第51話「ぼくは…」


 布都御魂剣を正面から浴びた夜刀神の流血は皆無だった。

 けれど母さんの体から夜刀神の性質は消え、暴れていた蛇人間たちも気が付けば居なくなっていた。

 力が抜けていくのを感じ取ったであろう母さんはガクッと膝を折った。

 そんな母さんを黙って見つめるアタシの周りに月乃たちが集まってくる。


 「終わったの?」

 「あぁ、多分」

 「ううん、もう絶対大丈夫だよ」

 「そっかそっか……って、うん!?」


 頷いていた月乃が声の主に目を見開く。

 アタシたちの間に割って入ってきたのはアタシと同じ髪色の女性——ご先祖様だ。

 特にご先祖様は自己紹介をするでもなく、そのまま話を続ける。

 

 「心優が斬ったのは悪神としての側面だけだから。これからは島の守り神としてあたしとヤト君で頑張るね。ありがとう、皆んな」


 ご先祖様はそうやって自分の言いたいことだけ言って消えてしまった。

 相変わらずマイペースなご先祖様だこと……でも説明の手間が省けたな。


 「ご先祖様の言った通りだよ。母さんから夜刀神の力は切り離したし、悪神の要素は完全に斬った」

 「それじゃあどう暴れても勝てる訳ないわねぇ?」

 「もう足掻く気力もないだろ」


 幾ら大事にしてる神器とは言え、こんな簡単に夜刀神を鎮められるとは。

 悪神の側面だけを斬れる剣があるのなら瓶底宮司でも誰でも良いからさっさとなんとかするべきだったんじゃないのか?

 と、言いたいところだけど今までやってないんだから理由があるんだろう。

 依り代が母さん程度でこの強さ。本家本元を相手にして一太刀浴びせるなんてどれだけ難易度が高いのか。想像すらしたくない。


 「……私は間違っていたの?」


 項垂れていた母さんがボソリと呟く。


 「私は心優に不自由なく生きて欲しかった。だから習い事もさせた。色んなことを教えてあげた。なのに……どうして?」

 「それはソヨを一度見放したからじゃ……」

 「たったの一度じゃない! 間違えた人間はもう元に戻ることすら許されないって言うの!?」

 「一度踏み外したら戻れない……その場合もあると言うことじゃ。少なくとも心優の件に関しては本人が無理だと言った以上無理じゃよ」


 しかし、と爺さんは続ける。


 「特異体質になったばかりの心優が誰かを守る為に妖へ立ち向かった。きっと怖かったはずだ。それでも愛良たちを守ったのであればそれまでの教育は間違ってはなかったのだろう。少なくとも愛されていたはずじゃ」


 あの時は必死だった。なんとなく行ける気がして戦ったのをはっきりと覚えてる。


 「一番マズかったのはその後の対応だ。身を挺して守ったはずの両親が恐れ、突き放された子供の気持ちは考えるだけで心が痛む」

 「それにこの一連の騒動はどう説明付けるのかしらぁ?」

 「だって私は愛していた。一度は離れたとは言え、私が愛情を注ぎ込んで育てた娘。言葉遣いも態度も思考もこんなに変わり果てたのなら原因が常陸島にあるのは明白でしょう?」


 その言い分を聞いて全員が言葉を失う。

 やっぱりアタシの想像通りだった。この後に及んで「間違っていたの?」と問い掛けてくる時点で分かってはいたことだけど。

 母さんは自分の正しさを疑わない。

 間違っていたかどうかの質問も結局「間違ってないよ」の回答しか求めてない。

 愛情を注いで育った子供が親に逆らうはずがない。

 自分の思い通りに動かない時は周りが悪い。

 そんな考えなんだろう。


 「全部全部母さんが原因だよ。もう諦めろ。父さんまで殺しといてアタシの為とか頭沸いてんのかよ」

 「それはだって愛し——」

 「愛から導き出された行動なら何をしても良いとでも? そんな訳ねぇだろ」


 何度も同じ理由を聞くのはもう飽きた。

 愛から答えを導き出すのなら視野を広く持たないと条件が足りない。途中式を立てて、幾つもの計算を重ねて、それでも解を間違える可能性が高い問題だ。

 アタシが今まで月乃にしてきた行動が正解かどうかは正直分からない。

 でも、母さんの出した答えが間違いであることは分かる。


 「アタシを見放すまではまだ良かった。けど、今回の件は家族間の枠を越えた。もう後戻り出来ない。間違えたんだよ、母さんは」

 「……っ」


 すると母さんがアタシたちの後ろを見て、表情を強ばらせた。

 振り返れば今まで校舎の中に避難していた生徒たちが大勢ぞろぞろと出てきてアタシたちを取り囲む。

 

