5

 Dさんは四十代で生まれも育ちも南利根町だそうだ。IT関連の会社でエンジニアをしている。奥さんと子供が二人いて、今は実家で両親共々六人で暮らしている。

 この店から徒歩圏内に住まいがあり、週一程度店に通っているという。


「南利根町幼女誘拐殺人事件の犯人の息子さんとお友達だったとお聞きしましたが、それは本当ですか?」

 私はまず率直に真偽の程を確認した。

「ええ本当ですよ。そんな変な嘘はつきません。高校の時の同級生でした」

 Dさんは高校生の頃、南利根町から近隣の久志市にある公立高校に通っていた。そこに犯人の息子Eも通っていたという。

「Eは事件の後お母さんに引き取られて、お母さんの実家でずっと暮らしていたらしいです。その実家が久志市にあったみたいですね」

 Dさんは淡々とした口調を崩さない。とても理知的な人に思えた。信用できそうだった。


「殺人犯の息子だと言うのはEさんの口から聞いたんでしょうか?」

「殺人犯の息子だなんてことは隠したいと思うのが普通なんでしょうけど、あいつはおおっぴらに俺は殺人犯の息子だぞって言いふらしてましたね」

 Dさんが手酌で二杯目のビールを注ごうとした。慌てて私は瓶を持ちお酌をする。Dさんは「お気を使わずに」と言った後に続けた。

「最初は自分も信じられなくて、そんなの嘘だろってEに言ったら、あいつ翌日に事件について書かれた古い新聞記事とか週刊誌の記事のコピーを持ってきて、記事に載ってる犯人の写真見てみろよって、そのコピーを見せてきたんですよ。それで犯人の顔見たらEに瓜二つで。ああ本当なんだなってその時に納得しました」


 なぜそこまでしてEは自分が殺人犯の息子だとアピールしたかったのだろう?

「なんでなんですかね。いわゆる中二病ってやつなのかな?」

 中二病というにはやや倒錯している感がある。Eの中で歪んだアンデンティティが確立されてしまっている気がした。

「歪んだアンデンティティか……。確かに、何かっていうとすぐに俺は殺人犯の息子だって色んなとこで言ってた気がします。凄く些細な事だったから理由は忘れちゃいましたけど、同じクラスの男子とEがトラブルになった時も、俺には殺人犯の血が流れているから、いつだって人を殺せるんだってその同級生を脅したりしてました」

 そのような様子が常態化していたならば、周りから敬遠され友達も少なかったのではないか?

「そりゃ少なかったですよ。まともに付き合ってたのは自分と、自分と仲良かったあと一人のやつくらいでしたもん」


 その他にEの言動で印象に残ってる物はあるか私はDさんに聞いた。


「忘れられないのがひとつありますよ。自分はEが何を言っても、何をしてもあまりなんとも思わなかったんですけど、その発言だけはかなりドン引きしましたね。あいつ、父親が殺した被害者の女の子が初恋の相手だって言ったんですよ」

 悪ふざけにしても趣味の悪い発言ではある。

「Eさんは被害者の女の子とは会ったことあるんでしょうか?」

 私は素朴な疑問としてDさんに聞いた。

「あると言ってましたよ。これは本当なのか嘘なのか分からないんですけど、毎日父親の運転する車の助手席に乗って、被害者家族の家の前を通ってたって。その時に女の子の姿を見てたって。それに、父親が女の子を連れ去ったときも俺は助手席に乗ってたって言ってました」

 私は絶句した。なんということだろうか。もしEの言うことが本当なら、Eは父親が罪を犯す場面に立ち会っていたことになる。

 犯人の高橋に息子がいたこと自体、当時のマスコミ報道には一切出ておらず、その存在は隠されていた。警察が厳重に保護していたのだろうか。だから当然、被害者女児を連れ去った車に幼い息子が乗っていたことも隠されていたのだ。

 とんでもないスクープを掴んでしまったようで私は手が震えた。

 やはり、父親の罪を犯す場面を見たこと。それが歪んだアンデンティティを確立してしまったことに強く影響を与えたのだろうか?


 Eは父親の犯行の場面や、被害者女児のことについて具体的な事は何か言っていたのだろうか?

「詳しくは言ってなかったです。父親が後部座席に女の子を乗せたとこまでは覚えてるけどその先は何も覚えてないって言ってた気がします。あっ、でも……」

 Dさんは何かを言い掛けたが、そのまま沈黙した。そしてあからさまに眉をひそめた。何か言葉にするのをためらうような事があるのか?私は、言える範囲でいいから教えて欲しいと迫った。するとDさんは少し小声になってこう言った。

「被害者の女の子のことに関連する話しなんですが、Eは結婚して娘さんが産まれたんですね。それでその娘さんに……被害者の女の子と同じ名前をつけたんです……」

 私は驚きと共に、言い様のない気味悪さが心を覆った。Eの心の闇をはっきりと見た気がした。私は一気に気分が悪くなった。Dさんは険しい表情でこう続けた。

「Eの娘さんが巡りめぐってこの事実を知ってしまったらと思うと……だから言うのをためらいました」


 今、Eと娘さんはどうしているのだろうか?

「Eとは自分が仕事が忙しくなった二十代の中盤あたりで疎遠になってしまって。久志市からどこか遠くへ引っ越したらしいですけど、今どこにいるか分かりません。あいつ、結婚を決めたときはまだ定職についてなくて、結婚を機にちゃんと働くっていう感じだったんで、今どうなってるか凄く心配ですね」

 

 最後に、被害者女児が持っていた熊のぬいぐるみや、ぬいぐるみを作った母親、秀子にまつわることで何か知っていることはないか聞いた。

「ぬいぐるみですか?なんか言ってたかなぁ」

 Dさんは手で顎をさすりながらしばらく考えていたが、何も思い浮かんでこないようだった。


 時計を見る。いい時間になっていた。

「貴重なお話しありがとうございます」

 私が頭を下げると「いえいえ。お役にたてたならなによりです」Dさんはそう言って微笑んだ。


 会計を済ませ、マスターと奥さん、常連客の二人に別れを告げ店を出た。すっかり空は暗くなっていた。南利根町の星空はとても綺麗だった。この地で恐ろしく凄惨な悲劇が起きたとは思えない程に綺麗だった。


 今回の取材では、呪いの熊のぬいぐるみにまつわる直接的な情報を得ることは出来なかった。

 しかし、秀子が不妊に悩んでいたこと、秀子の最後について小田ヤスオ氏の取材とは異なる話しを聞いたこと、そして犯人である高橋に息子がいたことなど、貴重な周辺情報を沢山得ることが出来た。とても有意義な時間であった。そしてそれは呪いの熊のぬいぐるみへの興味をさらに深めるものとなった。


 私の呪いの熊のぬいぐるみへの探究は、これからもずっと続くだろう。

 

 

 

 

 


 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る