第26話「どんとるっくばっくいんあんがー」


 ヤトノ祭り当日の昼下がり、祭りで使われる範囲をのんびりと歩いてみる。

 提灯などが装飾された祭りらしい街並み。時間帯がまだ早いのもあり、屋台はまだ準備してるところが多い。それに伴い歩く人々も少なく、雰囲気は完璧だけど活気立つにはしばらく掛かりそうだ。

 屋台のおっちゃんおばちゃん、浴衣や法被を着る人たち。

 何処を切り取っても祭り祭り祭り。でも、アタシの心は落ち着いている。

 特異体質が発現したのもこんな夏祭りの日だった。中二の頃、当時の友達と楽しく過ごしていたら突然髪の毛が真っ白になり、友達にびっくりされたのを覚えている。

 皆んなと一緒にアタシの両親に相談しに行き、当然驚かれた。

 その時まではまだ良かった。問題はその後の特殊災害だ。

 祭りの真っ最中に突如として現れた人狼の化け物。

 アタシは何故か行ける気がして、皆んなを襲おうとする人狼を一方的に叩きのめした。本当に出来てしまった。

 

 「喜んで貰えると思ったんだけどな……」


 それがきっかけで祭りが怖くなっていた。

 けど、こうして来てみると意外と何も思わない。寧ろ楽しみだと思えるくらいだ。

 元々祭りは好きだったから心が荒んでなければ当然とも言える。

 アタシは人気の全くない寂れた公園のベンチに腰掛け、煙草を咥えた。

 

 「あーあ、いけないんだー! 未成年喫煙だー!」


 背後から聞こえてくる知らない声を無視して火を付ける。

 

 「ふー」

 「ふー、じゃないよ!? ちょちょちょっと! 無視は酷いんじゃないかな!?」

 

 煙を吐き出したら後ろの声が大きくなる。

 町を歩き始めてから気配はないのにずっと見られている感覚だけがあった。

 どうせまともな存在じゃないんだろう。ただ、この能天気な喋り方とタイミングで大方予想は付く。と言うかあの人しか有り得ない。


 「祭りの日はご先祖様も遊びたくなっちゃうもんか?」

 「なーんだ、気付いちゃったかー。びっくりさせようと思ったのに」


 ふわりとアタシの頭上を飛んで目の前に降り立つのは同じ白髪の女性。

 ちっこいアタシと違って綾人並みの身長で、すらっとしているのに出るとこが出てる黄金比みたいなスタイル。しかもそれに見合う美貌の持ち主。

 これでコミュ強か……神様が魅了される訳だ。

 ご先祖様はふわふわとした足取りでアタシの隣に座った。


 「あたしにも一本ちょーだいな」

 「その体で吸えんのか。ほら」

 「ん、ん」


 煙草を咥えたご先祖様が顎を突き出してくる。火が欲しいらしい。

 だからアタシはジッポーで火を付けた。ご先祖様の至近距離で。


 「ちょい!? びっくりしたなぁもう! そこはそっちの煙草の火を分けるのが通例ってもんじゃないの!?」

 「ライター持ってるのにそんな面倒なことする訳ないだろ」

 「ちょっとしたお戯れなんだけど? 先祖と子孫! 感動の出会い!」

 「アタシを感動させたいのなら旦那をどうにかしてくれ」

 「……」


 おい、そこで黙んな。ひょうきんな性格はどうしたご先祖様。

 ご先祖様は遥か彼方を見つめながら煙草の煙を静かに吹く。悲しそうに下がる目尻と裏腹に紫煙は上空へと消えていく。

 

 「ごめんね。こればっかりはどうにもお手上げなんだー。あたしも夜刀神の一部みたいな感じだし、こうやってお祭りの日に抜け出すのが手一杯」

 「祭りの日は怒りが鎮まるのか」

 「そう。だからあたしが抑え込まなくても大丈夫なの。こうしてお祭りの景色を見ればヤト君にも伝わるから」

 

 嬉しそうなご先祖様。不思議な何かで同じ時を楽しんでるらしい。


 「それで? アタシに何か用か?」

 「ただ世間話がしたくて。一杯苦労させちゃったみたいだから」

 「ほんと……この特異体質。もう怒ってないけど、どうしてアタシだったんだ?」


 あんな願望を抱えている月乃に力が宿ってないってことは血筋なのだろう。

 でも爺さんの子供は何人か居たはずで、全員が島から出て行き、所帯を持ってると聞いている。爺さんの推理通り神の力を分け与えたのなら他にも候補は確実に居た。

 なのに特異体質になったのはアタシだけだったと爺さんが言っていた。

 ご先祖様は遠い彼方からアタシへと視線を移し、


 「分かんない」

 

