第22話 これは違うよ! キスじゃないよ!

「グレン、お前には大きな弱点があるな」


 放課後の特訓で、俺はグレンの組手に付き合ってやった。


「なんだと。どこに?」


「身体強化魔法に頼りすぎだ」


「でもよ、格闘戦なら強化魔法を使うのは基本だろう?」


「お前はなまじ強化魔法が上手いせいで、格闘術がつたないままなんだよ。今のままじゃ身体能力が高いだけの素人だ。並の相手なら問題ないが、同等の強化魔法の使い手にはまず勝てまい」


「痛いところを突いてきやがる」


「次は強化魔法の出力を落としてみろ。力じゃなく技を意識できる」


「やってみる。付き合ってくれ」


 そう言って構えを取る。応じてやろうと、こちらも構える。


「あっ、ちょっと待って。その前に、わたしにも教えて~」


 アリアに呼ばれて、俺は一旦その場を離れる。


「どうした。お前にはさっき技を教えただろ。練習を続ければいい」


「うん、聖光破斬ブライトスラッシュだよね。でも、上手くできなくって」


 アリアには、かつて俺がこの身に受けた勇者アリアの技を伝授した。


 勇者の力――聖気を剣にまとわせて、切れ味を向上させる。それで斬りつけつつ、聖気を爆発させる必殺剣だ。


「原理が理解できなかったか?」


「原理じゃなくて、やり方がわからないの。お手本見せて」


「無理だ。俺は聖気が使えないからな」


「えぇーっ、嘘だよぉ。カインだって勇者様に覚醒してるのに」


「俺はずっと魔力を鍛えてきたからな。操り方はわからん」


 そもそも覚醒していないことは黙っておく。


「こればっかりは、お前自身がやって覚えるしかないんだ」


「でもぉ~……」


「甘ったれるな。お前は強い勇者になるんだ。これくらいできないでどうする!」


 アリアはしゅんと視線を落としてしまう。


「癒やしの力なら制御できてるんだ。応用すればきっと上手くいくはずだ。とにかくやれ」


 それだけ言って、俺はグレンとの組手に戻る。


 数回相手をしてやって、一息ついたところ。


「ねえカイン」


「あの、カインくん」


 アリアとレナが同時に声をかけてきた。


「どうしたレナ?」


「あ、うぅん。お姉さんが先でいいよ」


「いやいい。アリアは今は自分でやるしかない段階なんだ。そうだろう、アリア? レナが先でいいな?」


「え、う、うん……」


「それで、レナ。なにかわからないところがあるか?」


 するとレナは、より強力な魔力のコントロール方法について質問をしてきた。


「なんだ、そんなことなら簡単だ。ここをこうして、こんな感じにすれば、うまい具合に循環して力が溜まっていく」


 実際に魔力をコントロールして見せてやれば、レナは笑って「ありがとう」と言って、実践練習に戻っていく。素直な様子に、俺も微笑みがこぼれる。


「……カインって、レナちゃんには優しいよね……」


 ぽつりと呟かれた言葉を、俺は無視した。同胞に優しくするのは当然だが、そう返すわけにもいかない。


「で、どうした?」


「ごめん。もう、いいよ」


 アリアは不機嫌そうに、もとの位置に戻っていった。模擬剣を構え、組木に打ち込み始める。


 太刀筋はいい。もともとアリアは体を動かすのが得意だ。あとはコツさえ掴めば、必殺剣もすぐ使えるようになる。


 なにせこの俺の宿敵になるべき女なのだ。できないわけがない。


「むぅうっ、カインのバカ! バカァ!」


 でも組木を俺に見立てて滅多打ちにしているのは、ちょっと恐いな……。


 厳しく言い過ぎたか?


 いや! 宿敵として適切な距離を保つと決めたじゃないか。


 これでいい。これでいいはずだ……。


 ここからは、みんなに特訓をつけつつ、自分自身の修行にも精を出す毎日だ。


 アリアには必殺剣の特訓の他、俺との模擬戦も課してしごいてやっている。他のふたりに比べて、かなり集中的に面倒を見てやっている。


 それが一週間も続いた頃。


 その日、みんなを解散させた後、俺はひとりその場に腰を下ろした。


 正直、もう一歩も動けない。


「……魔力切れ?」


 問いかけと共に戻ってきたのは、レナだった。


「レナにはバレていたか」


「うん。カインくん、すごく頑張ってる。アリアさんのためだよね?」


「ふん……。手がかかるんでな」


 自分の修行で消耗した分もあるが、ほとんどの魔力はアリアの特訓のために使っている。模擬戦でもそうだが、必殺剣を魔力で再現できないか研究して、そこで得られた知見をアリアに伝えるためだ。


 だが最近は、どうも話を聞いてくれていない気がする。


「なんだかんだ言っても、いつも私たちの面倒見てくれるよね」


「まさに面倒だがな」


 レナはくすりと笑う。


「素直じゃないけど、そういうカインくんのこと、私、好きだよ」


 子供らしい素直な感情表現だ。


 友情を感じてくれているのは、素直に嬉しい。


「俺もお前のことは気に入ってるよ」


 にこりと笑って、レナは顔を近づけてくる。


 あれ? これって?


 友情じゃ、ないのか……?


 少し焦ったところ、こつん、と俺の額とレナの額が接触した。


「魔力、分けてあげるね」


 なんだ、と緊張を解く。


 レナの魔力が流れ込んできて、体が少し楽になる。


 が、次の瞬間、俺は戦慄した。


「…………」


 レナの背後、無言でアリアがこちらを見ていたのだ。


 かつて勇者アリアから感じた、無表情の圧倒的な迫力がある。


 俺の様子に気づいたか、ハッとレナが振り返る。


「お、お姉さん!? これは違うよ! キスじゃないよ!」


「へー、キス……」


 そのとき、ぼっ、と燃え上がるようにアリアの全身が発光した。


 癒やしの力に覚醒したときと同じだ。アリアが第二の力に目覚めたのだ。


 だが、なんでこのタイミングで? どんな感情が爆発したんだ!?




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