第17話-無二の友人

指定の大広間へ行くと立食形式での食事会になっており、多くの参加者が和やかに食事や音楽を楽しんでいた。

イングリスの伝統料理や歌や音楽の披露。話題に事欠かない、配慮に富んだ催しである。

出席した各国の代表らが和やかに交流し時間を過ごしている中、僕自身も他国の代表方と有意義な時間を過ごす事ができた。

昼から夜までホールは開放されており、夜は夜会もあるのだそうだ。


気付けば窓から覗く外はすっかり陽が沈み、夜の女神が闇のローブを惜し気もなく空一面に広げていた。


さすがに夜会までは出席さなくても良いだろう。一通り挨拶を終えた僕は部屋に戻る事にした。


部屋の前にはヤトが立っており、にやりと僕を見る。

「お帰りなさいまセ。オージサマ。」

「ハイハイただいま。」

ヤトを軽くあしらい、僕は扉を開けてなかに入った。

部屋へ帰るとそこにエドワードの姿は無く、僕は上着を脱いでソファーに沈み込んだ。


イングリス国は西側のダラムとは良い関係を築いている様子だった。ダラム国王はご夫妻で仲睦まじくご出席されていたのだ。

隣接する北部のグロスターは第一王子が出席され、遠方からも数カ国と、海路で祝いに来た国もあり、イングリスの国交の広さに改めて驚かされた。やはり貿易国というだけはある。


「ウチも見習った方がいいんじゃないか?」


兄君方はあまり外に目を向けない。国内ばかりに目を向ける第一王子リュシアンに、リュシアンの足元ばかりを見ている第二王子のアルマン。王位にまったく興味の無い第三王子の僕。

まったく、トラスダンの未来は安泰だな。

皮肉げに笑い、ぐったりと天井を見上げてため息をついた。


国王は戦争経験が長かった事もあり考えが古く、外交は得意ではない。


他国はこんなにも外交に力を注いでいる。トラスダンも国を開いて交流を深めて行くべきだろう。

この数日で何カ国かの国交の足掛かりが出来れば国王への良い手土産にもなる。国王が頭の固い事を言いだしたら、しばらくは僕が外交官の真似事をしておけば良いだろう。我が国の止まった時間を動かさなければならない。


「疲れた……。」

王子としての顔というのは本当に疲れる。加えて慣れない外交活動という事もあり、疲労感は遠征で魔物狩りを行う時よりも酷い。


僕はがばっと起き上がる。

「よし。飲もう。今日の仕事は終わり!」


コッソリとルベルジュで買ってきたワインボトルを荷物から引っ張り出してコルクを噛んでぐっと引っ張ると、キュポンッとと栓が外れる。

酒の肴が無いのはもうこの際仕方ない。ここでエドワードを呼んだら、食事会でも飲んで来ただろうに、飲み過ぎだとワインを没収される。

「一旦全部忘れて、頭の中を整理して……。」


ワインボトルごと口を付けて飲みながら部屋の窓から外を見る。三日月が薄く海を照らしている様子は中々に美しい景色だ。


ふと、真下で何か動いた気がしてそちらを見て、目を凝らす。

「ん?」

庭先で何やら激しく立ち回る群衆を、微かな月明かりの下に見つける。刃物のぶつかる音が小さく聞こえた。


ここは三階の一室で闇に溶けて庭はよく見えない。ふと外灯にキラリと金色の髪が見えた気がした。


「ウィル!?」

今朝話した青年を思い出す。背格好からしても彼に間違いないと思った。


普通に部屋を出て庭まで回り込んで降りてたんじゃ間に合わない。ガタンと窓を開けて剣を手に持ち、窓の淵に立つ。二階のバルコニーに降りて、そこから隣の木に移ればいけそうだ。


ふと思いたち部屋の入り口で警備しているヤトに呼びかけた。

「ヤト!!」

「なんですカ。オージサマ。」

ガチャリと面倒そうに入ってきたヤトが窓辺に立つ俺を見ると目を見開く。

「お、おい!早まるな!なにやってんだ!!」

「僕じゃない!庭園でウィル殿下か襲われていると王宮の近衛に伝えろ!」

そう言うと、僕は返事を待たずに窓から飛び降りてしまう。

「は!?ちょまて!あ――もう!」


部屋からそんな声が聞こえるがそれどころじゃない。二階のバルコニーに着地して隣の木の太い枝に掴まって地面に着地すると、ウィルが逃げた方へと走る。

「ウィル!!どこですか!!」


庭園の奥から剣のぶつかり合う音が聞こえる。

そこへ走って行くと五人ほどの刺客と交戦中のウィルを見つけた。ギリギリと刃を合わせて競り合っている中、背後から刺客の1人斬りつけようと迫っているのを見て、目付きが険しくなる。

フゥッと息を吐いて鞘から剣を抜きながら大地を蹴る。一瞬にして間合いに入ると何の躊躇いもなく刺客の背中を斬りつけた。

それを目にしたウィルが驚いた様に目を見開いた。


交戦中の刺客は加勢が来たと分かると、すぐさま後ろに下がり、潔く撤退していていた。

「はぁ…はぁ。助かった。」

ウィルは1人で五人の相手をしていたためか、息を切らして座り込んでしまう。

剣を鞘に収めて僕はウィルを見た。怪我などはしていないようだ。

「ウィル!大丈夫ですか?」

声を掛けると、ウィルはこちらを見上げて苦笑する。

「なんとか。助太刀に感謝します。」


座り込んだウィルに手を差し伸べるとしっかりと掴んでくれたので、グッと引き上げてやる。

「刺客に心当たりは?」

「あはは。あり過ぎるくらいです。公務の帰りはいつもここを通って帰っていたんですが、やっぱりいつも同じ道を通るのは良く無いな。」

ウィルは僕をチラリと見るとにこりと笑う。

「クリスのおかげで命拾いしました。」

「勿体無いお言葉です。ウィリアム王太子殿下?」

僕は胸に手を当てニッコリと笑った。

「ああ、バレてましたか。」

ウィルは困った様に笑っている。

「噂に聞き及んでいた容姿の一致に、王宮内で敬称のみの自己紹介となると、やはり深読みもしたくなります。間に合って本当によかった。」

ホッとしたように笑う。するとウィルもにこりと微笑み、僕に向き直るとまた昼間のように握手を求めてきた。

「イングリス国王太子、ウィリアム・アインリヒ・イングリストだ。貴公のお名前をお伺いしてもよろしいだろうか。」

今度は礼儀正しく堂々と名乗ってくる。僕は、楽しげに笑いながら彼の手を握る。

「トラスダン国第三王子、クリストファー・シャルロンド・アーティ・トラスダンと申します。ウィリアム殿下、この度はご結婚おめでとうございます。」


形式ばった自己紹介は好みでは無いが、最初の出会いが気さくだったせいか、身分を明かした後もお互い気さくな雰囲気のままだ。


しばらくすると、近衛兵とヤトが慌ただしく走ってやって来たのだった。

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