第40話 ユニークスキル

 ユニークスキル。


 それは、現在までに世界でたった一人しか所有者のいないスキル。


 身近な例として思い出されるのは、女賢者のレアスキル『全魔法』である。


 天才少女のチートスキルは、人類史上初めて確認されたものだ。今後、何百年、何千年と歴史が積み重ねられて行く中で、同じスキルを手にする者が登場する可能性はゼロではない。ユニークスキルの所持者の子孫などには、それが再び授けられる可能性が比較的高いとも云われている。


 とはいえ、現時点で唯一無二ならば、それは紛れもなくユニークスキルだった。


 ボクのスキル『エロ触手』が、どうなのかと云えば――。


「いや、よく知らないよ」


 ボクは素っ気なく答えていた。


「調べたことが無いから、わからない。ユニークスキルはそれだけで価値あるものって云われるけれど……ハズレはハズレだって思っていたからね。どうでも良いっていうのが、偽らざる本音かな?」


 ハズレは、ハズレ。


 まあ、今では、そんな風に思っていないけれど。


 とはいえ、ユニークスキルに興味が無いというのも本音であり、そこは昔から変化していない。スキル『エロ触手』がユニークスキルだったとしても、ボクが抱き得る感想は、「そうか、世界で並ぶ者なきスケベ人間として認められたか……」ぐらいのやるせないものである。


 逆に、スキル『エロ触手』がユニークスキルでは無いとすれば、こんなスキルにも先達がいるわけで、教えを請うことができるかも知れない。ウソ、エロ触手にこんな斬新な使い方があったなんて……! みたいな。あるいは、苦難の人生を語り合うのも良いだろう。一晩、お互いに泣きながら飲み明かそうぜ。


「僭越ながら、ご主人様のそれはユニークスキルだと思われます」


「あ、そうなの……」


 楽しい宴会のプランは、思い付いてから一秒で失われた。


「はい。僕は、スキルに関しては学術的に学んでいた時期もありまして……。恥ずかしながら、それなりの知識を持っています」


「まさか、大学校にでも行っていたの?」


「はい。極東魔法学園を卒業しています」


「は……?」


 エリートじゃないですか。


「え、それでどうして、奴隷なの?」


「……色々と事情があるんですよ」


 触れて欲しくないのか、視線をそらす奴隷少年。


 知識豊富で、物腰は穏やか、気品すら感じさせる。極東魔法学園まで進学できる時点で、一定の財力、権力がある家の出身か、それらを覆せるほどの学力、魔法の才能があったことになる。前者か、後者か……奴隷少年の振る舞いからは、どちらの可能性も十分にありそうだけど。


 探るように、じっと見つめてしまう。


 やはり一番の特徴と云えば、顔立ちの良さ。


 薄幸の美少年という感じ。


 さらさらの銀髪に、儚さや悲しみの似合いそうな目元。ちょっとした皮肉も嫌味にならない、柔らかな笑み。中性的。耽美な物語の主役を張っていても不思議では無い。吸血鬼のコスプレをさせると完璧なぐらい似合いそうだけど、その場合、褐色の肌だけイメージと違ってくるかな。


「奴隷少年の出身地は?」


「僕のことを訊くのはやめてください。大した話はありませんから」


 出会った時から、自分自身の話はほとんどしない。


 ボクは、彼の褐色の肌について考える。単純に考えると、大陸の西部出身だろうか……。奴隷船の目的地である砂漠地帯は、まさに奴隷少年みたいな肌色の人種が多い。顔立ちだけならば、北部っぽい気もするけれど――。


「ハーフ?」


「……ご主人様、僕の話は面白くありませんよ。ご勘弁ください」


 ちょっと動揺が見られた。クリティカルヒット?


 うーん、砂漠の民の混血児とか? そうであれば、奴隷船でこのまま里帰りという可能性もあるのかな。極東魔法学園を卒業した身で、なぜ奴隷なのか全然わからないけれど。


 まあ、理屈の通らない理由で奴隷になることもあるだろうさ。具体例として、ボク自身のことがあるので、可能性は無限大。勇者パーティーの仲間だったのに、ある日いきなり奴隷に仕立てられるのだから、世の中、なんだってあり得る。


「実は、王族とか?」


「……」


 砂漠地帯を中心とした土地は、ある小国が治めている。通称、砂漠の国。数世代の間、女系の王が続いていることで有名だ。正確には、美しき砂の女王が大衆に人気らしい。


 砂の王族は女系が絶対的な強さを持つため、男性に生まれたら不遇とも聞くけれど……。まあ、さすがに、奴隷少年がそうであると予想するのは、小説の読み過ぎだろう。王族なのに奴隷なんて、さすがにねぇ……。もしそうだったら、波乱万丈の人生である。なんとなく、よくある政治と権力のゴタゴタが想像されるし、まさか現女王に復讐を誓っているなんてことも……。


「ご主人様。なにか変なことを考えてませんか?」


「ん。いや、別に……。魚の調理方法とか考えていました。奴隷少年は何が好き? 焼く、煮る? フライにする?」


「ご主人様の食べたいものを教えていただければ、奴隷の僕が調理しますよ。どうしてご主人様が振る舞ってくれる前提なんですか?」


 まあ、詮索はこれぐらいにしておこう。嫌われるのは望んでいない。


「脱線しましたが、極東魔法学園で学んだ程度にはスキルの知識を持っています。ご主人様のスキル『エロ触手』は、過去に同一のものが存在したという記録はありません」


「疑うわけでは無いけれど、奴隷少年が忘れているだけの可能性は?」


 スキル図鑑みたいな大衆娯楽の本もある。


 専門的な学術書に比べれば、できるだけ一般的なスキルが取捨選択されているけれど、それでも分厚い書籍である。普通の人間では、それすらも丸暗記するのは不可能なレベルだった。


「もちろん、僕も、古今東西のスキルデータを隅々まで網羅しているなんて豪語するつもりはありません。ただ、しかし……」


 奴隷少年は、ちょっと申しわけなさそうに続けた。


「その、エロ触手なんてスキルがあったら、忘れたくても忘れられないと思います……」


「うん、そうだね……」


 そんなわけで、スキル『エロ触手』はユニークスキルでした。世界で他にも、こんなスキルで人生を踏み外した人がいないのは良かったね。


 一方で、ボクは、世界で唯一人のスケベ人間に認定されました。


「ご主人様、ドンマイです」


 毎度のごとく死にたいと思ったけれど、奴隷少年が間髪入れずに慰めてくれた。ちょっと救われるね。

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