継は目を見開いている。凜太はしてやったりと内心ガッツポーズを決めた。

「そうそう。料理だけでなく、お菓子作りにも挑戦してるんだ」

「それでか。どうりでバターの香りがすると思ってたんだよ」

 背中を押されて家の中へ入った。作った側はあまり感じなかったが、確かに茶の香りに混じって洋菓子特有の香りもした。

 冷蔵庫から出したパウンドケーキを切り分け、コーヒーと共に出した。

「ちゃぶ台ってのもいいな」

「これも家にあったものなんだ。おばあちゃんの趣味だね。洋風に憧れる時期もあったけど、いざ一人暮らししてみると和風の良さが染みてくるというか」

「本当に一緒に住んでいいのか?」

 ケーキを前に、神妙な面持ちで聞いてくるのがおかしかった。

「なんで今さら?」

「俺は回りに何を言われてもいい。けど、お前は茶道の道で生きていくって決めたんだ。どうしても結婚やら子供やら言われて……」

「性癖は変わらないし、僕の幸せは教え子たちが作るものじゃないよ」

「なんか、眩しい」

「眩しい?」

「出会ったときはもっと路頭に迷ってる感じがしたけど。今は小さな太陽がそこにいるみたいだ」

「アキさんもハリネズミじゃなくなったね。今日、お父さん相手にあそこまで言うとは思わなかった」

「臆病じゃなくて戦おうと思えたのは……やっぱりいい」

「肝心なとこを言わないのは相変わらずだけど」

 将来を考えれば不安なんて尽きないものだ。

 それならば足下から見直してしっかり立ち、今を楽しく生きるべきだ。

 そう思えたのは、隣でケーキを食べてくれる人ができたから。

 山積みになっているものを一つずつ整頓しながら、これからもふたりで生きていく。

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黄金色の星降りとアキの邂逅 不来方しい @kozukatashii

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