第5話『……面白いかも、しんないから、かな』

「無理だよ」

「えええ!」


 即答した……っていうか、それに対して全員が同じように声を上げた。さらに彼はその声に、うるさそうに顔をしかめた。


 レツよりもまっすぐな黒髪で、どことなく冷たい感じのする切れ長の目。体は華奢でレツと似てる感じだが、明らかに違う雰囲気。なんだろう、レツはなんだかふわふわしてるけど、こっちはとげとげしてる。

 どこから見ても黒魔術師だ。


 キヨはみんなの非難の声にうんざりしたように溜息をついた。


「ギルドで確認したんならわかってるだろ、俺もう次の予定入ってんだってば。前金貰ってるし、そういうの反故にできないよ」


 次の仕事に響くから、そう言いながらテーブルのグラスを取った。


 宿屋の一階の酒場には、まだ日も高いってのに客が結構いた。俺たちはここの二階に泊まっているキヨを訪ねてきたのだ。

 そして今まで同様、レツがきちんと(?)説明して、彼に同行をお願いし、その答えがこれだ。


「でも、でも勇者の旅って普通の仕事とは違うし、それに、もっと遠くまで行くし……」


 レツの説明はなんだかしどろもどろだ。そりゃ、まだ旅に出てないんだからわかる事なんてほとんどないんだろうけど。


「レツ、お前結局、その仕事してんのか?」

「う……」

「まぁまぁ」


 シマが取りつくろうように間に入った。え? どういう事? レツって仕事してないの?


「キヨリン、いつもながらハッキリ言うねー」

 団長はちょっと苦笑しながらそう言った。あの感じでキヨリン……

「ハッキリしとくべきとこだろ? レツが勇者だって言うんだから」

「レツは優しい子だから、しょうがないんだよねー」


 団長はそう言ってレツの頭を撫でていたが、キヨはそれを見て小さくため息をついた。


 それにしても、こうもあっさり勇者の旅を断る人がいるとは驚いた。


 だって勇者の旅だぞ? 一生に一度、いや一生に一度ないかもしれない、そのくらい特別な事なのに、次の仕事があるからってそんな理由だけで断るなんて。

 勇者の旅以上に、普通の生活が大事ってこと? そんなのってあるか?


「……変だよそれ」

 俺が言うと、みんなが一斉に俺を見た。

「変だよ、だって勇者の旅なのに、なんでそんな風に断れるのさ」


 キヨは無表情の顔のまま、シマに視線だけ送った。シマは肩をすくめる。

「こいつは勇者見習いで、今回一緒に行くことになったんだ」

「……見習いね」

 キヨはそう言って、表情を変えずにグラスを口に付けた。


 ……なんだよそれ、そりゃまだ見習いだけど、見習いにしかなれないけど、そんなのしょうがないじゃないか!


「見習いで悪かったな! なりたくて見習いじゃねーよ! なれるもんなら今すぐ勇者になりたいに決まってんだろ!」

「まぁまぁまぁまぁ」


 立ち上がってテーブルに取りつく俺をシマと団長が押さえた。キヨはほとんど無表情のまま俺を見ただけだった。


「……忙しいんだよ、今白魔術の勉強もしてるし。途中で投げると取り返すの大変だろ」

「キヨリン、白魔術もやってんの!? ちょっと、青魔術師にでもなる気!?」


 団長の言葉に、その方が効率いいだろとキヨは言って空のグラスを覗き、店の人にグラスを振っておかわりを頼んだ。


 そうか、キヨって黒魔術師だから、白魔術も身につけたら青魔術師になれるんだ。でもそれって、そんなに簡単な事じゃなかったはず……


 確かにそこまで一人で出来れば、勇者の旅自体珍しい事じゃなかったりとかすんのかな……自分が勇者じゃなくても、ギルド登録してれば他の勇者が誘ってくる事だってあり得るだろうし。


「ダメ、絶対! 絶対そんな事しちゃだめ! キヨリンこの旅に一緒に来なさい!」


 団長は唐突にキヨの肩を握ると揺さぶった。キヨは団長の豹変ぶりにちょっと驚いて見上げた。


「あれ、団長まだ行くって決めてないんじゃ……」

「行く。行くにした。キヨリンの青魔術師妨害のためなら!」

「どういう動機だよそれ」

 キヨは面倒くさそうに団長の手を払う。


「白魔術は僕にしかできないんだよ! キヨリンが出来ちゃったら、」

「出来ちゃったら?」

 レツがきょとんとした顔で見上げる。なんかあるのか?


