第10話 特別な存在、運命

 一歩、踏み込む。

 先んじるは剣鬼。

 紫刃に魔素を伴う風を纏わせ、人智に背く射程距離のある斬撃を地に這わせる。

 幻風貪狼一刀流二の段と名付けられた掬い上げは、ダンジョンの大地を抉り喰らい、視覚的に露わとなる刃のみならず周囲に幾つかの風刃を追随させた。一際大きく金切り声を上げる刃は舞い散る破片を霧散させ、具現化した死の権化が少年の喉元を目指す。

 更に後方には刃を盾に直進する剣鬼。生半可な返しを成せば、続く紫刃が血潮を啜ると薄い笑みが口角を吊り上げた。


「……!」


 対峙する加古川は拳を硬く握り締め、滾る蒸気が空間を歪め軋ませる。

 過負荷に悲鳴を上げる魔鉱ドライブが過剰な熱を放出し、主の肉体すらも蝕む。それでも少年の眼光は怒気を伴って迫る刃を凝視した。

 大袈裟なまで振り上げられた拳が、間合いに跳び込んだ風刃目掛けて振り抜かれる。


「ラァッ!!!」


 蒸気と、魔素と、拳圧を綯い交ぜにした一撃が風刃と衝突。

 途端にけたたましい音をダンジョン中に轟かせ、衝撃に岩盤が揺れ動く。


「何……!」


 付近で新幹線が通過したにも等しい風圧が月背の足を止め、反動が僅かに足裏を地面へとめり込ませる。

 たったの一撃が、拳の一振りが。

 直に受けた風刃のみならず、周囲を追随していた刃すらも残らず吹き飛ばしたのだ。故に想定外な衝撃が剣鬼の動きを一瞬ながら食い止める。

 思慮の空白を埋めるが如く迫るは、無骨な色合いの拳。


「む、この……圧は……!」

「さっさと、くたばれェッ!」


 加古川の激情を乗せた拳を受け流し、追撃の剣閃を叩き込む算段を立てた月背。

 しかして刃先に滑らせるべく刀身を軽く当てただけで両手に電流が走り、精密な剣捌きを阻害する。追撃とばかりに遅れて肌を撫でる熱風が水気を奪い去り、僅かな火傷すらも直感させた。

 拳を引き戻し、再度振り抜く。

 技術的な側面を感じさせない、不良の喧嘩にも似た殴打の連続。

 だが出鱈目極まる拳圧と熱量がカタログスペックによる力押しを可能とし、剣聖の異名を取る一級冒険者にすら防戦を余儀なくさせる。

 拳、拳、拳。


「邪魔だ邪魔だ、邪魔だァッ!」

「舐める、なぁ……幻風貪狼一刀流ッ……」


 和服の発火を危惧する高温化の中、拳の乱舞を掻い潜り男は紫刃を横に薙ぐ。

 風を纏った一閃は魔鉱石で肉体を構成したゴーレムすらも紙障子同然に両断する。当然、生身の人間に受け止められる道理はない。


「三の段ッ!」

「退けって……!」

「な、に……!」


 確かな手応えは一瞬で驚愕へと意味を変える。

 横一文字に切り裂いたはずの少年の胴体には、インナーの上から肉を多少刻む程度に留まり、内臓を傷つけるまでには至らない。

 そして振り抜いた刃を一瞥し、月背は一つの可能性へと到達する。


「風が、魔素ごと霧散したとでも……!」

「言ってんだろうがァッ!」

「グガッ……!」


 反射で左腕を挟み込むも、義腕と胴体の間で骨が砕けて肉の焼ける音が生々しく鼓膜を震わせる。神経が圧迫されたのか、不自然に伸ばされた指が激しく痙攣し、男の表情をも歪ませた。

 押し出された肉体が宙を飛び、両足だけではバランスが取れないと判断して地面に刃を突き立てる。

 亀裂を走らせること十数メートル。

 力なく揺れ動く左腕から血を流し、剣鬼は激痛に呼気を乱す。僅かに下げられた顔を持ち上げ、見上げる形で加古川を睨みつけた。


「久しい、感覚……心地よささえ、ある……!」

「んなの、いるかよ……さっさと引けよ、あのガキを連れて、よぉ……!」


 激しい自傷を対価にした義腕の性能。自らの肉体を損壊するに見合う出力として、一級冒険者に匹敵する能力を引き出している。

 尤も、本来加古川誠が有する実力を加味すれば、それでも怠慢と言わざるを得ないのが率直な感想だが。


「撤退だと……?

