第50話「びゅーてぃふる」


 「おい爺さん、衣笠、起きろ。大丈夫か?」

 「ん……心優、無事か?」

 「ちょっと寝過ぎたわぁ……あらぁ? 凄いことになってるじゃなぁい」


 爺さんがアタシの心配をし、衣笠が即座に状況判断。

 遅れて爺さんも月乃を見て口を小さく開く。声は出ない。かなり驚いてるらしい。

 

 「あれは天狗の力かしらぁ?」

 「だろうな」

 「愛宕山の十三天狗様の力全てが一人に宿っておる……こんなことが……」

 

 どうやら天狗全員の力を宿しているらしい。

 夜刀神の力が抜けたことで探知能力もそれらしき力を視る能力もなくなってしまった。分かるのは黒い翼とかその他諸々の要素で力の根源が天狗であることだけ。

 出力としてはアタシの持っていた夜刀神の力と変わらないくらいだろうか。

 手札の多さのおかげで万能感はある。

 風の刃だと有効打にならないと判断した月乃は刀での近接戦を選んだ。けど刀の腕が足りてなさ過ぎる。状況の判断力は良いのに駆け引きが下手くそだ。

 当たり前とは言え戦闘の場数が足りてない。

 

 「衣笠、まだやれるか?」

 「もちろぉん。まだまだ暴れ足りないわよぉ」

 「儂もじゃ。なんとかせねばなるまい……」


 薙刀を手に意気揚々と笑う衣笠。

 お札を手に腕を捲る爺さん。

 かなりダメージが蓄積してきた二人が月乃のサポートに向かう。

 歴史でも十三天狗は夜刀神に負けてる。

 さっきまでアタシと衣笠と爺さんで互角かそれ以下だったんだ。アタシの抜けた穴に月乃が入ったからと言って大した違いはない。 

 せめてアタシが戦えれば……少しは変わるかもしれねぇのに。

 そこで、とあることを思い出した。


 「そう言えばこれ……!」


 朝、爺さんから預かったギターピックをポケットから取り出す。

 ご先祖様がこのタイミングで何の意味もなく渡すはずがない。

 でも……どーすりゃ良いんだよ! なんだよギターピックって! 何か力が込められているなら割れば良いのか!?


 「使うの?」


 ピックを割ろうとしたら背後から声。ご先祖様だ。


 「それには生前のあたしの力が宿ってる。ヤト君から貰って定着した夜刀神の力」

 「出力は?」

 「心優なら前と同じか……それ以上になるかも知れない」

 「じゃあ使わない手はないじゃんか」


 何をそんなに浮かない声色で言うんだ。


 「良いの?」

 「何が?」

 「折角、普通に戻れたんだよ? その力を宿したら、今回みたいに剥がれることはないと思う。それこそ心優がヤト君と一心同体にならない限り」


 ご先祖様の声から能天気な調子の良さは感じられない。

 これは夜刀神から分離しただけの力じゃなく、大元は一緒でも正真正銘ご先祖様の体に宿っていた力……か。定着したって言ったのもそれが理由か。

 

 「心優も分かってるだろうけど、加勢したところで倒せるかは分からない。勝てない確率の方が高いよ」

 「……」

 「時間稼ぎさえ出来れば天津甕星班が駆け付ける。流石にあのメンバーが揃ったら確実だと思うからさ。心優はこのままでも」

 「月乃が戦ってるのに指を咥えて見てろとでも? ふざけんな」


 戦う力と理由があって、それを放棄するなんて有り得ない。


 「またあの髪色に戻るんだよ? それでもやるの?」

 

 嘗ては嫌いだった特異体質を象徴する白銀の髪。


 「良いんだよ。あの髪は月乃が褒めてくれた髪だから」


 その選択をしても後悔はない。寧ろあの髪に戻りたいとも思ってる。


 「月乃が居れば他はどうでも良い」

 「そう……とは言っても月乃ちゃんを選んだ時点で他を見捨てることなんてないんでしょ?」

 「月乃が悲しむからな」


 ちょっとずつご先祖様の調子が戻り始めた。

 アタシが月乃だけは絶対に守るように、月乃は手の届く範囲なら全員守ろうとするだろう。

 そうやって月乃が無理をすればするほどアタシは月乃を守るように動く。

 つまり結局アタシは月乃に巻き込まれっぱなし……ってことだ。


 「アタシが選んだことだ。やりたくなくなるまではやってやる」

 「それでこそあたしの子孫だっ! 行って来い!」

 「どう使えば良いんだこれ」

 「強く願って握り締めちゃえ!」


 アタシはコイントスの要領でピックを弾き飛ばし、右手でキャッチ。

 月乃の下へと走り出し、力を寄越せと強く願う。


 「行って来い、恋する乙女」

 「白銀に染め上げろ!」


 大好きなあのヒーローの口上を模した叫びと共に全身に力が戻ってくる。

 視界に入り込む前髪が綺麗な白に染まっていく。

 一気に速度を上げ——レッグラリアットを夜刀神の頭に叩き込む。

 

 「さいっこう!」

 