「キヨリンに恩売って、あんな事やこんな事する楽しみが減るでしょ!!」


 また打算か!! この人、ある意味最強だ……

 キヨは深いため息をついてうなだれていた。うん、ちょっとそれは俺も気持ちわかる気がする。


 キヨは少しだけ顔を上げるとコウを見た。

「……そんで、コウも行くのか」

「うん」

「なんで?」

 ダイレクトに切り返されて、コウは少し考えるように視線を天井に向けた。


「……面白いかも、しんないから、かな」


 ゆっくりとコウがそう答えると、なぜかキヨはテーブルから視線を外した。


 コウは即答だった。団長だって考えさせてとは言ってたけど、絶対断りそうな感じじゃなかったし、何だかんだで行くって言ってる。なのにこの人だけ、なんですんなり旅に出られないんだろう。


 ああそうか、それでギルドでの会話になるのか。キヨに仕事の予定が入っていたから断るかもしれないって最初から思ってたんだ。


「ちょっと、なんでそんなに渋ってんの、行けばいいじゃん! そうだよ、コウちゃんが言う通り面白いかもでしょー!」

「そう言えば……」

 俺が呟くと、チラリとキヨが顔を上げた。


「ギルドでレツが嫌がってたのって……」


 言いながらレツを見ると、レツは俺を見てやっぱりふにゃーって感じに笑った。それからキヨに向き直る。

 キヨは姿勢を正したレツを訝しそうに見た。


「あのね、俺ね、勇者になって旅に出なきゃなんなくなって、パーティー集めなきゃなんなくなって……そんでそん時に決めたの」

「……何を」


 キヨの言葉に、レツは何だか嬉しそうな照れたような、それでいて困っていて真剣な顔で笑った。


「あの時の、この五人で旅に出るって。ちょうど職業もばらけてるとかそんな事関係なくて、もし全員白魔術師だったとしても、この五人でなきゃやだって。みんなで一緒に旅に出るって」


 レツがそう言うと、キヨは一瞬眉間に皺を寄せ、それから大きく息を吸って、両手で顔を覆いながら深いため息をついた。


 全員白魔術師で旅に出たら、モンスター倒せなくて全くレベルは上がらないから、生きながらえても冒険は達成できない気がするけど……


「勝負あったな」

 シマは嬉しそうにそう言った。え?

「キヨくんも諦めた方がいいよ」

 コウは言いながらキヨの肩を叩く。え、決まり、なのか? 

「大丈夫! 白魔術だったら僕が旅の間ずっと、手取り足取り腰……」

「その先は言わなくていい」

 キヨにサクッと遮られた団長も、何だか嬉しそうだった。


「よし! そしたらこの五人と、あと見習いくんでパーティー結成だね!」


 そう言ってレツはグラスを掲げた。みんなはおーっとか言いながらグラスを上げる。キヨも苦笑しながらグラスを取った。


 何だかわかんないけど、とにかく説得出来たんだ。これでホントに旅のパーティーが決まったんだ。

 これでホントに、旅に出られるんだ。勇者の旅に。


 剣士と獣使いと武闘家と白魔術師と黒魔術師。すごいパーティーだ、友達を集めただけなのにバランスが取れてる。俺がついて行くパーティー。

 俺はなんだか嬉しくなって、一緒になってグラスを掲げて飲んだ。


「まっずーーーーー!!」


 初めての酒を盛大に噴いた俺を見て、五人は呆気に取られた後に大爆笑した。

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