 笑止、千万……高名なりし疾風、その残滓といえども刃を交える好機なれば……命を捨てるに値するッ……!」

「……狂人が」

「命を捨てる稼業など、気を違えてこそよ……」


 吐き捨てる加古川に喉を鳴らして返答すると、右手一本で刃を振るい戦意を主張。突きつける刃先に少年の喉元を合わせる。


「死合おうぞ、死合おうぞ……互いの命が尽きるまで!」

「テメェの趣味に付き合う気はねぇッ!」


 示し合わせた訳でもなく、互いが同時に地を蹴り駆け出す。

 互いが抱く欲望を成就させるため。

 相手の意思を砕き、目的を達成するために。


「ッ?!」


 故にこそ、ダンジョン中に響き渡る轟音が彼我の意識を釘付けにする。

 隊列を整えぬ愚連隊染みた足音に、十重二十重の叫び声。獣の唸りと咆哮に羽ばたく音を付け足せば、最早雑音と呼ぶのも憚られるノイズの塊が不協和音を高らかに謳う。

 常ならざる事態に剣鬼は不快感を剥き出しにしてダンジョンの深淵を睨むと、血走った眼光が次々と浮かび上がった。

 十や二十では遥かに足りぬ、無数の輝き。

 軍勢と称するに相応しい数の魔物が彼らの存在に、厳密にはたった一人の存在に誘導されていた。



 僅かばかり、時間は遡る。

 顔にかかる生暖かい液体の感触で、伊織は深海に沈んでいた意識を浮上させた。


「……ん、ぁ」

「お、起きた起きた?」


 視界を埋める緑の液体が収まれば、奥には軽薄な笑みを張りつけた和服の少女。

 手に掲げてわざとらしく揺らしている管の中では、かけ損ねた緑の残滓が慎ましやかに存在を主張していた。

 わざとらしさすら覚える笑顔で覗くブラッドルーズに対し、微睡みから徐々に覚醒していった伊織は素早く上体を起こして距離を取る。マトモに切り結ぶだけの武具もないためか、手持無沙汰な両腕で身体を抱き締めながら。

 露骨な警戒を前にしても軽薄な笑みを蓄え、拍手を送りさえする少女。だが、唯一赤の瞳だけは零下の如き怜悧さで伊織を睥睨していた。


「いやぁ、嫌われたもんだねぇ」

「何の冗談……?」


 伴うべき痛みがないため忘れていたが、伊織は彼女に和傘で脇腹を殴りつけられて意識を奪われている。おかしいのはむしろ嫌われた可能性を考慮しないブラッドローズ。

 にも関わらず、施しへの礼を求めるかのように彼女は色素の薄い手を眼前に立つ少女へと差し出した。


「何もかにも、私は別に腹をぶっ刺しても良かったんだよ。礼を言うのが筋ってもんじゃないかなぁ。キャハハ」

「自分から追い詰めておいて何を」

「それはそれってヤツだよ。にしても、キャラ崩れてるよ。君?」

「え、あッ……そ、そんなことない……です!」

「キャハハハ、わざとらしい!」


 乾いた拍手を虚空に響かせ、ブラッドルーズは余裕とばかりに大笑を上げる。

 他人を揶揄い弄ぶことに下卑た快感を見出すような、品性の欠片もない態度の少女に激しい敵愾心を燃やして拳を握る伊織。しかし、事実としてダンジョン第十階層という環境下に於いて、彼女に勝つ見込みは絶無。

