【4】死の未来から逃れる道
「えっ、これは」
突然、私の未来視が復活した。
先日の賭け麻雀で未来視を使っていたので当分使えないと思っていたのに。
けれども未来視が使えない時に急に使えるようになるのは今回が2回目だった。
緊急事態の未来視、それは私自身の身に死の危険が迫っている時だった。
防衛本能がそうさせているのかは分からないが、私がこれからとる行動が死につながると理解させようとしている警告だった。
何が死につながるのか。
私はとりあえず右に出した指示器を元に戻してみた。
すると目の前に広がっていた黒い影はすっと消えた。
右に行くと私は死んでしまう。なぜかはわからない。ますます混乱する。
減速すればいいのだろうかと思いブレーキに足をかけてみるが、また目の前が影に染まる。
ブレーキもダメ。気が付けば後ろの大型トラックが
あいかわらず白バイ警官は右の路肩に入って止まるようなジェスチャーを繰り返している。
いつまでも止まろうとしない私の運転にしびれを切らしてきたのだろうか。
色々混乱しているうちに前を進む白バイが心なしか減速して近づいてくる。
するとその接近にしたがってまたゆっくりと目の前の視界が影に染まっていく。
もう訳が分からない。どんな行動をしても死の未来が近づいてくる。
息が止まりそうなほど心臓が強く跳ねている。後部座席からはエマと
ふたりが何を言っているのかわからないが、怯えたような緊張した空気だけは伝わってきた。
「いいから、進んでって言ってるの!」
エマの怒気に合わせて、一瞬車の中の空気が震えると、彼女はあろうことか右手を伸ばして運転する私の腕を掴んで運転席に割り込んできた。
突然の現実感のない事態を理解するのと強烈な衝撃に身体が振られるのはどちらが早かっただろうか。
私たちの乗った車は急アクセルで加速し白バイに勢いよく激突した。
ショックで目の前が真っ赤になったが、すぐに白バイが回転しながら倒れてカーブ先の路肩に転がっていく光景が飛び込んできた。
私はすぐに急ブレーキを踏み、私たちの車もカーブ先の路肩に入ったところで停止した。
私は一言も言葉を発することができないまま、エマと筧さんが無事なのを確認すると震えながら車を降りた。
跳ね飛ばされた白バイと倒れた警官が私の車のライトで照らし出されている。
確認できるだけで頭と右腕がおかしな方向に曲がってしまっている。
「えっ、こっ、ころ、どうして」
よりによって交通違反を取り締まろうとした警官に追突するなんて。
危険運転致死、エマの芸能人生命どころか私たちふたりの社会人人生まで消し飛ぶ。
これから始まる犯罪者としての人生の絶望感に涙が止まらず、足もがくがくして少しでも気を抜けばその場にへたり込んでしまいそうだ。
そのとき倒れている警官の頭がぐりっとこちらの方に向けられた。
「あっ」
まだ生きているとかすかな希望が生まれた次の瞬間だった。
「どうして俺がお前らを殺そうとしているとわかったあ!?」
断末魔のような突然の絶叫、それは目の前の警官が発していると理解するのに少しの時間がかかった。
「なぜって、あんなに悪意丸出しで近づいてこられたらいやでもわかるよ」
気が付くとエマが車から降りて私の横に立っていた。
「硝子さん、大丈夫だよ。あいつは生きている人間じゃないから」
「えっ、生きている人間じゃないって。霊ってこと?」
「そう」
「でも、車で跳ねて怪我しているみたいになっているじゃない」
「生前のイメージが霊にも染みついているのよ。前に首をつって死んだ男性の霊を視たことがあるけど、縄が腐って落ちたら霊も一緒に地面に落ちてたし」
つまり車に跳ねられたことが警官として生前に染み付いたイメージにつられて霊体の方も引っ張られているということだろうか。
血の流れる音で実際に血を抜いていないのに実際に人が死んだり、偽薬で体調が回復する事例もある。
人は思いこめば体や魂にも影響が出るのだろうか。
