サードキル

サードキル1

 ねぇパパ。どうして私にミズキって名前をつけたの?


 どうしてミズキって名前をつけたかって?ミズキって名前はね、パパの初恋の人の名前なんだ。お前にもその初恋の人みたいに可愛い子に育ってほしいから同じミズキって名前をつけたんだよ。

 その初恋の人はね、怯えた顔がとてもかわいかったんだ。ぶるぶる震えながら目に涙をいっぱいに貯めて怯えていた顔が。

 今でもパパはその顔が頭に焼きついて離れないんだ。忘れようとしても忘れられないんだ。

 ほら。お前も怯えた顔をパパに見せてごらん。目に涙をいっぱいためてね。

 ほら、ほら、ほら、ほら。



────なんだ夢か。

 

 走る車の助手席で目を覚ました。いつのまにか眠っていしまっていた。今はどこを走っているんだろう?

「お兄さん今ここどこ?」

 運転席には私を家出少女だと思い込んで、家に連れ込もうとしている間抜けなおじさんがいる。眼鏡をかけた白髪まじりの、白いシャツを着た冴えないおじさん。

 私が話し掛けてもあまり喋らない。一言二言、あぁとか、そうだねとか、そうかぁしか喋らない。だるい事をペラペラと喋られて相手するのがめんどくさい人よりは楽だ。楽なのはいいことだ。

「ここは……光が丘。もうすぐ俺の家につくよ」

 光が丘ってどこだろう。よく分からない。東京の街は歌舞伎町しか私は知らない。

「光が丘って、西川口に近い?」

「近くはないけど、そこまで遠くはないかな……」

 西川口に私が生まれた家がある。もうあそこには帰らない。そう決意して家出してきた。あの家にはあいつがいる。

 

 それにしても嫌な夢だった。

 夢なのに本当にあったことみたいに思える夢だった。

 私からあいつに話し掛けることなんてなかった。名前の由来なんて聞いたこともない。だからあんな夢みたいな事は現実では絶対に起こらない。

 あいつは夢の中にもよく出てくる。そして夢の中でも私を苦しめる。

 ホストクラブで楽しくお酒を飲んでるところにあいつがやってきて、暴れてテーブルの上のグラスやボトルをめちゃくちゃに壊す夢。

 歌舞伎町の路上を歩いていると後ろから髪を捕まれて振り返るとあいつがにやつきながら煙草をふかしている夢。

 あいつに殴られる夢。あいつに首をしめられる夢。あいつに熱いお湯をかけられる夢。

 夢の中まで追いかけくる。いつまでも。どこまでも。

 こんな苦しみいつまで続くんだろう。

 やっぱりあいつを殺しておかないと駄目なのかな?


「ねぇお兄さん。お兄さんの家に行く前に寄ってほしい所があるの」

「ん?どこ?」

「西川口」

 おじさんはえっ?と言って驚いた。

 たぶんおじさんは早く家に私を連れ込んで、する事したいのだろう。もう頭の中はその事でいっぱいで、その事しか考えられなくなってるんじゃないかな。こういう時に焦らしたりすると大抵の男は不機嫌になる。イライラしてくる。性欲にとりつかれた間抜けども。

「大丈夫だよ。ちゃんとお兄さんの家にも行くから」

 にこっと笑顔を作って猫なで声で私はそう言った。

 デリヘルや立ちんぼをするようになって、嘘の笑顔を作るのが上手になった。

 こうすると大抵の客は自分に気を許してると勘違いする。そんなわけないじゃん。顔が笑ってるからって心もそうだとは限らないんだよ?

