第8話その男

あと数日で今年も終わってしまう。


あいかわらず僕の頭中は霊園での出来事、クリスマスイブでの出来事がグルグルと駆け回っている。


母とは、あの日以来はっきりと霊園に行く日は決めなかったけれど、なんとなく今日がその日なような気がして僕はいつもより早く起床した。


玄関にいつもは履かないピンヒールが昨晩から用意してあったからだ。


昔から母は霊園に行くとき、とびっきりのおしゃれをして父に会いに行っているように思う。


それはまるで父とのデートだったんだと今更ながら気づいた。


昼前に僕たちは出発した。


母の運転で霊園に向かう。


車窓から見える景色は一人で電車で行った日とはまた違う包み込むような温かさのようにゆっくりと僕の視界に入ってくる。


霊園の駐車場に着くと母はバックミラーで化粧を念入りにチェックして靴を履き替えようとしていた。


「僕、先に降りて水とか用意してくるから。」


「志音、竜志の場所分かる?」


母の問いかけに思わずこないだ来たばかりだと返事しそうになって慌てて適当にごまかした。


年末近い、この寒空に霊園は物静かだった。


僕の歩く砂利道がやけに響いているように思う。


母はこの砂利道をピンヒールでさっそうと歩くのだから感心してしまう。


母より先に墓石に着くのもなんだと思いゆっくりと桶に水を入れて準備した。


遠目で墓石近くに母が立っている姿を確認して僕も後を追うように歩くスピードをあげる。


その時、男性の声が霊園に響くと同時に母が逃げるように駐車場に引き返す姿とそれを追う一人の男性の姿に僕はびっくりした。


「麗奈、行かないでくれ。」


その声は悲痛で母の腕をつかむと振り払おうとしている手でなんども叩かれても苦でもないように見えた。


「行くな。頼むから行くなよ。」


涙声で母に訴える男性はまったく僕の事は眼中に入っていないようだった。


思わず桶の水を投げつけてやろうかと思ったのをおさえて、僕は母のそばに駆け寄って二人を引き離した。


やっと僕の存在に気付いた男性は一歩、二歩後退すると僕の顔をみて驚いた感じで地面に座り込んでしまった。


「麗奈さん、警察電話する?」


「しなくていい。」


とっさの僕の言葉に母は冷静な言葉で返した。


「こんなに竜志にそっくりに成長したんだな。正直、竜志が生きてたのかと思った。」


男性は立ち上がると母におもむろに名刺を渡すと改めてゆっくり話す時間を作ってくれと言ってきた。


「志音くん、驚かせて悪かった。俺は陸、奥田陸(りく)ていうものです。」


奥田!


偶然にも僕と同じ名字て何か関係があるのかと聞き返そうとしたとき母の言葉で制止された。


「志音は何も知らないから。私からこの子に説明するから陸お願い。今日は何も言わないで帰ってちょうだい。」


奥田陸

奥田陸


どこかで聞いたような親近感があった。


確かにある。


一瞬、智輝の顔が浮かんだ。


そうだ智輝が大好きな人気バンドグループ、kaionn(かいおん)のギタリスト奥田陸だ。


顔をガン見してしまう。


間違いない。


さっきまでの警戒心が嘘のように驚きとワクワク感が止まらなかった。


でもその後、母から知らされる真実のほうが遥かに晴天の霹靂だったことをこの時の僕は知る由もなかった。
















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