 無意識に加古川へ視線を向けるも、桜の瞳が捉えたのは剣鬼と拳を交える少年の姿のみ。とてもではないが、救援は望めない。


「……なんで、僕を助けたんですか。気を失ったまま捕まえてもいいはずなのにです?」


 ならば、せめて言葉を交えることで時間を稼ぐ。そう結論づけた伊織の判断は、決して誤りではない。

 特に聞いて欲しいと顔に書いている少女に対しては。


「そんなの決まってるじゃん」


 ただ誤算があるとすれば、至ってシンプル。


「すぐに壊れたらつまんないじゃん、玩具がさァ!」

「ッ!」


 追い風に押されて加速した少女に全うな倫理観など、期待できようもないということ。

 横薙ぎに振るわれた和傘を大袈裟に仰け反って回避すると、伊織は右手で地面を掴み加速。助走をつけて逆方向へと逃走を開始。

 普通に考えれば地面を砕き、当たれば脇腹を複数へし折る重量級武装を持って手ぶらで先に駆け出した女子高生に追いつく道理はない。

 地上から相当に離れたダンジョン内を吹き抜ける風さえなければ。


「そうそう、もっとそういう風に抵抗してさぁ」

「ッ?!」


 驚愕に目を見開く伊織の前には、器用に和傘で風を掴み宙を漂うブラッドルーズ。

 絵本の住民を彷彿とさせる所作だが、彼女の場合は時を遡るにつれて残酷だと規制されていく前の実本こそが相応しいか。

 素早く骨を畳み、天井へと掲げられた得物が大上段から振り下ろされる。

 一撃でダンジョンの岩盤をも粉砕する馬鹿力を前に、慌てて地面に轍を作って勢いを殺した。が、急停止にしても飛距離が足りない。


「もっと私を愉しませてよ!」

「キャアァァッ!」


 直撃こそ避けられたものの、至近で炸裂した破砕岩が散弾めいて伊織の身体を削り、多数の擦過傷が柔肌を傷つける。

 そして、彼女は加古川達と違って危険を生業としている訳ではない。


「いた、い……!」


 掠り傷とて十も二十も蓄積すれば涙で目元を潤ませ、膝をつきたくなるというもの。

 それをしない理由など膝をつけば最後、骸を晒すまで眼前の軽薄なる悪鬼に嬲られるがため。人の成す死に様を迎えるために、伊織は意識的に相手を睨みつける。

 尤も、わざと回復させる余裕すらも持ち備える戦力差を前にしては可愛い抵抗と笑いの種を提供する以上の効果は期待できないが。


「そうそうその調子、ほーら、頑張れ頑張れ!」


 わざと直撃を避けて破砕した岩盤の欠片を散弾銃よろしく放つブラッドルーズ。

 その度に身体に数え切れぬ程の擦過傷が加えられるものの、伊織に抵抗の術などない。ほんの数日前まで高校に通う華の女子高生であった彼女が、巧みに和傘を操る冒険者を妥当することなど土台不可能。

 故に少女はただただひた走ることで単に嬲られるだけの獲物ではないと、せめてもの抵抗を図る。

 視線を一瞬、加古川の側へ向ける。が、何が起きているのかも理解できない速度と喧しい程の剣戟と拳の音を耳目にすれば駆け寄る気概も無くなるというもの。


「余所見をしている余裕が……!」

「ハッ!」

「あるのかな?」


 再び吹き抜ける烈風。

 凶兆を告げる風が頬を撫でたかと思えば、伊織のすぐ側には和傘を閉じてフルスイングの構えを取ったブラッドルーズの姿。

 横薙ぎに振るわれる一撃は少女の腹部を直撃。芯にまで響く衝撃と骨が軋む音を添えて、進行方向とは逆側へと盛大に吹き飛ばされた。

 一度、二度、三度に四度。

 水面へ投げられた小石の如く地面を跳ね回り、カーディガンの細部が破れ解れる。激しくシェイクされる視界には朱が混じり、筆舌に尽くし難い激痛が思考を妨げる。やがて殺された勢いが少女の肉体をスライドさせ、静止した時には逃走開始地点に程近い場所にまで帰還を果たしてしまっていた。

