呪物コレクター小田ヤスオ

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「お兄さんお兄さん、もう行く店決まってます?キャバ?ヘルス?良い店ばっちり紹介できますよ」

 靖国通りからアーチをくぐって、さくら通りに足を踏み入れると、さっそく客引きが声を掛けてきた。

 いかにも金など持っていなさそうな風貌の俺によく声を掛けるものだ。

 高校生の時から着てるんですか?と何度も言われたヨレヨレのジャージにスウェットパンツ。足元はサンダル履きで寝癖を直していないボサボサの髪。

 こんな格好で女遊びをする男なんているのだろうか。 

 さすがにもっと小綺麗にするだろう。

 おまけに今日は小脇に熊のぬいぐるみを抱えているときたもんだ。我ながら奇異な出で立ちである。

 しかしながら、さくら通りですれ違う人たちは皆、そんな俺には目もくれない。

 ここは自分みたいな人間でも簡単に溶け込んでいける街なのかもしれない。

 それは馴染むというよりも、とんでもない吸引力でどんな物でも飲み込んでしまう強引さがあるということなんだろうと思う。

 両脇からけばけばしい姿の化け物が触手を伸ばして心の底にある欲望のスイッチに触れようとしてくる。

 そんな圧力を感じながらひたすら真っ直ぐ、この街に飲み込まれないように、なるべく目を伏せ下を見ながら歩いた。

 

 しばらくすると、歌舞伎町には似つかわしくないような牧歌的な雰囲気の羊のキャラクターの絵が描かれた看板が目に留まる。突き当たりだ。そこを左に曲がってしばらくいけば目的地のライブハウスがある。

 タチバナビル。

 建物を斜めに横切る大きな階段が真っ先に目を引く、特徴的な外観だ。

 壁には若い男の大きな写真が何枚も貼ってあった。

 おそらくホストだろう。

 大きな口を開いた落書きだらけの、地下へと続く階段を下りるとライブハウスの入り口があった。

 ドアを開けると、ドタドタと騒がしい音楽が耳に飛び込んできた。パンクロックだろうか。ドラムが忙しなく前のめりに打ちならされている。


「おはようございます……」

 挨拶に何の反応も示さず、受付の緑のパーカーを着た長髪の若い男は、きょとんとした顔で俺の顔を見つめている。

「お目当てのバンドは?」

 ぶっきらぼうに受付の男に聞かれて、一瞬頭が真っ白になって気まずく沈黙してしまった。

 バンドのボーカルの地響きのような声だけが空間に流れている。

「あのう、今日ここで怪談イベントがあると思うんですけど。自分その出演者なんですが」

「あぁ。ちょっと待ってください」そう言って受付の男がスマホで何やら調べ始めた。

 しばらくすると顔を上げ憮然としたような表情が一気に崩れ「それここじゃないっすね」そう言って笑顔になった。

「ここじゃなくて、怪談イベントは系列の別のお店っすね」

 肩を震わせて笑っている受付の男の姿を見て一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。顔が熱くなる。

「このビル出て、東宝のビルの横を真っ直ぐ駅の方に向かって歩いていけばすぐ着くんで。プラスワンっていう名前のお店です」

「あ、ありがとうございます!急ぎます!」

 完全に場所を間違えた。焦りが全身を包んだ。急がなくては。


 ライブハウスを出て階段を大慌てで昇る。このままだと入り時間に遅れてしまうかもしれない。

 階段を昇りきって外へ出ると、目の前に行き先を塞ぐように小さく華奢な、髪の毛をツインテールにした若い女が立っていた。

 目が合った。

 一瞬で女の視線は、小脇に抱えた熊のぬいぐるみに移った。呪われた熊のぬいぐるみに。


「えっ?超かわいいんだけど!」


 女の甲高い声が路上に響き渡った。

 

 



 


 

 

 

 

 

 


 

 

  

 

 

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