第7話 接待

 電車を待つ間、一緒に並んでいる乗客たちからの差すような視線が痛い。

 フリルいっぱいの白のブラウスに、膝上15㎝のピンクのミニスカート。男性が100人いれば、100人とも好きな服装だが、現実にはあまり目にすることはない。


 僕もそんな服を着た彼女とデートを夢見てきたが、いざ自分が着る立場になると普通の女性がこのコーデをしない理由がよく分かった。


 男性は好みのファッションに身を包んだ女性を観ようと視姦してくるし、女性は浮いた服装をしている女性に厳しい視線を向けてくる。


 スカートを履くようになって3か月、髪の毛も伸びてきたし、30回ローンを組んで通うエステの効果もあり、男バレする回数は減ってきた。

 それでも見ず知らずの人からの遠慮のない視線の暴力には、まだ慣れることはできない。


 ようやく到着した電車に乗り込むと、通勤時間帯ということもありそこそこ混んでいた。

 混雑する通勤列車は快適ではないが、身動きが取れない視線の暴力がなくなる分少しは楽な気持ちになれる。


 揺れる社内でヒールだと踏ん張りがきかず転びそうになったり、他人の足を踏まないようしたりと、気を付けることが多く精神的にも疲れてくる。


 あと二駅、そう思った時だった。お尻を撫でられるというか不快な感触が伝わってきた。混雑する車内で偶然手があたっているわけではなく、お尻を揉み始めたところを見ると意思をもって僕のお尻を触っているようだった。


 逃げたくても身動きのとれない満員電車では逃げることもできず、じっと耐えるしかない。

 数分後ようやく次の駅に電車が着き、電車を降りる乗客の波に紛れて逃げ出すことできた。


 痴漢のショックが癒えてはいないが、それでも時間は待ってくれない。残った力を振り絞りいつも通り出社すると制服に着替え掃除を始めた。


「恵梨香、ちょっといいですか?」


 朝礼を終え仕事に取り掛かった恵梨香に、ミルクティーを届けたとき僕は意を決して恵梨香に声をかけた。

 仕事の邪魔をするなと怒られるかと思ったが、今までになく真剣な表情の僕を見て作業しながらではあるが話は聞いてもらえた。


「あ、あの~、今日、朝、ち、痴漢にあったんだ」


 思い出すのも苦痛で上手く話せず、誰かに相談できた安心感で目には涙がたまってきた。

 恵梨香は作業の手をとめ、僕の方へと向き直った。


「奨吾、おめでとう。とうとう痴漢されるようになったんだね」

「えっ!?」


 恵梨香はわざとオフィス全体に聞こえる声で僕が痴漢されたことをばらすと、他の社員からの拍手が響き渡った。

 呆気に取られている僕に、恵梨香は視線を合わせて笑みを浮かべた。


「そうだよ。痴漢されるってことは、女の子に見えたってことだよ。しかも痴漢する側もターゲット選ぶから、選ばれたんだよ。喜ばなくっちゃ」


 慰めてくれることを期待していたが、予想外の展開だった。でも、普段僕を苛めてくる井上さんや佐藤さんからも「おめでとう」といわれると、本当に痴漢されたことが良かったとすら思えてきた。


◇ ◇ ◇


5時過ぎ、斎藤さんの後ろに立つ僕に社長が声をかけた。


「中村、今から出かけるから制服から着替えて」


 まだ仕事の時間は終わっていないが、僕は言われた通りロッカーに向かい着替えを始めた。

 僕以外に制服に着替える社員がいないこのオフィスには更衣室というものは存在していない。

 社長にトイレで着替えたいとお願いしたが、「男なんだから見られても平気でしょ」と取り合ってもらえず、いつも定時になると他の社員から見られながら着替えている。


 僕が着替え終わると同時に、社長室から社長と井上さんが出てきた。

 二人と一緒にタクシーで着いた先は、日本料亭だった。


「何があるんですか?」

「接待よ。超重要だから、粗相したらニューハーフヘルスに沈めるからね」


 井上さんに冗談とも本気ともとれる脅しを受けながら暖簾をくぐると、和服姿の仲居さんが個室に案内してくれた。

 個室の障子を開くと、小太りの中年男性が一人赤ら顔でお酒を飲んでいた。


「田原部長、先に来られてたんですね。遅くなりまして、申し訳ありません」

「いや、前の仕事が早く終わってね。先にやらせてもらっているよ」


 慌てて田原部長の対面の席に座った社長は、お銚子をもつとお酌を始めた。

 お猪口に口につけながら、田原部長は僕の方に視線を向けた。


「で、こちらは?」

「中村奨吾と申します。今日はよろしくお願いします」

「奨吾?男か?」


 三つ指をつきながら自己紹介すると、田原部長は怪訝な表情を浮かべた。


「部長、最近なにかとコンプライアンスがうるさくて大変ですよね~。その点、男同士だと気兼ねなくて良いですよね」

「なるほど」


 僕が連れてこられた理由を察した田原部長は、井上さんからお酌してもらったお酒を右手飲みながら、左手で隣の座布団をポンポンと叩いた。隣に座るように言っているようだ。


「よろしくお願いします」


 お酌をしながら改めて挨拶する僕の足に、遠慮なく田原部長の手が伸びてきた。

 太ももをなめるように触ってくる感触が気持ち悪いが、それを悟られないよう必死に笑みを浮かべた。

 

「筋肉質で柔らかさには欠けるが、手入れが行き届いているようだな」


 下品な笑みを浮かべる田原部長を見て、社長と井上さんは安心した表情を浮かべた。



 テーブルには、新鮮なマグロ、エビ、ヒラメのお刺身に、程よい照りが美味し美味しそうな煮物など、彩り豊かな料理が粋に盛り付けられているお皿が並んでいる。

 田原部長も上機嫌に料理とお酒を楽しんでいるように見える。そろそろ、頃合いと思った社長がお銚子を手に取り、田原部長にお酌した。


「部長、例のプロジェクトの件なんですけど、いかかでしょうか?」

「あ~あ、それか。それは、もう1社と決めかねているところだ。御社のデザインは良いんだけど、単価がな」


 お猪口に入った日本酒をグイっと飲み干すと、上機嫌な笑みは消え真面目な仕事モードの表情にかわった。しかし、その左手は僕のスカートの中に入れたままで、お尻をもみ続けている。


 社長は一瞬考えた後、井上さんに小声で何かを伝えた。


「田原部長、申し訳ありませんが、単価の件について井上と別室で話し合ってきますので、いったん失礼させていただきます。それまでは、男同士仲良くしててください」


 社長と井上さんが部屋からでていくと、田原部長は下品な笑みを浮かべながら僕の方に手を伸ばしてきた。

 強引に肩を引き寄せられ、お酒の匂いと臭い口臭を発する田原部長の口が近づいてきた。観念した僕は目を閉じ、社長が早く帰ってきて地獄のような時間が早く終わることを祈った。

 

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