 持っている力の量は確実に減ったのに体の軽さや動かし易さが段違い。

 恐らく容量オーバーだった前と違って、人間一人が抱えるのに丁度良い出力になっているからだろう。アクセル全開にしっぱなしでも体が壊れないの最高。

 

 「会長たちは助けられねぇかもだけど、夜刀神はどうにかすんぞ」

 「大丈夫。アヤたちは無事だよ。風が教えてくれたの」

 「そうか。じゃあアタシらは気兼ねなく暴れるとするか!」

 「行こう、ソヨ!」

 「言われなくても!」


 四対一になり、夜刀神も優勢を保てなくなってきた。

 月乃の刀と衣笠の薙刀がようやく夜刀神へと届き始める。

 

 「駄目かー!」

 「その刀、錆びてんじゃねぇのか? 天狗から貰ったのにポンコツだな」

 「ちょっ、そんなことないよ! 天狗様怒ってる怒ってる!」

 「しかし、有効打がないのは死活問題じゃぞ」

 「うちの神社になんかすげぇ神器みたいなのないのか?」

 「残念ながら。経緯を考えれば夜刀神様と今の心優がその位置かもしれんの」

 「そっち行ったわよぉ」


 三人で別の方向へ散らばり、回避。

 アタシは衣笠へと駆け寄り、同じ質問をする。


 「鹿島神社には?」

 「あるわよぉ。布都御魂剣フツノミタマノツルギが。あれを使えばもしかしたら……行けるかもしれないわねぇ?」

 「月乃! 少し夜刀神の相手を頼む! 爺さんはこっちに!」

 

 アタシたちは一旦戦線離脱。


 「衣笠、爺さん。その布都御魂剣を持ってきてくれ」

 「ま、待て! あれは鹿島神社の最重要神器じゃぞ!? 金本に無断で持ち出すなんて——」

 「んなこと言ってる場合じゃない。衣笠は場所知ってるんだろ?」

 「そう言うことねぇ。怒られる時は一緒に怒られてくれるのかしらぁ?」

 「慣れてるから任しとけ。それまではアタシと月乃で抑える」


 今の月乃とアタシが居れば持ち堪えられるはずだ。

 

 「じゃが、儂らが離脱すれば夜刀神様も放ってはおかんだろう。頭脳は愛良のものも混じっているんじゃぞ」

 「その為に二人居る。そしてもう一人居る。爺さんは自分で渡したお守りの位置は把握出来るか?」

 「まぁ、なんとか」

 「そいつに頼るかどうかは爺さんたちの判断に任せる。とにかく夜刀神を出し抜け。理解したら即行動。早くしねぇと倒しちまうぞ?」

 

 二人の返答を待つより早く月乃と合流。

 視界の端でグラウンドを飛び出す爺さんと衣笠を見た夜刀神が眉を顰める。

 

 「何をするつもりだ?」

 「お前が雑魚過ぎて飽きちゃったらしいぜ?」

 「そんな嘘が通じるとでも?」


 夜刀神から何らかの力が働いたように見えた。

 離れた場所に居る眷属にでも指令を送ったか……そう言えば喋る蛇人間をまだ見てないな。爺さんたちの相手はあいつらか。


 「違ったか? そんくらい馬鹿だと思ってんだけどな」

 「馬鹿なのは心優の方でしょう? どうして分からないの?」

 「そうやって思考を理解されないから父さんも殺したのか?」

 「そうよ」

 「じゃあ分かるわけねぇよ。暴虐無人の人殺しの気持ちなんてなぁ!」

 

 そのまま顎を蹴り上げようとした右足を二本の蛇が絡め取る。


 「ソヨ!」

 

 その蛇を月乃が斬り裂き、尖兵が生成されてしまう。

 けど、あんなのは雑兵だ。

 直ぐに月乃が存在ごと吹き飛ばし、戦闘続行。

 腹が立つほど強い。幾ら能力が優れていても戦闘感がない月乃にはヒヤヒヤさせられ、時折庇いながら戦う。

 傷が増え、戦いっぱなしで体力が削れていく。

 

 「そんなにその小娘が大事か! いでよ! 我が眷属!」

 

 何処からともなく蛇人間が出現した。

 アタシには分かる。きっと今の月乃も同じように感じているだろう。

 強いなこいつ。

 

 「行け! あの小娘を——殺せ!」

 「月乃——そいつは任せた!」

 「なっ!?」


 驚く夜刀神の脳天に踵落とし。

 着地と同時に後ろ回し蹴りを鳩尾にぶち込む。

 なんだ? そうすれば庇うとでも思ったのか? あの程度で月乃が負けるかよ。


 「こっちは任せろ。本気で来いよ夜刀神」

 「舐めやがって……!」

 「ソヨ! ちょっと待って!」

 「うっせぇ! 今、全身全霊だから——」


 ゆっくりと息を吐き出しながら真っ直ぐに夜刀神を見据える。

 刹那、夜刀神が瞬間移動したかのように眼前に。

 夜刀神の右手が達する——より速く掌底で顎を打ち上げる。

 そして蛇の追撃が来る前に前蹴りで蹴飛ばし、距離を作る。

 見える……追い付ける。

 夜刀神の両腕両足、背中の蛇の猛攻を捌いて捌いて捌いて反撃。

 鼻っ面に突き立てる右肘。

 蹌踉めく夜刀神の背後に月乃の影。


 「はぁっ!」

 

 振り下ろした刀が夜刀神の背中を斬り裂く。


 「ぐぁっ……小娘ぇ!」

 「うわわ! くっ!」


 仰向けに倒れた月乃は夜刀神の両腕を刀身で受け止める。

 あの状態の夜刀神を引っぺがすには——そうだ!