 たぶんホストもそうなんだよね。リョウマも最初は甘い言葉を言ってくれてたけど、本心じゃなかったんだよね。そうだよね。気づくのが遅かった。でも、だからって本心をむき出しにして暴力をふるったり、大声で脅すのは違う。

 私とホストを一緒にしたくない。


「ちょ、ちょっと待って」

 おじさんはそう言ってコンビニの駐車場に車を停めた。ナビを操作してる。

「西川口のどこ?」

 私は住所を教えた。

「いやぁちょっと遠いなぁ」

「えっ?さっきお兄さんそんなに遠くないって言ったじゃん……」

 いやぁでも。そうやって渋るおじさんを見て私はイライラしてきた。まぁそうなったらこうするしかないよね。私は膝の上のトートバッグからナイフを取り出しておじさんに刃を向けた。

「歌舞伎町でホストが刺された事件知らない?その犯人私なの……」

 おじさんは目を真ん丸くしてじっと黙って私を見てる。そして両手をゆっくりと上げた。映画で見たことがある、「抵抗しません」ってポーズだ。そんな事リアルでやる人いるんだ。なんか笑える。面白い。ちょっとだけおじさんがかわいく見えた。

「わ、分かった。西川口に行くよ」

 そう言っておじさんは車をまた発進させた。私はナイフをトートバッグにしまった。


「何度もごめんねお兄さん。西川口行く途中でファッションセンターしまくらがあったら寄って。服買いたいのさ」

 今着てる服が血で汚れたら、今度こそ着る服がなくなっちゃう。だからどこかで買わなくちゃいけない。

「うん、分かった分かった」

 おじさんは早口でそう言った。青ざめたような顔してる。自分の不運を今呪ってるんだろうか。


 しばらく走ると、しまくらがあった。駐車場に車を停めた。おじさんはなかなか車から降りない。私が降りるのを待っているのかな。私はそんなに馬鹿じゃないよおじさん。若い女は何も考えてない馬鹿だと思ってるでしょ。そんなことないよ。

「お兄さんが先に降りるまで私降りないよ?だって私が先に降りたらそのまま車で走って逃げるんでしょう?」

 私は小さい子ども相手に話すみたいにおじさんにそう言った。若い女に見下されて悔しい?

 おじさんは何も答えずに黙って車から降りた。私も車から降りる。素早くおじさんに駆け寄って、おじさんと腕を組んだ。

「服のお金もお兄さんが払うんだよ?ね?お兄さん!」

 なんだか楽しくなってきた。

 絶対お兄さんの事離さないよ。西川口に着くまでは。


 しまくらの店内に入る。おじさんの腕をがっちりホールドしながら服を見て回る。

 確かにしまくらは地雷系のブランドとコラボしてるはず。それを買いたい。

 やっぱりこんな時でもかわいい服が着たい。着たい服を着たい。私がなりたいかわいい私になりたい。

「あっ、あった!」

 テンション上がった。

 大きめのピンクのリボンが胸元についた黒いワンピース。目に眼帯をつけた紫色のうさぎのイラストがプリントされた黒いパーカー。かわいい。このふたつを買おう。

 後は赤黒のチェックスカート。靴下と下着も買おう。サイズはだいたいこれくらいで大丈夫だろうって適当に選んだ。私が指差したのをおじさんが手に取つって、カートに乗せたカゴに入れていく。

 他の客が私とおじさんを変な目で見てる。パパ活カップルだと思ってるのかな?

 殺人犯と逃亡を助けてる間抜けなおじさんだよ。でもこれもパパ活なのかな?どうでもいいや。

 お会計をする。その時も逃げられないようにがっちり腕を組む。おじさんが片手でスマホを操作して決済をした。店員さんが服を袋に入れてくれた。

 おじさんはずっと引きつった顔をしてる。私は笑顔なのに。

 楽しかった。人を殺して逃げてる最中なのに、こんな楽しくていいのかな?別にいいよね。

「お兄さんありがとー!」そう思わず大きな声が出た。

 服が入った袋を手に持つと、ずっしりと重みを感じた。久々に味わう感覚に嬉しくなる。

 

 車に乗る前にトイレに行く。多目的トイレに二人で入った。逃げないように下着を下ろすときもおしっこするときも、片手でおじさんの腕を掴んだ。片手が塞がってるからおじさんに少し手伝って貰った。おじさんは気まずそうだった。私も少し恥ずかしかったけどそんな事気にしていられない。おじさんを石ころだと思えばいい。お客さんに抱かれてる時と同じ要領だ。


 トイレを済まして再び車に乗り込む。

「西川口まであとどれくらい」

「あと三十分くらいかな?」

 エンジンがかかって車が動き出す。

 そうすぐ着くよパパ。首を洗って待っててね。


 

 

 

 


 

 

 

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