【5】ホラードラマ「心霊探究パンドラファイル」
翌日、私たちふたりはまたテレビ東西の会議室に集まった。
そこであの白バイは例の峠道で取り締まり中に暴走車に追突されて亡くなった警察官の乗っていたものだと告げられた。
事故後現場から白バイが消え失せ、いくら警察が付近を捜索しても発見できなかったため何者かが盗難したものとして処理されていたそうだ。
また、白バイ警官の携帯端末も付近で発見されたらしい。
私たちがパンドラと思わっていた人物の着信はその携帯端末の番号だったようだ。
つまりあの着信はパンドラではなく、私たちを罠にはめるために白バイ警官の霊が掛けてきた電話だったのだろう。
この情報も
会議室でまず筧さんが見せてくれたのはパンドラの心霊画廊が表示されたノートパソコン、そこにはあの峠道の更新情報が掲載されている。
『この峠道の悪霊は祓われたため、現在この場所には何もありません』とだけ説明文が表示されていた。
パンドラはあの峠道を自分で確認したのだろうか。
そうだとするなら死んだアシスタントの残存思念も含めてエマが現場に何も残っていないと言っていたのもパンドラ自身が処理していたのかもしれない。
「まあ、これで一応うちのアシスタントが死んだ真相もわかったことだし、君達の調査はこれにて完了とさせてもらうよ」
どうやら事件の裏で暗躍していたかもしれないパンドラに関してはこれ以上表立っては追跡しないようだ。
「それと今回の依頼の追加報酬だけど」
「追加報酬ですか?」
「うちの夏ドラマの主演に赤音さんを抜擢させてもらうよ」
「えっ? どういうことですか?」
「いや、昨日の赤音さんの除霊にしびれてね。ぜひ僕のドラマで使いたいと思ったんだよ」
にこにこと笑いながら筧さんを見て私は思わず喜びで立ち上がってしまった。
「ほっ、本当ですか。ありがとうございます」
エマも驚いた様子で喜ぶが、私はひとつの不安な単語に気が付いた。
「でも、ちょっと待ってください。今、夏ドラマって言いました? 来年のですか?」
「いや、今年のだよ」
「全然時間ないじゃないですか。他のキャストは?」
「エマちゃんひとり主演のドラマで行くよ。実は脚本とかはほぼ出来上がっているんだ」
いくらなんでも話ができすぎている。
「それってもしかして別の人の代役なんじゃ?」
「おお、するどいね。実は他に考えていた人がいたんだけどダメになっちゃってね。その代役を思案していた時に
「小饂飩さんが?」
「まあ、今なら君たちの脱退騒動で話題性もあるから、起用するなら今だと思ったしね」
どうやら小饂飩プロデューサーは私たちが麻雀勝負で勝ち取ったドラマの役のことは忘れていなかったらしい。
「何か約束してたんでしょ。それで見定める意味も込めて今回の案件に依頼したんだよ」
いくら代役とはいえ、まさかエマひとりに候補を絞っていたということはありえない。
同時並行で進められていた候補の中でエマが心霊案件解決のタイミングで選ばれたことを考えると、エマは運をもっている。
私は筧さんに差し出されたドラマの脚本を手に取った。
「えっ、これって?」
ドラマの題名は『心霊探究パンドラファイル』とある。
「パンドラファイル? もしかして最初に筧さんが考えていた主演って?」
「そう、あのサイトの管理人、パンドラだよ」
「でもパンドラは男の人ですよね。この脚本を見ると主演は女性になっていますが?」
脚本をパラパラと通して見ると、新人アナウンサーの坂東ララが番組の企画で心霊案件を調査するという内容らしい。
新人アナウンサーということは20代前半の役なので、エマにとっては年上の役を演じることになる。
田舎の村娘のような雰囲気もあるエマなら健気に奮闘する役はハマリ役かもしれない。
「実はね。あの心霊スポット探訪の動画の案内人はボイスチェンジャーで声を変えていて男性風にしゃべっているけど、長年映像に関わってきた僕からするとあの動画解説者は若い女性だよ」
筧さんの指摘には私も思い当たる節もある。
最初パンドラという名前は触れてはいけないものという意味だと思っていたが、実はもうひとつの意味があるのだ。
神々からすべての贈り物を与えられた美しい女性という意味だ。
「そうすると女性が男性の演技をして動画の案内役をしてるわけだけど、その語り口はすごく滑らかなんだ。とても素人とは思えないね」
つまり少なくとも演技の心得のある女性ということになる。
「どう、パンドラの正体は芸能人っていうのも信憑性がある話に思えてこないかな?」
はっきり言って筧さんの考えは常人の範囲を超えているとしか思えない。
正体不明の女優かもしれない人物を深夜ドラマとはいえ主演に抜擢しようとしていたのだ。
そう思って考えてみると、いくらエマの見極めとはいえパンドラに呼び出された昨夜も命の危険があるのに私たちと同行していた。
むろん、テンパランスに今回の案件調査を依頼したのだから理性では危険だとわかっていたのだろう。
それでも好奇心の方が勝ってしまった。
この人は自分の中で理性と欲求の分離ができていない。
「……なんでうちのアシスタントは死ななければいけなかったのかな?」
不意に筧さんが問いかける。
「えっ、それは私たちが解決したんじゃ……」
「表面上はね。でももっと根本的なことがあるんだよ」
はにかむような微苦笑を浮かべてうつむく筧さんはゆっくりと息を吐いた。
「サイトの管理人パンドラにとって、心霊映像というのはとてもとても美味しいお宝の領域なんだよ」
「……だから、近づこうとするものを殺してでも自分の縄張りを守ろうとした」
私は筧さんの言葉を否定しなかった。
「僕はね、メディアのタブーとされている世界の淵をぎりぎりまで出したいんだよ。このドラマで」
何かタチの悪い冗談のようなやり取り、室内に不自然な沈黙が広がった。
「……何でもないよ、忘れて」
ぞっとするような告白のあと、筧さんはいつもの明るい表情に戻った。
筧さんが私に語ろうとしてやめたこと。
彼もまたパンドラと同じく心霊ドラマに大きな可能性を感じている。
例え人が死ぬことになっても……。
私がそのとき急な孤独感に襲われたのは筧さんとエマが根底で共有する世界の闇を今の自分が理解できず、無性に寂しかったからかもしれなかった。
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