後編 「準備ヨロ!」



 すぐにシープとオルフの晩餐の準備が整えられた。本来なら王族が食事をするような場ではない、狭い会議室。四人掛けの長方形のテーブルに椅子が四つ並べられていた。うち二つは王と王妃のもので、仲睦まじさを表すように横並びになっている。となれば必然的に、オルフとシープはその向かい。テーブルが小さいせいで椅子同士の距離も近い。


 ちなみに本来のダイニングは『突然床が水浸しになって使えない』と説明され、王と王妃からは『急な来客があったので食事は別でとる。今日は若い二人でヨロ』と聞かされている。ただし、王と王妃が自分たちの食事もとらずに隣の部屋で聞き耳を立てていることと、宰相が興味津々で廊下から様子をうかがっていることは知らされていない。


(ふ、ふたりっきりで食事だと……!?)


 少し手を伸ばせばぶつかりそうな距離に美女が座っている。それだけでオルフは落ち着かなくなった。しかも着替えて現れた彼女は胸元が大きく開いたドレスに身を包んでおり、視線のやり場に困る。


 一方のシープも、大きな胸を強調するドレスには不慣れであり、顔から火が出そうなことに必死に耐えていた。


(いざという時のため、と持たされたドレスだけど……恥ずかしすぎるっ。でも婚約を破棄されるわけにはいかないの。色仕掛けよ、色仕掛け。頑張れわたし……!)


 羞恥心と戦いながら、シープは両腕で胸をぐっと寄せてオルフ側にほんの少し上体を傾けた。彼の視線がちらっと胸元に向けられたことに気が付いて、(みっ、見ないでえ……!)と内心半泣きになりながらも、穏やかな笑みを浮かべる。


「こちらの国の郷土料理には、どういったものが多いのでしょうか?」


「そ、そうだな。狩猟民族ゆえ、肉を使った料理が多いな。また、肉料理に合う赤ワインも多く生産されている」


「まあ、素敵ですね。本日のこのワインも、地元の特産品でしょうか?」


「あ、ああ……」


 ちらり、とオルフはワイングラスに注がれた赤い液体に目を向けた。オルフは下戸なので、来客時にはワインではなくブドウジュースを出させることにしている。自分のグラスの中身とシープのそれを見比べ、同じに見えたことに安堵した。これならジュースだとはわからないだろうと――実際には正真正銘、同じワインが注がれているのだが。


(会話が続けられん! 早く食事を終わらせなければ!!)


 そう考えたオルフは、グラスを手に持った。乾杯してから赤い液体を口に運ぶ。


「!?」


 飲み込む瞬間にブドウジュースならばありえない喉の焼けつきを感じ、目を見開いた。これは酒ではないかと叫びだしたい気持ちを押さえ、そっとグラスをテーブルに戻す。


「あの、どうかされましたか……?」


 シープはオルフの様子が変わったことに気付き、おそるおそる声をかけた。飲んだワインが口に合わなかったのだろうか、機嫌を損ねていたらどうしよう、と気が気ではない。オルフが据わった目を向けてきたので、シープはびくりと体を硬直させた。


「……君は」


「は、はい」


「どうしてそんなに美しいんだ」


「はい?」


 聞き間違いかとシープは目を瞬いたが、自分を見つめているオルフは真顔。記憶をたどっても確かに彼はなぜ美しいのかと問うていた。


「君のふわふわな毛皮に触れたい」


 オルフの手が伸び、シープの髪に触れる。彼の少し潤んだ瞳はやけに艶っぽく、シープは体中の血がぶわっと顔に上ってくるのを感じた。シープが体を硬直させているうちに、オルフが白くふわふわの髪を一房ひとふさ持ち上げて唇を落とす。


「あっ、あのう」


「君をべてもよいだろうか」


「さっきとキャラ違いません!?」


 キャラどころか言っていることが真逆なのだが、それを指摘する余裕はシープにはなかった。オルフの片腕がシープの座る椅子の背もたれに乗せられ、凛々しい顔がぐんぐん近づいてきたからだ。


(ど、どうしよう! 色仕掛けでも何でもしなきゃとは思ってたけど、これはちょっと展開が早すぎない!?)