 笑顔で言い切った。


 「そんなことだろうと思った」

 「うん。このままじゃまずいかもって思って、何年か前のお祭りの日に力をえいって飛ばしたら心優に宿っちゃった」

 「理由はご先祖様でも不明か」


 二人で携帯灰皿に煙草を押し付け、アタシは新しい一本を取り出す。

 必然だったとしても意味はまだ分からずじまいになってしまった。

 ご先祖様で分からないならもう誰も分からない気がする。


 「申し訳なさは一杯ある。でも、子孫の心優が誰かと笑えるようになってくれて安心した」

 「現代にもご先祖様みたいなのが居たおかげだよ」


 あの史実で例えるならアタシが夜刀神でご先祖様は月乃になる。

 月乃が居なかったらもっと長いことぼっちをやっていたと思う。何ならいつまで経っても拗れたまま過ごしていた可能性だってある。だからと言って流石に夜刀神みたいに人間を滅ぼすなんて思考にはならないけど。

 それを聞いたご先祖様はニマーっと笑いながら声を出す。


 「月乃ちゃんだっけぇ? 良い子だよねぇ?」

 「その顔、ムカつく」

 「根性焼きは駄目じゃない!? ご先祖様だよ!?」

 「線香代わり」

 「そんな線香があってたまるかー!」


 心底くだらない冗談と突っ込みだけで笑いが溢れ、ご先祖様も釣られて笑う。

 もう既に死んでるはずのご先祖様と一体何をしているのか。馬鹿みたいだ。

 ただ、それを楽しめるのが嬉しい。


 「ほんっとに、神様みたいなのがこんなところでヘラヘラしてて良いのかよ」

 「良いの良いの。どうせ希徳マレノリと心優にしか見えないから」

 「梵の家系でもご先祖様が見せたいと思う人しか見えない訳か。便利な体だ」

 「ま、とにかく楽しんで。折角お洒落もしたんだしさ」

 

 椅子から立ち上がり、宙に舞うご先祖様がウインクをアタシに飛ばす。

 祭りっぽい格好をしているだけでお洒落には程遠いと思うんだけどな。

 アタシは和服っぽいガウチョパンツに白いトップスの上から赤と黒を基調とした和柄の法被を羽織っている。

 スカートが好きじゃないから浴衣も嫌いなアタシが出せる祭りっぽさの限界。

 

 「法被が好きだから羽織っただけだ」

 「似合ってる。流石はあたしの血筋」

 「もうご先祖様の血は薄れてるからこれはアタシだけのもの」

 

 最後の紫煙を宙に浮かぶご先祖様に吐き出してやる。


 「うわっぷ、もう!」

 「へへっ、また来年な」

 「……うん、来年ね。もしもの時は心優たちを信じる」


 手を振ってご先祖様と別れる。

 気が付けば大通りの方が祭り囃子で賑わい始めている。それに呼応するかのようにスマホの通知音が鳴った。月乃からだ。


 『もしもし、いまどこ?』

 「外れの公園で一服してた。今、通りに出る」


 お互いの場所を電話で伝えながら月乃を探す。そろそろ見えてきてもおかしくないはずなのに一向に見当たらない。

 おかしいな……あの金髪は目立つはずなのにアタシの目で見つからないなんて。

 アタシの髪も目立つけど低身長だからこの人混みで見つけるのは大変だろう。


 「ソヨ! 後ろ後ろ!」

 「あぁ、そっちだったの——か」


 下駄の音に振り返り、やっと月乃を見つけた。言葉が詰まる。

 アタシの目に映るのは金髪の月乃じゃなくて——黒髪の月乃だった。

 その月乃を照らしているのは夕焼けか、提灯か。杏色の光を全て飲み込んでしまう真っ黒な髪と透き通るくらいに綺麗な桜色の浴衣。

 儚くて、アタシが触ったら消えてなくなってしまいそうで。

 ただ純粋に目を奪われている。

 アタシの心の奥底で微かに火が灯る。


 「似合ってる。可愛いな、月乃」


 それは心の中じゃなくて実際に口にしている言葉。

 気付くのに数秒掛かった。

 赤らんでいるであろう頬は提灯の光の所為だ。

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