 「月乃! 合わせろ!」

 

 グッと右腕を引き絞り、月乃に声を掛ける。

 渾身の力で繰り出す右ストレートに追い風が吹く。

 そんな咄嗟の協力技で夜刀神を弾き飛ばし、倒れていた月乃の腕を取って起こす。

 

 「平気か?」

 「なんとか」

 「ちょっと見ない間にボロボロになったな」

 「そんな親戚のお婆ちゃんみたいに言われても……でも正直体力マズイかも」


 かれこれずっと戦いっぱなしだ。

 こうしてインターバルが取れるのは有り難い。けど、最も疲労がのし掛かってくるのもこのタイミング。

 そろそろ決めたい……衣笠、爺さん、まだか?


 「何故……何故だ! 我は! 私は夜刀神の力全て持っているはずなのに! 微量な力の心優に押し負けるのだ!」

 「アタシはこの島で最強なんだよ。神様如きに負けるか。舐めんな」


 アタシが中指を立てれば隣で月乃も中指を立てた。

 仮に勝てなかったとしても負けない。

 瓶底宮司たちが来るまで耐えろと言うなら三日三晩だって戦い続けてやる。


 「心優!」

 「ギンちゃん! お待たせぇ!」

 

 そこへ爺さんと衣笠が帰還。お互いに剣を抱えている。

 どちらが本物か分かりにくくする為か。

 逆転の一手。

 その到着に心が軽くなった。


 「やらせるものか……!」

 

 だが、夜刀神の憎しみが込められた言葉と共に悪意が溢れ出す。

 溢れ出た悪意は蛇人間へと姿を変えていく。全員、さっき月乃が戦った個体と同等の力……いや、それ以上かもしれない。

 面倒臭いことしやがって……アタシからすると強い奴一人より数が多い方が嫌だ。

 アタシと月乃が同じ位置。

 爺さんと衣笠は互いの距離もアタシたちからも遠い。


 「この数を掻い潜って一太刀浴びせろってか……面白ぇ」

 「行こう!」

 

 四人で一気に夜刀神に向けて走り出す。

 

 「剣をなんとしてでも抑えろ!」

 「奪えるかしらぁ?」

 

 片手は剣で塞がってるのに右手だけで器用に薙刀を振り回す衣笠。


 「これを!」

 「受け取りました!」


 爺さんから剣をパスされた月乃は今まで持ってた天狗の刀から錫杖に持ち変える。

 サッカーのパスみたいに剣をぐるぐる回し、蛇人間共を翻弄しながら接近していく。また一歩、また一歩。

 初めに辿り着いたのは衣笠。


 「行け衣笠!」

 「我らが主に近付くな!」


 背後から蛇人間に取り押さえられた衣笠は笑みを浮かべる。


 「これ偽物だよぉん」

 「何っ!? では!?」

 

 慌てて夜刀神がアタシたちを探そうと首を振る。


 「夜刀神様! 覚悟!」

 「ふんっ!」


 大きく腕を振り上げた爺さんの腹部に夜刀神の拳。

 あっけなく吹っ飛ばされた爺さんを取り囲むように蛇人間が移動。


 「ははは! これで希望は潰えたわねぇ!」

 

 まだだ。まだ終わってない。

 走る。夜刀神へと。

 月乃が空へと飛び上がり、地上に残る足音は

 

 「銀のおねえちゃあああああああああああああん!」


 少年が剣——布都御魂剣を抱えて走ってきた。

 肩に貼ってあるルーン文字を敷き詰めたお札が身体能力を底上げしているらしい。

 

 「そのガキを止めろ!」


 まるで槍投げのように鞘を握り、投手のようなフォームで振り被る。

 たった一人の小学生に多数の蛇人間が襲い掛かった。

 それでも。

 特別な力を持たない少年は臆さない。

 真っ直ぐにアタシを見つめて踏み込む。

 

 「届けええええええええええええ!」


 少年の気迫ある叫び。

 同時に眩い光を放ち——襲い掛かってきた蛇人間たちを弾き飛ばした。


 「ナイスピッチ」


 無事に受け取った剣を構える。


 「人間如きに……我が遅れを取るものか!」

 「そうか? もう時代遅れだろ」

 

 次の瞬間——莫大な規模の風が吹き荒れ、夜刀神の動きだけを止める。

 気付いた時にはもう遅い。

 それは月乃が十三人に分身して最大出力で生み出した絶対に逃げられない風の檻。

 布都御魂剣に気を取られ過ぎたな。

 

 「じゃあな、悪神」


 アタシは剣を一太刀——迷いなく振り抜いた。

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