 唇同士が触れ合いそうになった、その寸前。


「失礼いたします!」


 音を立てて会議室の扉が開けられた。廊下に眼鏡をかけた若い宰相が立っていることに安堵しかけたシープは、すぐに慌てることになった。オルフの体がぐらっと傾いで、シープに体重を預けてきたからだ。布越しに感じる固い筋肉に、シープの心拍がさらに上がる。


「――なぜ止めた宰相ォ! いいところだっただろお!?」


 動かなくなったオルフの様子をうかがう間もなく、シープの知らない男性が駆け込んでくる。彼がこの国の王だと知らないシープは、頭の上にハテナを浮かべながら目を瞬いた。


「限界かと思いまして。このように、殿下がお眠りでございます」


「ええ……??」


 確認してみると、彼は確かに目を閉じて寝息を立てていた。「そんなことある!?」と叫びたい気持ちをぐっとこらえ、シープは王に目を向けた。誰かはわからなかったが、間違いなく身分の高い男性。本来立ち上がってお辞儀をすべきタイミングだが、オルフがもたれかかっているせいで動けない。仕方なくその場で精一杯頭を下げた。


「このような体勢でのご挨拶となり申し訳ございません」


「ああ、よい。せがれが失礼をした。歓迎するぞ、羊族の姫」


「もったいなきお言葉にございます……!」


 まさかこんな形で王と対面するとは夢にも思わない。混乱ゆえに言葉が何も出てこなくなったシープは、黙って頭を下げ続けた。その上に宰相の静かな声が降ってくる。


「陛下、このまま殿下を寝室にお運びいたしましょう。お風邪を召されない程度に着衣も乱しておきましょう。そして明日の朝、皆で申し上げるのです。昨夜ゆうべはお楽しみでしたね――と」


 シープも『お楽しみ』の意味がわからないほど子供ではない。(ひょえっ、既成事実の捏造ねつぞう!?)という気持ちで冷や汗をダラダラ流していたら、宰相がシープに目を向けた。


「ああ、姫にとって不名誉な噂が流れないよう、情報統制はしっかり行いますので、ご心配なく」


「えっとお……!」


 そうじゃないそういうことじゃない、とはシープには言えなかった。色仕掛けでも何でもして婚約を繋ぎ止めようと考えていたのだ、彼の案には乗るしかない。だが狼族の王はシープとオルフの婚約を歓迎してくれているらしいと察してほっとした。


「よ、よろしくお願いいたします」


「お任せを。陛下もそれでよろしいでしょうか」


「うむ。あとはヨロ」


「はっ」


 一つうなずいてから去っていった王の腹から、ぐううと腹の虫が聞こえてきたが、シープは聞かなかったことにした。



   ◇



 翌朝。宰相の完璧な根回しにより、皆から「昨夜はお楽しみでしたね」と言われ続けたオルフは、


(なぜだ。なぜ俺は一番オイシイところの記憶がないんだあっ!)


 と身悶えしつつも、手を出したからには責任を取らねばなるまいと婚約を承諾し。


 朝から王妃に呼び出され、「さあこの国の妃教育を始めましょうね。とこでのお作法も違うでしょうから、それも大事よね」と笑顔で言われたシープは、


(ひょえっ。床っていうのは、それはつまり、初夜のお作法ということ……!?)


 布越しに感じたオルフの固い肉体を思い出してしまって真っ赤になった。


 そんな二人を眺めた王と王妃は、


「結婚式はすぐでいいか」


「盛大な式にしましょうねぇ。孫の顔が早く見たいわあ」


 と頷き合い、揃って宰相に、


「「準備ヨロ」」


 と告げるのであった。


 ちなみに本当の初夜になってようやくオルフは『初日に手など出してはいなかった』と知るのだが、それはまた、別の話。


***

読んでくださってありがとうございました。

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