第9話-酒場

ガヤガヤと賑やかな食堂で僕とヤトは酒を飲む。

ルベルジュの街は初めて来たが、夜でも賑やかだ。

ガス灯などはないのだが、あちらこちらに街灯が置かれ、蝋燭の炎がガラスの中で揺らめいていた。

酒場の中は、1日を無事に終えた冒険者やハンターが酒を楽しんでいる。

そんな中で民衆服に身を包んでしまえば、王子だとか貴族だとかは見た目では判断がつかない。

「お前が火種になるんじゃねーのか?」

ヤトは心配そうに僕を見る。僕が捕虜になって国に迷惑を掛けるんじゃないかと心配しているのだ。


「ならないよ。あちらだって馬鹿じゃない。国は安定していて豊かなのに、わざわざ必要の無い戦争を引き起こすメリットが無いでしょ?」

テーブルに置かれた蝋燭の炎がユラユラと揺れる。

そうやって、凝り固まったまま他国に偏見を持ち続けてもなんの進展もない。

折角あちらが訪問の機会をくれたのだ。

関係を改善したいならここで動くべきだろう。僕にとっては、やりたい事の第一段階でしかないのだけど。


「だがなぁ……。」

「くどいよ。大丈夫だから心配するな。」


何を言っても言い淀むヤトに、穏やかにそう言うと、ヤトはやはり、心配そうにため息を吐いた。


ゆったりと酒場の喧騒に耳を傾けていると、ガチャガチャと音をさせて一人の恰幅の良い女性が近づいてくる。両手にはエールのジョッキ二つと、料理が盛られた器を二つ乗せたトレイを持ってニコニコと笑いながら、僕たちのテーブルに料理を置いた。


「お待たせしましたぁ!エール二つにニクジャガだよ!!」


置かれた料理からは、なんとも香ばしいく良い香りが漂う。

悩みなんて食い気の敵にはならないのだろうヤトは目を輝かせて料理を見ていた。

「うお――!!。うっまそ――っ!」

ゴロゴロした芋をフォークに刺してヤトが口に運んでいる。

その様子をみて笑い、エールのジョッキを手に取っていると、店員の女性が話しかけてくる。

「オニーサン達見ない顔だね!冒険者かい?」

そう言われて僕は困ったように笑い、首を横に振った。

「あはは。いや、商人なんです。ルベルジュには買い付けに。」

僕は息を吐くように嘘をつく。まぁ、御忍びで王族がきましたーなんて折角の酒も不味くなるだろう。嘘も方便だ。


すると、女性は、ぱぁっと笑顔になった。

「ほぉ!そうかい!ルベルジュはいいよぉ!特産品が多いからね!」


お、これはちょっと話が聞けそうかな。


「私はルベルジュは初めてでして。王都で出店するために、方々ほうぼうを回って良い品を探してるんです。何かお勧めはありますか?」


そう、聞いてみると、店員の女性は少し考えている。

ちゃんと話を聞いて答えを探してくれている。

「なら、紙はどうだい?ルベルジュの紙は一級品さ!あとはそうだね、最近はブックカバーなんかは、王都だったら流行るんじゃないかい?あ、南の街道沿いには薔薇の生産もしていてね!今は花の時期ではないけど、そこも色々あって面白いと思うよ!」

店員さんは、親切に色々な情報を教えてくれる。

心にゆとりがあるのだろう。女性が笑っている土地は豊かで安定している証拠だ。

「貴方は、この街が好きなんですね。」

そう聞くと、一瞬きょとんとして、豪快に笑い始めた。

「あっはっは!何言ってんだい!当たり前じゃないか!こんないい領地他にないよ!オニーサンも住んでみりゃ分かるさ!じゃ、足りない物でもあったら呼んどくれ!」


店員を笑顔で見送り、エールを飲みながら酒場を見渡すと客の笑い声に溢れている。


「いい領地だね。」


もう少し見てまわりたいが、夜では酒場くらいしかやっていない。また改めて見にこよう。


王都は貴族が優先されがちだが、民衆あってこその貴族だ。このルベルジュのような統治ができれば国は安泰なのだが。


「お――い!ニクジャガもう一皿――!!」

ヤトがそう叫ぶと、店の奥から、はいよ――!と声がする。

「まだ食べるの?」

僕は酒ばかり飲みながらヤトを見て苦笑する。

「いやいや!食ってみろって!うめぇから!!」


そう言われて、大きな芋を切り崩して口に運ぶと、ホクホクの芋と甘辛いタレが食欲を刺激した。

「うまいな。」

「だろ――!」

ヤトはにぃっと笑いエールをぐびぐびと飲んでいる。

先程まで考え込んでいた人物とは思えなくて、俺はクスクスと笑った。


僕はまたニクジャガを口に運ぶ。この甘辛い調味料は何だろう。本当に美味い。

他では見ない料理だから、きっとルベルジュに住む人が考案したのだろう。


人を笑顔にする料理。是非考案した人に話に話を聞いてみたいものだな。きっと面白い話が聞けるに違いない。

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