第20話 限界なんてぶっ壊してやれ

 ムーンイーターこと星倉皐月がファンから送られた品をリサイクルショップへ売り捌いている。

 ネット界隈を中心に現実にまで波乱を巻き起こしている事態は、一人の男性がSNSへ投稿したことから始まった。

 内容は彼の怒りを滲ませる文体とリサイクルショップに販売されていたコート、そしてそれと同じデザインの品をムーンイーター自身が翳している配信の切り抜き。

 普通であらば難癖の類、配信でのクレクレ要求の目立つ彼女にしても元々嫌っている層が不信を募らせるに留まるものがネットを騒然とさせたのは続く投稿。実際に購入した件の男性がコートの内側に仕込ませていた発信機とそれがとある場所──ムーンイーターが所属する事務所の住所を指し示した痕跡の画像であった。

 無論、彼の行いを犯罪と指摘する投稿も散見された。が、それを遥かに上回る数の怒気が投稿に連なり、中には事務所へと突撃するコメントも散見される事態となった。

 一度始まった流れはそう止まらない。

 たとえ投稿者自身がダンジョンへの無断侵入及び内部での冒険者殺害未遂で逮捕されたとしても、アカウントそのものが管理会社の権限で削除されたとしても。

 如何なる火消も不可能と判断したのか。契約事務所は早々にムーンイーター自身への事情聴取を行い、事実関係の把握に務めることを公表。

 当然彼女自身は当分の間、謹慎処分としてネットへの露出さえも控えていた。


「なのに、なんで急にまた……」


 呟きを零すのは彼女の問題行動が発覚してなお、ファンを自称する飛田貫伊織。

 桜の瞳は真っすぐに手元の携帯端末へと注がれている。

 液晶に映し出されていたのは、ムーンイーターの公式アカウントではなく星倉皐月自身の個人アカウント。主に私的な配信の宣伝などに用いていた代物には本日正午に更新された痕跡が今も残されている。


「本日夜八時から生配信で今回の事態に関しての説明を行います、って……」


 果たして事務所は彼女の行動を把握しているのか。

 七時間強の時間が経過し、既に投稿には万を越す反応が送られている。

 内容を精査する強靭な意思を、あくまで一ファンである伊織は有していなかった。どうせ八割以上は聞くに堪えない暴言で埋め尽くされているのは明白な上、CDを叩き割った画像を張りつけるような蛮族も混ざっているとなれば当然であろう。


「……」

「……」


 秒単位で反応数が跳ね上がっていく液晶を直視する気になれなかった伊織は、背後でソファに座っている加古川へ視線を移す。

 ダンジョンから脱出後、腑抜けた表情で天井を見上げ続ける少年の姿は以前までのどこかひりついた緊張感とは無縁。間の抜けた様子で口を開けて放心する様は、就寝中に死神から魂を引き抜かれたと言われても納得する。

 一週間以上引きずっている同居人の変わりように声の一つでもかけたいのは本音であるが、原因も分からない状態では文字通りかける言葉も見当たらない。

 などと考えていると端末からアラーム音が響き渡る。

 気を取られた伊織が視線を移せば、無機質な画面が八時数分前であることを主張していた。


「もう、時間ですか……」


 正直、心の準備が出来ているとは言い難い。

 だが、伊織は好きな相手に醜い一面があるからといって目を背ける真似はしたくない。せめて醜い様を目の当たりにして、それから好悪の感情を整理したい。

 だからこそ配信を見逃さないように数分前にアラームをセットしたし、すぐに配信画面を開く。


「ムーンイーターさん……」


 呟く声音には、一ファンから少しだけ接近した色身が込められていた。

 配信開始予定時間には少々早かったが、既にコメント欄は炎上の様相を呈している。秒単位で内容が洗浄され、濁流の如く情報が溢れ出る。

 やがて画面が切り替わると、そこにはアイドルとしての衣装や冒険者としての防具ではなく、スーツに身を包んだ茶髪の女性が正座して待っていた。


『皆、こんばんは。ムーンイーターこと星倉皐月だよ。

 今日は色々ある中、私の生配信に来てくれてありがとう……後、これは先に言っておくけど、今回の配信に関してはマネージャ―に話は通してるよ』


 許可とは、ちょっと違うかもだけど。と続く言葉は見ている伊織の不安を徒に煽り、吐く息を冷たくさせた。


『今回の話題はやっぱり、私が皆から貰ったものをリサイクルショップへ売り払ってるって話だよね……

 端的に言えば、本当だよ』


 あくまで勿体ぶった言い回しはせず、短く述べられた肯定の意。

 途端にただでさえ配信開始以降、加速の一途を辿っていたコメント欄は一層に速度を増す。

 最早内容を目で追うことは叶わず、一筋の線かと錯覚する程の速さが人々のムーンイーターへの関心を強調した。


『事実を否定するつもりはないし、心にもないことを言ってまで言い訳するつもりもない。だからこれから私が語ることは全部本当、そこは信じて。

 ……当然だけど、皆の非難の声も凄いね』


 伊織には模様としか思えない光景だが、ムーンイーターにとっては素直に情報として受け取れているのか。注視すれば、目線も正面からやや左下へと向けられている。


『ここからは言い訳だけど、まずはこれを見て』


 言い、冒険者とアイドルの中間とでもいうべき手で翳されたのは、一枚の紙面。

 住所や通院した病院名こそ付箋で伏せられているものの、それ以外は彼女の本名を含めて公となっていた。


『演技性パーソナリティ障害、だってさ。私のは軽度らしいけど。

 医師の人がいうには目新しいものを好んで、手に入れると飽きるような特徴の人が当て嵌まるんだって。正直、言われると納得しちゃうんだよね』


 そしてムーンイーターは伊織達へ語ったものと同一の内容を、配信という公の場でも口にした。

 彼女の名が刻まれた医師公認の診断書とあっては否定する術もないのか、コメントの勢いは多少収まりを見せた。尤も病気を理由にするな、といった旨の書き込みは止まる素振りがないものの。


『正直、私のためにここまで熱を注いでくれること自体は嬉しいんだよね。何せ人生を棒に振ってでも私の噂を確かめようとしたんだからね。

 その輝きを否定することは……ムーンイーターとしてはできないよ』


 感慨深く、遠い方角を眺めて語る表情に犯罪賞賛と揚げ足を取られかねない内容への熟慮はない。良きにしろ悪しきにしろ誰かに推敲して貰った文章を読んでいるといった様子は皆無。


『だからさ、こんなことになってもまだ応援してくれる皆に対して、私にできる恩返しってのは一つだけ。

 よりよい歌を歌って、もう一度皆の注目を……輝きを集めることだけさ』

「……」


 凛とした顔持ちで語るムーンイーターの弁に、伊織の後方でソファに腰を下ろしていた加古川の耳にまで届いていた。

 そして目に僅かばかりの光が灯ったことは、呟かれた名と共に誰の下にも届かない。


「……ムーンライト」

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