 端が朧気になった視界の中、軽薄な嘲笑を零す冒険者の足音が木霊する。

 先のように風が吹かないのは幸いだが、激痛で起き上がるのも困難となれば意味合いも薄いというもの。


「……」


 死ぬ。

 数秒先の未来を残酷なまでに示した端的な二文字が、脳内の大部分を占拠する。

 加古川の悲鳴染みた声が鼓膜を揺さぶるが、彼が相手取っている剣鬼は一級冒険者。救助を期待するのも酷な理外の化物である。


「……て」


 それでも誰かに向けた言葉を綴るのは、脳裏に浮かんだ二文字を回避するため。

 臓器への損傷か、もしくは喉にまで被害が及んだのか。

 全身に及んだ痛苦が詳細な出自こそ妨げるものの、湧き上がった吐瀉の念のまま吐き出された朱が内部にまで及んだ傷を克明に見せつける。


「……けて」


 それでもなお、伊織は言葉を紡ぐ。

 刻一刻と迫る彼岸花を遠ざけるために、死への忌避感が少女に言葉を発する許可を与える。


「たす、けて」


 音を成した言葉は意味を持つ。が、聞き届ける者がいなければ無言と同義。

 故に伊織は何度となく同じ単語を繰り返す。

 天上の玉座に座する主へ、嘆願の言葉を繰り返す。


「たすけて、たすけて、助けて……!」

「キャハハ、いい声で泣くねー。そうじゃなきゃ遊び甲斐もないってもんだよ」


 しかして、伊織の懇願を聞き届けるは彼女に死を与える神。農作物を刈り取るように、重鈍な鈍器を振り回す対の一鬼。

 場違いなまでの笑みを浮かべた少女は頭上で円を描いていた和傘を止め、柄を強く握り直す。


「だけど、そろそろサービスタイムも終わりかな。こっから月背が終わるまで待つのも退屈だけど、同じくらい殺す気のなく振り回すのも退屈だしさ。

 という訳で、次は上手く回避してみよっか。キャハハッ」


 赤の瞳が露骨なまでに少女を見下ろす中、断頭台めいた速度を以って得物が振り下ろされる。

 数秒と経たず、身動ぎの一つも取れない伊織の頭部は粉砕され、脳漿と頭蓋骨を撒き散らす未来が迫る。しかして彼女に抵抗の術はなく、故に壊れたテープレコーダーのように助けを希求するばかり。


「助けて、誰か……助けて!」


 そして、少女の嘆願は聞き届けられ、ブラッドルーズの肉体は横合いから殴りつけられる。


「なッ……?!」

「え……?」


 不意の一撃に和服を乱し、ブラッドルーズは俄かに驚愕の表情を浮かべると、右脇を抑えながら衝撃の方角を睨みつける。

 同様に伊織も目を見開き、視界に割り込んできた闖入者を見つめた。

 岩を彷彿とさせる凹凸が目立つ緑の皮膚を持つ魔物。子供程度の体躯に通常の倍程ある細腕を伸ばし、手には刃毀れの目立つ剣。空の左には無手にして人類が進化の中で切り捨てた鋭利な爪を煌めかせる。


「ゴブリンだって……なんだってこんな時に……!」


 奥歯を噛み締め、ブラッドルーズは和傘を展開。

 本来は飛来する雨粒を遮るための生地が、またしても吹き抜ける突風を内側から受け止めると、少女に矮躯を地上から切り離す。

 僅か数メートルの天井つきとはいえ、空中から迫れるというのは膨大なアドバンテージを与える。事実としてゴブリンはブラッドルーズへ向かって飛び跳ねながら剣を振るうも、足元に掠る気配すらも見当たらない。


「空気読んでよね、ほんとさー!」


 あくまで軽薄な声はそのままに、しかして確かな苛立ちを込めた声音と共に振り下ろされた一撃は容易くゴブリンの頭部を粉砕。僅かなドロップ品を遺して肉体を魔素へと還元させる。

 娯楽を妨害されたことで怒気に奥歯を噛み締めるも数秒、足元になおも転がっている伊織へと喜色の笑みを注ぐ。


「それじゃあ、改めてっと……!」


 言葉を零すも、次は微かな物音を元手に素早く視線を移す。

 そして、驚愕に表情を再度歪めた。


「え、は……?」


 暗闇に輝く赤の瞳。

 一つや二つならば容易く屠り、動く気配のない伊織へと関心を移すことも叶った。

 だが、漏れ出る吐息や爪を研ぐ喧しい音。微かに羽ばたく翼も相まって大量の魔物が闇に紛れていると理解すれば、さしものブラッドルーズといえども余裕の表情は鳴りを潜める。

