「ごめんね。会ったばかりなのに、こんな重たい話して」

 希春はぶんぶんと首を振る。

「わ、わたしの方こそ、無神経に訊いちゃってごめんなさい」

 緋奈が眼鏡を取り、制服の袖で瞼を拭う。

「ふぅ、話してちょっと心が軽くなった。織坂さん、ありがとう」

「希春」

「え?」

「希春って呼んでもらえたら嬉しい……です」

「ふふっ。なんで敬語に戻るの?」

 希春はボッと顔が熱くなるのを感じる。

「なんか、は、恥ずかしくて」

「ふふっ。私も緋奈でいいよ。よろしくね、希春」

「よろしく、緋奈ちゃん」

 ガラガラと音を立てて教室前方のスライド式の扉が開くと、スーツ姿のスラッとした若い男の人が教室に入ってくる。どうやらこのクラスの担任のようだ。彼はてきぱきとクラス名簿などを配り、軽く自己紹介を済ませたところで来週から始まる授業についての説明を始めた。

 希春は緋奈の話を思い出す。彼女のかんの原因は家族だ。小さい頃から両親の愛情を一身に受けてきた希春にとって、緋奈の話はいささか受け入れがたいものであった。家族の問題は、部外者が迂闊に首を突っ込んでいいものではない。そもそも、首を突っ込んだところで解決できるとも思えない。しかしかといって、聞いてしまった以上何もせずに、彼女の問題から目を背けるのは忍びない。

 ――何かわたしにできることはないかな……。

 担任の話が、雑音となって耳を抜けていく。今日は午前中ですべての日程が終了するため、もうすぐオリエンテーションは終わる。

 できることなら、緋奈には両親が来なかったというつらい記憶だけを残して、今日という一日を終えてほしくない。第一志望ではないかもしれないけれど、高校に進学し、新たなスタートを切ることができた喜びも、ちゃんと感じてほしい。

――あっ、そうだ!

 希春は閃く。

自分の大好きな場所。夜の海で存在を主張する灯台のように、道標になってくれる場所。血のつながりなど関係なく、平等に温もりをくれるあそこに行けば、何かが変わるかもしれない。

 教室内がさわがしい。気が付くと担任の話はもう終わったようで、解放された新入生たちは連絡先を交換し合ったり、お互いに距離感を掴むための会話をしたりと、あちこちで盛り上がっている。

 希春は立ち上がって、くるりと後ろを振り返る。

「ねぇ、緋奈ちゃん」呼びかけに対し、きょとんとした瞳をする緋奈に希春は訊ねる。「お団子、好き?」

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瑠璃ヶ丘商店街の非日常 矢田水 灯也 @Yu-Yu-ta

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