「あいつが車線を誘導して硝子さんを対向車にぶつけようとしたのよ」
カーブでよく見えなかったが、対向車線にはトラックが近づいていたらしい。
そこでようやく理解した。
あの死んだアシスタントは何かを避けようとしたのではなく、あの白バイ警官の悪霊に誘導されて事故を起こしたのだ。
「事故多発スポットにはよくあるんだけどね、アリジゴクみたいに危害を加える一瞬だけ悪霊が表に出てくる心霊スポットがね」
「一瞬……だけ?」
私のはっきりとしないつぶやきにエマはなぜか興味深そうに先ほどのカーブを眺めた。
「人を呪い殺すのは結構難しいんだけど、人をただ殺すだけならもっとずっと簡単なの」
「えっ?」
「悪霊はほんの一瞬……そう、ほんの一瞬だけ人の意識を狂わせることであとは車という鉄の塊が人を殺してくれるんだから」
ため息をつきながら彼女は服についた埃を払った。
「警察官が明確に殺しにかかってくるなんて、どんな恐ろしい因縁があるのかしら」
そして、エマはゆっくりと倒れた警官の方に近づいていく。
そのとき、私の視界に突然別の映像が割り込んでくる。
エマの不気味な言葉に応えたかのように私の目にも存在しないはずの恐ろしい警察官のオブジェが視界の中で形作られた。
目の前の警官の悪霊の体が跳ね上がり、蛇が獲物に食らいつくようにエマの首筋に襲い掛かる映像だ。
未来視が復活したとわかったけれど、なんでこのタイミングで。
「エマ、危ない!」
私の警告にエマは立ち止った。
そして、私の方を振り返るとにっこりと微笑んだ。
「おまわりさん、大丈夫ですか。私はただあなたの話が聞きたいだけなんです」
優しい声でエマは警官の霊に囁きかけた。
「私たちの世界を平和にしてくれるヒーローのおまわりさんがどうして私たちやアシスタントさんを殺そうとしたのか、ちゃんと理由があるんですよね」
エマの警官の寄り添う姿はすがすがしい白い美貌で非の打ちどころもなく、まるで神話の聖女を思わせる可憐さだった。
「そ、そう、そうなんだよ。俺は世の中の悪をこらしめるために活躍しているんだ!」
「世の中の悪ですか? 確かに悪が調子に乗るのは怖いです」
エマはどこか田舎の元気娘のような素朴さも持ち合わせていたので、警官の悪霊はともすれば場違いな雰囲気に惹かれたのか安堵した表情に変わった。
「そうだろう。悪の願望。勝手な都合のルール違反を
血走った目を見開いて叫ぶ警官の喉がぐちゃっとエマの靴のかかとで潰された。
「ごえっ、なっ、なにを」
「ずいぶんぬるいたわ言だよ。自分の正義のために人を殺してもいい事情なんて私には思いつかないなあ」
エマは先ほどとは一転憎悪に燃える目で警官を見下ろしている。
「悪人の悲しい事情なんて死ぬほど興味ないのよ。It's a death sentence to lecture my angel about your justice!(私の天使に説教するなんて万死に値するよ)」
「ほべろっ!」
エマが何度も何度も踏みつけているうちに気が付けば悪霊の警官の姿はどこにもなくなっていた。
「ありがとう、硝子さんが未来視で警告してくれなかったら危なかったよ」
エマの愛らしい唇から感謝の声が漏れた。
わざとかと思うようなエマのしぐさに私は次に何と言うべきか迷ってしまった。
「うわっ、この白バイ」
私達のやりとりを後ろで眺めていた筧さんがエマのところに近づいて驚いたような声をあげる。
もう地面の上に警官の姿はなかったが、警官の乗っていた白バイはまだそこにあった。
ただ、その白バイはもう何年も経過したようなさびだらけの朽ちた姿だった。
私達の車の前を走っているときはそんな風には見えなかったし、私の車が追突しただけではこんな風にならない。
その後、通報して警察に来てもらったが、筧さんが警察署に同行して説明するということで私とエマは一旦帰ることになった。
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