第3話 お姉ちゃんも一緒に修行してみていい?

 魔族の襲撃を返り討ちにしてから数日。


「くそ、俺らしくもない……!」


 俺は苛立ちをそのまま声に出してしまった。


 もちろんアリアの件だ。


 不可抗力とはいえ、俺が魔族を撃退してしまったため、アリアの勇者覚醒の機会を奪ってしまった。


 となれば機会はこちらで用意するしかない。代替案は簡単だ。俺が村人を虐殺するさまを見せつけるのだ。アリアが覚醒するのに十分な悲しみを与えられるだろう。


 そう考えていたのだが……。


「おやおやカインちゃん、今日も訓練かい? これ持っておいき」


「カイン、この前はありがとう! 子供なのにすごいよな、勇者ってのは! よーし、肉持ってけ肉! 鍛えるんなら肉を食え!」


 村を歩けば、このように感謝されつつ果物やパン、干し肉などを手渡されてしまう。


「ふ、ふん……。ありがたくもらっておいてやる」


 村を守ってくれる勇者などと勘違いして媚びているのだろう。


 まあ、強さを評価されるのは悪い気分ではない。


 だがそのせいで、前世で数多くの臣下が慕ってくれていたことを思い出してしまう。彼らと村人が重なってしまい、どうにも殺す気になれないのだ。


 異常事態だ。魔族の同胞でもないやつらに、こんな気持ちになるなど。


 その原因には心当たりがある。


 今日の訓練は、それを解消するための瞑想だ。


 森の中、適当な岩の上に座り、目を瞑って集中しようとする。


「ねえねえカイン? それはなんの修行?」


 付いてきていたアリアに問われる。


 無視だ、無視。


「お昼寝? もしかして昨日、また夜更かしてた?」


 くそ、しつこいな。仕方ない。


「違う。瞑想だ、瞑想」


 ちなみに夜更かしはした。


「めーそー?」


「精神的な自己向上を目的に、静かに己の心に向き合う修行だ」


「よく分かんないけど、強くなれるの?」


「精神力の向上は魔力の向上に繋がる。それに、迷いがなくなれば戦いで隙を見せることも少なくなる」


「へー、すごい! カイン物知り! そんなの誰に教わったの?」


「本に書いてあった」


 ということにしておく。まさか前世の記憶だと言えるわけがない。


「そっかー。じゃあじゃあカイン、お姉ちゃんも一緒に修行してみていい?」


「ふん、好きにしろよ」


「はーい。えへへー、カインと修行♪ お揃い修行~♪ あ、カイン、ちょっと詰めて、隣に座るから」


 鼻歌交じりにアリアは俺の隣に座って目を閉じる。


 やれやれ。これで静かになる。


 俺は再びまぶたを閉じて精神を集中する。


 ……が、数分もしないうちに、また心を乱されることになる。


 アリアが俺の肩に寄りかかってきたのだ。


「おい、アリア……」


「……すー、すー」


「寝てる……」


 とか思ったら、アリアはそのまま、こてん、と俺の膝の上に頭を落とした。


 ふわり、といい匂いが漂う。


 アリアはむにゃむにゃとご満悦といった笑みを浮かべる。


「まったく……こいつは、人の気も知らないで……」


 ため息をつきつつ、アリアの桃色がかった金髪をくように撫でる。


 穏やかな気持ちで、自然に微笑みがこぼれる。


 すぐハッとして、アリアから手を離す。


 やはり俺は異常だ。どうかしている。


 でなければ、宿敵となるはずのアリアを、か、か、可愛いなどと思うわけがない!


 改めて認識する。アリアに対するこの感情も、村人らを殺す気になれないのも、この体が原因だ。


 アリアの善良な弟たるカインの肉体が、この俺――魔王ゾールの精神に影響を与えているに違いない!


 俺はきつく目を閉ざす。


 集中だ。集中するのだ!


 魔王ゾールとしての精神を高め、カインの影響を振り払うのだ!


「んふー……カイン……」


「くうっ?」


 アリアの吐息が膝に当たり、くすぐったいような感触に身悶えしてしまう。


 集中できない!


 お、おのれ、アリアめえ! 子供時代でさえ俺の野望を邪魔しようというのか~!


 ――結局。


「ふわぁ……あれ? わたし、眠っちゃってた?」


「……割と最初からな」


「えへへー、ごめん、瞑想って難しいんだね」


「ああ、難しい修行だ……」


 本当に難しかった。俺も上手くいかなかった。


 どうやら肉体の影響は、思っていたより大きいらしい。


 これを抑え込むには、長期的な精神修行が必要だ。


 となると、しばらくアリアや村人に手を出すことはできそうにない。


 アリアの勇者覚醒には、べつの計画を考えねばなるまい。今はまだ思いつかないが……。


 アリアは少し残念そうにため息をつく。


「う~ん、できるかなって思ったんだけどなぁ。やっぱりカインと違って、わたし、才能ないんだね。強くなんかなれないみたい」


「そんなことはない!」


 俺はアリアの両肩を掴んで、強く言い切る。


「アリアは誰より強くなれる! 俺とは違う、本物の勇者になって、魔王のひとりやふたり倒せるくらいになる!」


「そ、それは大袈裟だよお~」


「大袈裟じゃない。事実だ。俺が知ってる!」


「……カイン」


 アリアはきょとんと、まばたきを数回。宝石みたいな紫の瞳で俺を見つめる。


 やがて柔らかく微笑む。


「……ありがと。カインが信じてくれるなら、お姉ちゃんも、カインの真似して少しだけ頑張ってみようかな」


 その笑顔に、鼓動が狂わされる。


 くっ、無自覚ながら俺の精神に打撃を与えるとは。さすが未来の勇者。恐ろしい女よ……。


「でも今日はここまで。暗くなる前に帰らないと」


「ならひとりで帰れ。俺はもう少しやる」


 今日はアリアのせいでまったく修行にならなかったのだ。少しは取り戻したい。


 ……のだが、アリアに手を繋がれてしまう。


「ダメ。いくら強くても、心配しちゃうんだから。ね? お姉ちゃんのためにも、一緒に帰ってよ」


「むぅ……」


 俺はなぜだか逆らえず、アリアの手に引かれて帰路につくのだった。

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