第2話 電脳空間ナクユ

 誰かが体を揺らして耳元でささやいている。私を起こすのは誰かな。寝返りを打ったけれど止めようとしない。確認するためにまぶたをあけた。

 仕事のしすぎみたいでクロスワードが目の前に現れた。徐々に頭の中が鮮明になってきて、言葉を話すぬいぐるみを思い出す。両手に力を入れて体を起こした。


「気がついたか。ここは俺の家でナクユで1番大きいクロスワード国にあるぞ」

「美奈さんは大丈夫かにゃ? 無事に来られてよかったにゃ」

 キリリキくんとロクヨちゃんが顔を寄せてきた。先ほどよりも大きくなっているけれど、目の錯覚ではなかった。


 立ち上がろうとすると平衡感覚がおかしくて体が傾いた。倒れる私をロクヨちゃんが支えてくれる。

 今度は普通に触れた。ロクヨちゃんの手は動物の毛と同じ感触でふわふわとして柔らかい。顔だけではなくて、体の大きさも子供の背丈まで高くなっている。訳がわからなくて複数のパズルが頭の中で入り乱れている感覚だった。


 意識をしながら深呼吸すると気持ちに余裕ができてきた。腰をねじるとポニーテールが遅れて揺れる。体を見渡したけれど何処も不自然さはなかった。でも違和感はあった。起きたばかりか焦点がなかなか合わない。


「思うように体が動かない。まるで水中にいるみたいね」

「ここが電脳空間ナクユだからにゃ。精神のみが来ているにゃ。美奈さんは無事に来られたにゃ。徐々に慣れてくるにゃ」


 情報が何もなくて連れて来られた世界だった。ルールを知らないパズルを解いているみたい。戻るにしてもキリリキくんとロクヨちゃんから聞くしかなかった。ルールさえわかれば高難易度パズルも解けるから、ナクユのルールを知る必要がある。


「見た目は変わらないけれど、私の体と違うのね。詳しく教えてくれるかな」

「借り物の体にゃ。でも本物と一緒にゃ。私が人間の世界に行くのと同じにゃ」

 ロクヨちゃんが完結に説明してくれた。


「実際の体ではないのね。誰の仕業か知らないけれど凄い技術ね。すぐに慣れたいけれど、精神のみでも危険はないのかな」

「俺はこの通り普通だ。感覚的に平気とわからないか」

 キリリキくんが当たり前のように答えた。


「安心するにゃ。ナクユでは危険は発生しないにゃ。危なくなったら精神のみが人間の世界へ戻るにゃ。普通に目を覚ますにゃ」

 危険はなさそうだけれど、謎が多すぎて理詰めで解けないパズルに思えた。若手四天王の名にかけて謎を解明したい。謎で思い出した。


「ナクユがパズルを解く世界の名前かな。早くパズルを解きたい。すぐにでも案内してほしいくらいよ」

「その通りにゃ。電脳空間にナクユがあるにゃ。私がいるナンバープレース国では王家の秘宝を見つけるにゃ。探す手掛かりがパズルで作られているにゃ。美奈さんに解いてほしいにゃ」


「俺はもっと重要だ。詳しい話はあとだ。並戸は長く眠りすぎた。時間がない」

 キリリキくんが細いバネ状の腕を伸ばして私の服をつかむ。運動が好きで平衡感覚は優れていると思うけれど姿勢を保つので精一杯だった。


「無理に引っ張らないでよ。まだ体が思うように動かない」

 よろけないように両足を動かすけれど普段と異なって軽快に動けない。足に力を入れるためキリリキくんにさわると、金属みたいに冷たくて硬かった。


 引っ張る力を弱めてくれたけれど、キリリキくんは私に構わず歩き出す。キリリキくんの背中にはマントがあって、書いてある文字が風でなびいている。読もうとしたけれども、読む暇もなく家の扉をくぐった。


 視界が開けると、キリリキくんの家は高台にあって街が一望できる。角張った家が多くて森などの緑は少なかった。少し殺伐とした感じね。

「街の中心にある建物が城だ。クロスワード国の象徴だぞ。人間の子供たちが最初に目指す場所だ。ナクユで1番賑やかな街でもある」


「最初に訪れる街なのね。色々な人が遊んでいるのかな」

「1番の街だ。城の高さも1番だぞ」

 キリリキくんの指さす方向に視線を向けると、ひときわ高い建物があった。


「2つのビルが繋がっていて、まるで都庁みたいね。高さは何メートルかな」

「都庁とは何だ。俺の知らない言葉をあまり使うな。感覚的にわかるだろ」

「日本の首都にある建物よ。1番大きな街にある建物かな」


「人間の世界で1番大きな街にあるのか。それなら構わない」

 若干勘違いしているけれど、訂正すると話がややこしくなりそう。キリリキくんは1番にこだわっているのかもしれない。


 目も慣れて体も思うように動いてきて、考えと体が連動してきた。ほとんど違和感がなくなって、ナクユの質問に集中できる。

「私をどこに連れて行くのかな。これからパズルを解くのよね」

「近くにあるスカイカス師匠の家へ行く。俺の師匠でパズル作成も得意だぞ」

 誇らしげにキリリキくんが答えてくれた。


「パズルはいつ解くのかな。とても大事だから早く教えてよ」

 足腰に力を入れて重心を移動させると、キリリキくんが動きを止めてくれた。

「キリリキは肝心な説明が抜けているにゃ。美奈さんが戸惑っているにゃ」

 ロクヨちゃんが助け船を出してくれた。


「感覚的にわからないのか。俺ならすぐにわかるぞ」

「事前に聞かなければ把握できないにゃ。美奈さんに説明するにゃ」

「高難易度パズルを解くにはルールの把握が大事よ。それと考えは同じかな。ナクユのルールを把握したい」


「ナクユには人間の精神のみが来られるにゃ。各国には困りごとがあるにゃ。特別な課題にゃ。解決するにはパズルを解く必要があるにゃ。具体的には――」

 ロクヨちゃんは身振り手振りを交えて説明してくれて理解が深まった。パズルの序盤で数字が埋まっていく感覚で、ルールがわかれば難問も怖くない。

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