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「このくまさんどうしたの?買ったの?」

 ミズキが抱きかかえているぬいぐるみの頭を人差し指で軽くつつきながら私は訊ねた。

「誕生日プレゼントに貰ったんだ……」

 ミズキの誕生日はまだ二週間も先だ。随分と気が早いなと少し引っ掛かる所はあったけど、しばらくこの先会えないという人ならば、今のうちに渡しておくという事もあるだろうなと思い私はすぐに納得した。

「誰から貰ったの?」

「うーん……お客さんのお兄さん」

 地雷系ファッションの女の子は〈闇くま〉と呼ばれる、ダークで、少しホラーなテイストで描かれた熊のイラストがプリントされた洋服を好んで着ている。ミズキに熊のぬいぐるみを誕生日プレゼントにあげた客は、それが頭にあったのかもしれない。


「ちょっと私にもくまさん抱かせて」

「いいよ!」

 ミズキが笑顔で私に向かって、ぬいぐるみの顔が正面から私に見えるように差し出した。

 熊のぬいぐるみと目を合わせ、手を伸ばした瞬間激しい目眩がした。ぐるぐると景色が回転した。

 思わずぬいぐるみから手を離した。その離した手で顔を覆ってしばらく目を閉じていると、嘘みたいに回転はピタッと止まった。

「マイナちゃん大丈夫?」

 ミズキが心配そうに声を掛けてくる。

「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れてるのかも」

 もう一度ミズキからぬいぐるみを受け取ろうと手を伸ばしかけた所で、私の手は止まった。手を前に出す事が何故か出来なかった。身体が本能的に拒否している気がした。どうしてこんな事になるのかさっぱり理解が出来なかった。

 ミズキはぬいぐるみを私に向かって両手で差し出したまま固まって、心配そうに私の事を見つめていた。

 私の顔が引きつっている事がバレているかもしれない。


 ミズキの手の中にあるぬいぐるみを、目を会わさないようにして慎重に観察してみる。

 とても素朴でかわいいぬいぐるみだ。でもどこか古ぼけている。所々色も褪せてしまっている。アンティークの物なのだろうか。プレゼントにあげるような状態の物じゃないような気がした。

 

「かわいい子だね」

 引きつった顔を必死に取り繕いながら私がそう言うと、ミズキは私の気持ちを察したのか、ぬいぐるみを差し出す手を引っ込めて、再び自分の胸の中にぬいぐるみを抱き入れた。

 私は少し気まずい気持ちになった。ミズキの機嫌を損ねただろうか。ミズキの顔色を伺ってみる。ミズキは曖昧に微笑んでいた。

 

 変になってしまった空気をなんとかしようとアレコレと考えていると、声を掛けられた。

「こんばんはマイナさん。タイミング合って良かった」

 いつも私に声を掛けてくれる常連客のサラリーマン、上島さんだった。仕事終わりにスーツのまま歌舞伎町にやって来る。

 上島さんは金払いも良くてスマートに遊ぶ、とても感じの良いお客さんだ。

 私を気に入っているらしく、何度も声を掛けてくれている。信頼できるお客さんなので連絡先も交換していて、今日久しぶりに歌舞伎町に立つ事を事前に連絡しておいたのだ。

「あっ、ミズキちゃんもいたんだね。こんばんは」

 上島さんはミズキが隣にいる時はミズキにも声を掛けてくれる。二人は顔見知りだ。ミズキも笑顔で挨拶を返した。

「じゃあ行ってくるね」

 私はミズキに手を振ると、上島さんと並んでホテルに向かって歩き出した。

「いってらっしゃい!」

 ミズキも手を振った。機嫌は悪くなさそうに見えた。


 

 



 


 

 

 


 

 

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