 出来過ぎた偶然は、我先にと突撃を開始。

 地響きを轟かせる軍勢は最早質を考慮に入れる必要もなく、容易くブラッドルーズの肉体を呑み込んだ。


「何、これ……?」


 一方、掠れた声で呟く伊織もまた異変に気づく。

 物量による圧殺を迫る魔物の軍勢が、しかして伊織に関しては手の一つも出さないのだ。むしろ事故で踏み潰すこともないよう一定の間隔で囲う様は、姫を守護する騎士団すらをも連想させた。

 理解の外に位置する状況ながら、時間を確保できたこともまた事実。

 痛む身体を押して立ち上がると、伊織はふらつく足取りで歩みを進める。その際にも魔物達は彼女の進行を妨げないように道を開け、中には明確に視界へ捉えたものさえもいた。

 だが、得物を振りかざして弱った彼女を蹂躙しようとするものは絶無。

 それはさながら少女に支配されているようでもあり、だからなのか。脳裏に一つの言葉が過った。


「もしかして、魔法……?」


 空気中の魔素を操る、ダンジョン攻略には欠かせない異形の法。

 ブラッドルーズが自身に都合よく風を吹かし続けたことや剣鬼の射程距離のある斬撃と同様に、伊織は魔素で構成された魔物の使役が可能という可能性。

 自身に秘めたる才覚に頬を微かに吊り上げると、伊織は軋む身体を押して前進を再開する。

 目的は逃げるためではなく、助けるため。

 今もなお激突の音を轟かせる加古川を助け、共に窮地を脱するために、少女は左足を引き摺って歩みを進めた。



 そして時間は正常な進行を再開する。

 突然の乱入者に加古川は身構え、同様に月背も怒気を剥き出しにして視線を移す。


「なんだよ、この数……!」

「愚物共……死すら生温いと思え」


 驚愕に顔を引きつらせる加古川とは打って変わり、せっかくの戦いを邪魔されたことで怒り心頭なのか。月背は先行して刃を振るう。

 刀身をなぞる魔風が一閃の下に解き放たれ、有形無形の斬撃を織り成して軍勢へと接近。瞬く間に肉体を切断され、数多もの魔物が沈黙、霧散していく。

 しかし、如何せん数が数。

 半死半生の同胞を踏み躙り、あるいは血肉を撒き散らしてでも距離を詰める様はゾンビ映画の一幕か。


「愚物が、愚物共が……纏めて等しく荼毘に伏せ、群れるだけの畜生共よ……!」


 一気に距離を詰め、思うがままに刃を振るう月背に続いて加古川も姿勢を低くして突撃の準備を整える。

 が、それを静止する声が割り込んだ。


「待ってです……加古川!」

「あ、なんだ今の声?」

「こっち、こっちです……!」


 魔物の軍勢の脇を擦り抜けるように顔を出したのは、全身から血を流す少女の姿。力なく振られる右腕に従って撒き散らされる流血は、歩くだけでも軌跡と思える程に。

 玄人でも素通りは不可能な状況を、ただの女子高生が成したという現実に理解できず、少年は間の抜けた表情を晒す。一方で疑問こそあれども多少は理解が及ぶ少女も彼の心情自体は分かるのか、ふらつく足取りで近づきつつも言葉を続けた。


「多分、これ……僕の魔法だから。なんか、魔物を操れるみたい、で……!」

「んだ、その滅茶苦茶な魔法……ってか、だったらなんでそんな傷が」

「あぁ、これ……これは、なんか、変なのにやられた分」


 加古川はスターターを引き、出力を低下させると徐々に義腕の温度も低下。即座にとはいかないまでも、少なくとも近づくだけで火傷を誘発しかねない高温から少女の身を保護した。


「……今は運べねぇからな。火傷してぇなら話は変わるが」

「ぜんぜん、大丈夫です……少なくとも、今は」


 一定の距離を取り、二人は魔物の軍勢を後にする。

 一瞬加古川が振り返ると、背後では悍ましいまでの速度で魔物が刈り取られていた。それこそ、十分も持てば上等なほどに。

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