『会話文』だけの世界における画期的な新発明『地の文』

クロノペンギン

掌編

「おい、助手」

「なんですか、博士?」


「新しい発明ができたぞ」

「それは、おめでとうございます」


「もっと喜ばんか。淡白な奴だな」

「喜んでますよ。わかりませんか?」


「もっと言葉に感情を乗せてくれんとわからんよ」

「うわー、新しい発明ですか! すごい! 楽しみ!」


「うーん。まあ、少しはマシになったな」

「……で、何を作ったんです?」


「その、三点リーダーやめんか」

「えー、言葉に感情を乗せろって云ったくせに」


「三点リーダーは言葉じゃない。行間みたいなものじゃないか」

「どっちにしろ、何もない所で感情を表現しているのは事実ですよ」


「何も書かれていない所に何かを感じろって、ワシ、苦手なのよ」

「苦手なのよって、可愛く云われても……」


「だから、その三点リーダーやめて!」

「語尾を濁しただけじゃないですか」


「それから、ワシ、可愛く云ったつもりないからね!」

「マジですか? ジジイの癖に気持ち悪い言葉使いだと思ってました」


「ジジイじゃないもん」

「え、博士、ジジイじゃないんですか?」


「まったく……。良いか、助手よ」

「はい、博士」


「この世は、こんな悲しいすれ違いばかりじゃ」

「まあ、そりゃそうです。仕方ありませんよ」


「どうしてか?」

「どうしてか?」


「オウム返しはやめなさい。分かりづらい」

「分かりづらい?」


「だから!」

「だから?」


「どっちがどっちか、わからなくなるだろう」

「こちら、博士です」


「違う。お前は助手。ワシが博士だ」

「名乗ったもん勝ちだと思ったのになー」


「まったく。こんな世の中を変えるための、新しい発明だ」

「はー、どんな発明なんですか?」


「名付けて、『地の文』発生装置じゃよ」

「はあ? なんですか、それ?」


「説明するよりも、使って見せた方が早い」

「え、いきなり実験ですか」


 博士は、ポチッと装置のスイッチを押した。


「さあ、どうじゃ?」

「うわ、博士! 今の、なんですか?」


「装置は無事に起動した。その効果が発揮されたのじゃよ」


 博士は、ガハハと高笑いする。


「ええっ!」

「どうした、助手よ。何を驚いておる?」


「博士は『ガハハ』と云っていないのに、ガハハと聞こえました」

「装置の性能は申し分ないようじゃ」


 金髪碧眼のロリ博士は、ニヤニヤと得意気に笑った。


「は、博士! はかせ、はかせ、はかせ!」

「ど、どうした、助手? なにを興奮しておる?」


「好きです、博士!」

「突然の告白っ? なに、どうしたんじゃ?」


「博士の嘘つき! 今まで、クソジジイと思わせて。好き!」


 博士の容姿は、助手の劣情を刺激していた。これまで外見描写の存在しなかった世界に、突如として出現した金髪ロリは、あまりに鮮烈過ぎたのである。


 助手は鼻息を荒くしながら、博士を抱きしめんと魔手を伸ばしていく。


 助手は、ふわふわ金髪の博士とは対照的な前髪パッツンの黒髪ストレート。身長は同じぐらいである。そして、メガネっ子でもある。変態的な衝動に駆られて、助手の頬は紅潮していた。ぶかぶかの白衣の袖から、指先だけちょっと出ている魔手を、博士にゆっくり伸ばしていく。


「ボクもちびっ子でしたぁー!」


「ちょっと待て。知らなかった。ワシ、ロリババア属性なのか?」


「……いやあ、博士。話しているだけではわかんないもんですね」


「そうじゃね。まさか、ワシらがロリ博士とロリ助手だったとは思わんかった」


 自分たちが美少女であるという発見。


 これまでにない知見を得て、博士と助手はしみじみする。


 しばらく、二人は無言のままに考え込んでいた。会話を行わない間にも、それでも世界は進んでいく。この現象もまた、二人は体験したことのないものだった。


 助手は、博士を見つめる。


 博士は視線に気づき、うなずいた。


 やはり、素晴らしい新発明ではないか。


 助手のキラキラ輝く視線に、博士は己の偉業に対する賛美を感じ取っていた。


「博士」

「なんじゃ、助手」


「考えてみたんですけれど……」

「うむ」


「やっぱり、ボク、博士が好きです」

「ええ、ワシ、地の文を読み違えたっ!」


 発明を讃えられているのかと思ったら、ロリ容姿を舐めるように見つめられていただけである。この助手、自分自身も美少女だったと云うのに、それでも美少女が好きとは真の変態だった。


 助手は再び、フーフーと目を血走らせながら博士に迫っていく。


「浮世離れした変な奴とは前々から思っていたが、こういうタイプとは思わなんだ」


 博士が悲鳴を上げる。


「ボクも、博士がこんな可愛い女の子とは知りませんでした。天才なのは認めていましたが、禿げてデブで、小汚くて脂ぎったジジイとばかり……」


「ワシも、お前のことは、ぐるぐる眼鏡のチビで想像しておった。てっきり、天パでヨレヨレ白衣の童貞とばかり……」


 二人は取っ組み合いになり、ほとんど喧嘩状態になる。


 ただし、ロリ美少女同士のキャットファイトなので、緊迫感は皆無だ。


 ポカポカと殴り合う。


 二人はそのまま、『地の文』発生装置にぶつかった。


 そして、『地の文』発生装置は壊れてしま――。


「あ」

「あ」


「……」

「……」


「うーん、これは……」

「博士、そこにいますか?」


「助手よ。どんな感じじゃ?」

「博士の声は聞こえていますよ。声だけは」


「残念ながら、世界は元通りか」

「博士、装置は壊れてしまったんですか?」


「そうじゃな。すぐには直せんよ」

「そんな……。ボクの金髪ロリ博士が!」


「ワシは、お前のもんじゃないわ! やっぱり直さん方がいいか」

「えー、そんな。またいつものクソジジイに逆戻りですか?」


「クソジジイ云うな! お前がそんなこと云うから、そうなるんだろう」

「でも、だって……。会話文だけでは、どうしても……」


「えーい。まったく、仕方ないのう。こんな事もあろうかと……」

「え、博士。もしかして、他にも発明品があるんですか?」


「ワシを誰だと思っておる」

「博士! いったい、それはどんな発明で……」


「こっちは、親発明の『挿絵イラスト』発生装置と云ってだな――」

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『会話文』だけの世界における画期的な新発明『地の文』 クロノペンギン @Black_Penguin

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