第10話-イングリス

大きな山を切り拓いたかのような巨大な関所門を通り抜け、僕達はイングリスの領土に足を踏み入れる。

領土問題で小競り合いが続いているイングリスとの国家間の関係は良いものとは決して言えない。

なので今回のような公式の訪問もここ百年で初めての事だ。

広い大地は耕され、麦畑が広がっている。

冬の今だと、丸坊主の畑がどこまでも続いていて物寂しいが、これもまたこの国の冬の風物詩だろう。


山を抜け、田畑を抜け、がたがたとまた一日中馬車に揺られていると、馬車の小窓がコンコンと叩かれるので、小窓を開けてやる。


「なに?馬と馬車、変わってくれるの?」

ヤトだろうと思い軽口を叩くとやはりヤトが苦笑して中を覗き込んでいる。

「くくっ、すげー退屈そうだな。お前の好きなゾエの本でも読んでりゃいいじゃねぇか。」


「こんな揺れの中で読めないよ。」


なんて言いながらも、膝の上にはしっかりとゾエの本が置いてあるのだが。


「で、何の用?」


「ルーベルズに着くぞ。お疲れさん。オージサマ。」

「…………。」

何がお疲れさんだ。僕の仕事はここからだ。


ルーベルズはイングリスの首都で、大きな運河を跨いだ水の都市だ。海から運河を使って直接荷物を内地まで運べる利点を活かした貿易都市。この国の特産物は酒だ。

水源の清らかな水と麦を使う大変美味い酒だと聞いている。内陸で生産される酒を海外に広く売り込めたのは、一重にこの運河のおかげだろう。水物は重くガラスは割れやすい。生産に最適な場所から移動の負担を軽減して効率よく輸出できる。それを運河が可能にした。運河はこの国の生命線なのだ。


イングリスの酒は輸出品としても最適で、最近は輸出量も増えて財政も安定していると、トラスダンを訪れていた商人に聞いていた。

そんな、内情の安定した国が、隣国を虐げるような事をすれば商売にも大いに影響する。

上べだけの外交だとしても、我が国を招待したのは前向きな意味合いが大きいはずだ。


僕みたいに無防備にイングリスに訪れたトラスダンの王族はいないから、その点はちょっと緊張はするか、何事にも初めてはあるものだ。


僕がその初めてになるというだけの話。


王城に到着すると僕は馬車を降りる。すると迎えのの者が来てその足で謁見の間へと通された。

普通謁見の場は、急ぎでなければ次の日にゆっくり儲けらる。

イングリスの国王はそんなにトラスダンの王族に会いたかったのだろうか。

巨大な門の前に立つ。豪奢な細工の施された扉は、権力を誇示するための物だ。



「トラスダン王国よりお越しの第三王子のクリストファー・シャルロンド・アーティ・トラスダン殿下でございます。」

響く声と共に大きな扉が開き、イングリス国王の座する玉座がある。僕はそのピリピリとした謁見の間に一人足を踏み入れた。


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