第3話【二度目のブレーキ音】

 二十時二十九分。

 私はゲーミングチェアに座り、配信の準備をしていた。

「ふぅ……」

 やや広めの机の上には、二枚のモニター。

 右側の片方には一昨日プレイしたホラーゲーム、『ゾンビハザード』のタイトル画面。

 『柳祢子やなぎねこ』が、少しだけ有名になった原因だ。

 左側のもう片方には、配信ソフトの画面。

 実際に配信に映るのはゲーム画面と、私の顔。

 顔と言っても、兎本千里うもとちさとではなく『柳祢子』のアバターである、猫耳の生えた黒い髪の女の子だ。

 今日はどんなことを話しながらやろうか。何人見に来てくれるかな。

 そんなことを考えながら、深呼吸する。

 三十分になった。

「よし、やるか……」

 私は、配信開始ボタンをクリックした。



 二十時三十分。

 私は柳祢子として、配信を始めた。

「こんにゃ~。ねこはやなぎ、柳祢子やなぎねこだにゃぁ~。今日は前回に続いて、『ゾンビハザード』やっていくにゃ~」


『こんにゃ~』『まってたぞ!』『これがあのブレーキ音か……』『この声……もしかして』『こんにゃ~』


 同時視聴者数は400人ほど。いつもは100人にも満たないのにこれだけ来ているのは、やっぱり切り抜き動画のおかげだろう。

 そう思いながら、私はコメント欄を一瞥した。

 早いとは言えないコメントの流れに、『ブレーキ音』という単語がちらほら見える。

「今日は初見さんもいそうだね……まあ、みんな理由は知ってるだろうから、詳しくは言わないにゃ」


『ブレーキ音かw』『あの切り抜きww』『素の声も普通に可愛いなこの子』


 配信を見に来ているほとんどの人が、私の切り抜き動画の存在を知っているらしい。

 今までは600人というせまいコミュニティにいたので、情報がリスナー全体に伝わるのは早いようだった。



 一呼吸おいてコメントの流れが落ち着いてくると、いよいよゲームの時間だ。

 私は皮肉を込めて、ゲームを始める合図をリスナーに送る。

「ねこの絶叫が聞きたい人も多いようだし、さっそくゾンハザやっていくにゃ~」


『キター!』『待ってました!』『なぁ、この声って……』『わくわく』


 不穏なコメントを一旦無視して、タイトル画面の『Continued...』という文字をクリック。コントローラーを持った。

 重々しいBGMが流れはじめ、私の身体に緊張が走る。

「うぅ~やっぱりこわいにゃ。ホラーゲームなんてやりたくないのにゃ~」


『それ言っちゃおしまいよw』『なんでやってんだw』『それだと需要を満たせないよ!』


「うぅ、でもぉ。ねこは怖いもの苦手なんだよ~」


『かわいい』『カワイイ』『kawaii』『ねこ虐たすかる』


 私の発言で、コメント欄がかわいいで埋め尽くされた。

 同時視聴者数も、今のところは400人を下回っていない。今日の配信は久しぶりに楽しくなりそうだなと、心の中で笑みを浮かべた。


 ゲーム画面では、ハンドガンを持った女性が古い洋館の中を散策している。

 いつゾンビが現れるのかとドキドキしながら、コントローラーの左スティックを倒す。

「うぅ、こわいにゃぁ……」


『左スティック押し込んで走れw』『歩くなw』


「だって、怖いんだもん!」

 ホラーゲームは怖い。自他ともに認めるビビりで、小学校三年生くらいまでは夜中に一人でトイレにすら行けなかったくらいだ。

 今までホラー系の配信はそれとなく回避してきた。だが、一昨日それが解禁されてしまった。

 他のゲームでおこなったリスナーとの対決で負けてしまったために、やらざるを得なくなったのだ。

 心の中でリスナーを恨んでいると、あるコメントに目が留まった。


『ねこちゃん、窓の方向いてみて』


「窓の方? えっと……こっちかにゃ?」

 言われるがまま、私は右スティックを回す。

 それが間違いだった。

 窓に何かがぶつかる、大きな衝撃音。

 同時に窓枠の上側から、皮膚のただれたゾンビが勢いよく張り付いてきた。

「ギィヤアァァァァァァァァ!?」



 柳祢子のホラーゲーム配信、二回目は。

 案の定、私のブレーキみたいな絶叫がリスナーの鼓膜を破壊した。



―――

柳祢子やなぎねこ

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