 「よくもこんなことしてくれたな!」

 「ふざけんじゃねぇぞ!」

 「お前の所為で親父は……!」

 

 口々に母さんへの恨み言が溢れ出す。

 悪意の嵐が吹き、荒れ始めたことで少年が怯え、月乃の服をぎゅっと掴んだ。

 

 「今までの借りを返すなら今じゃね? やっちまおうぜ!」

 「やるかぁ!」

 「「「行くぞぉ!」」」


 そうやって一番リーダーシップを発揮していた奴が一歩前に出る。

 だからアタシは無言でそいつの前に立つ。立ち塞がる。

 そいつが止まれば周りも止まる。


 「一度でも手を出してみろ。出した奴全員アタシと衣笠でボコボコにしてやるからな」

 「はぁ? なんだよ? 母親だからって庇うのか?」

 「違う。お前らに母さんに罰を与える権利はない。無論、アタシらにもな」

 

 そもそも刑罰は被害者感情から来る報復行為じゃない。

 あの時の会長の演説全然理解出来てねぇじゃん。阿保過ぎだろこいつら。


 「さっきまでお前らは戦ってたじゃないかよ!」

 「当たり前じゃなぁい。だって戦わなきゃ殺されちゃうものぉ。そのに尻尾を巻いて隠れてることしか出来なかったのは何処のどちら様かしらぁ?」

 「その癖、相手が力を失って戦意を失くしたところにハエみたいに集って報復しようだなんてこっちが抱腹しちまうぜ」


 自分たちがダサいってのが分からないのかこいつらは。 

 睨み付けてやったのに、負けじと言い返してくる。

 

 「こ、こいつはこれだけのことをやったんだぞ!」

 「だからなんだ? さっき言ったよな? アタシらに罰を与える権利はないって」

 「悪いことをした人になら何をしても許される……そんな考えは嫌だ」


 アタシや見知らぬ衣笠の意見は反発されがち。

 その状況でこうして月乃が挟まるだけでドヘボ野郎が狼狽える。

 何を言うかじゃなくて誰が言うかなんて嫌な感じだ。

 あぁ、でも悪いことをした奴になら何をしても良いって言うのは良いかもしれない。だってそれなら母さんに私刑を与える奴らはアタシからしたら悪い奴の範疇。

 そうなると同じ考えのこいつらは何をされても文句は言えないってことだよな。

 アタシと衣笠コンビとドヘボ軍団の睨み合いが続く中、少年が口を開く。


 「おにいちゃんたち……かっこわる」

 「「「——」」」


 率直な意見に軍団がショックを受けたのが見て取れる。

 アタシはしゃがんで少年の肩を抱き寄せる。


 「少年は格好良かったぞ。ありがとな。剣を持ってきてくれて」

 「やくそく、したから!」

 「後で新しいお守り爺さんに用意して貰おうな」


 月乃が渡しっぱなしのお守りがあったから助っ人に選んだ。

 強化個体だったから掻き消すことは出来なくてもスローイングの時間は稼げた。

 

 「で? 格好悪いお兄ちゃんたちはどうすんだ? 報復する為にアタシとやり合うか? 大人しくしてるか?」

 「……」

 「心優、煽り過ぎじゃ。これこれ君たち。夜刀神様の脅威は去ったが安全が確証した訳ではない。大人しく校舎に戻っていなさい」

 

 まだ天津甕星の経過が分からない以上、安全とは呼べない。

 少年に言われたことがショックだったのと爺さんの後押しもあり、奴らは納得出来ないとでも言いたげな表情で踵を返した。

 瓶底宮司たちの加勢に向かう……のは面倒だな。

 あれだけの戦力を抱えてればなんとかなるだろう。母さんを見張っておかないともしもが起こるかもしれないしな。


 「一先ず、一件落着。だな」

 「うん。そうだね」


 アタシは月乃とハイタッチ。



 それから暫くして瓶底宮司たちが天津甕星を討伐したとの報告が入ってきた。

 こうしてアタシたちの常陸島を——大事な人を守る戦いは無事に終わりを告げることになった。

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