異世界道中猫又紀

ととり。

猫又

 目を開けて真っ先に視界に入ったのは満点の星空と黒くてふさふさした2本の何か。

「……ここ、は」

 上半身を起こすと目の前にはお利口に座った黒猫がいる。……なるほど、さっきのふさふさはこの子の尻尾か。なんて納得した時にふと思い出した。

「猫に尻尾って2本あるっけ?」

 明らかにいるのはこの子1匹。でも確かに2本の尻尾を見たわけで。

「猫じゃないもん」

「ふーん、そうなんだ」

 猫じゃないならもしかすると尻尾は2本あってもおかしくないかもしれない、思い込みってよくない。……ん?

「喋ったぁぁぁぁぁ!?!?」

 私は見事に二番煎じのオーバーリアクションをとってヤツから退いた。

 我ながら格好がダサい、それはもう本当にダサい。でも今はそんなことどうでもいいくらい衝撃がデカかった。

「猫じゃないもん」

「いやいやいやいや……え?」

 鳴き声とは似ても似つかない立派な滑舌。せめて語尾に『にゃ』とかつけてくれてたら救いだった。

「猫又って、喋るんだよ」

「ね、ねこまた……」

 金色の飴玉みたいな目は私を見つめたまま動かない。細くなった瞳孔は、猫そのものだった。

「夢?」

「違うよ、御前は死んだの」

 『御前は死んだ』ぼんやりと頭の中でその言葉を反芻する。さっきみたいな衝撃は不思議となかった。

「そっか。私死んだんだ」

「驚かないんだね」

 猫又のその子は2本の尻尾をふわりと揺らして着いてこいと言わんばかりに顎をくい、と動かす。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 私のことなんか気にせずに裂けた尻尾を揺らして歩いていく。慌てて後を追うと、急に振り返り足を止めた。

「妾はクロミツ。御前は?」

「え、えっと陽菜、です」

 また顎をくい、と動かす。クロミツは真っ直ぐに私を見上げた。

「陽菜。御前はこれから妾とこの隙間の国を旅するの」

「ハザマの国……?」 

 そんな呆れたみたいな顔しなくても。またついてこい、と顎を動かしてスタスタと歩いていく。夜闇に小さな黒い体が、少しずつ薄れていった。

 田んぼや畑に囲まれた細い道を突っ切っていく。絵に描いたような田舎の景色は、静かに穏やかに私達を包んでいる。

 赤く熟れたトマトが揺れていた。




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