第35話 同棲

 洋上生活も一週間を過ぎる頃には、ボクの生活拠点は船長室となっていた。


 メイドみたいに船長室の掃除をしたり、女船長の衣服を洗濯したり、あるいは奴隷の売買記録の帳簿付けを手伝ったりして、日々の大半を過ごしている。食事も、朝晩、女船長と共にテーブルを囲んでいた。


 近頃は、船員たちから怒鳴られることも無くなっている。甲板を気晴らしに散歩している間も、遠巻きに舌打ちされるぐらいだ。奴隷としての仕事は暗黙の内に免除されており、代わりに、毎夜、女船長をどっぷり快楽に漬け込むのが基本業務みたいになっていた。快楽漬けの熟成が進んで来たのか、最近は船内の見回りや打ち合わせにも、ボクをわざわざ連れて行きたがるので困ってしまう。さり気なく腕を組んで来るので、丁重にいつも振り払っている。


 曰く、片時も離れたくない。


 恋愛小説みたいな台詞である。薄幸の美少女に云われたらトキメク可能性もあったかも知れないね。女船長は美人ではあるけれど、恋愛対象にはなり得なかった……ボクは平凡な人間なので、ゴメンね。


 夜、エロ触手のプレイを終えた後は、そのままいっしょに寝る。


 ほとんどの奴隷は、船内の固い床でそのまま横になっている。さすがにそちらを選択するよりは、寝ぼけた女船長から抱きマクラ扱いされる危険があっても、船長室のベッドの方が遥かに快適だった。


 寝物語で、色々と身の上話を聞いた。


 ボクから話題を差し向けたわけでも無く、女船長もペラペラと自分語りをしたい性格では無かったと思うけれど、ベッドでいっしょに寝転んでいると、そんな気分になったりするらしい。それは、まあ、わかる気がした。ボクも、黙って聞くだけならば苦ではない。


 この奴隷船は元々、彼女の祖父のものだった。


 当時の積み荷は奴隷ではなく、穀物だった。北方にあった肥沃な土地で栄えた■■国からの仕入れで、貿易船として羽振りが良かったそうだ。


 ■■国は、云わずと知れた、先代の魔王を生んだ地。


 それゆえ、魔王の討伐から間もなく、■■国も滅んでしまった。


 最大級の穀倉地帯というだけで無く、経済的、文化的にも栄えていた土地の消失は、当時の大陸全土を大いに混乱させたそうだ。まあ、知った顔で語るのも恥ずかしい。ボクの生まれる随分と前の出来事であり、歴史の授業で習った内容に過ぎないことだ。■■国の支配階級であった■■■も、今日に至るまでに大半が討伐対象として――ああ、しまった、これはダメな内容かな。黒塗りされる内容かな?


 ……うーん、どうだろう。


 ボクには、わからない。


 わからないので、うん、やっぱり止めておこう。


 おそらく、スキル『魔王』の影響を受けてしまう可能性が高い。


 スキル『魔王』は■■■■■■■■■。


 だから、他の機会に■■■については物語ろう。


 ボクはもちろん、先代の魔王の名前を知っている。


 歴史の授業で、誰だって習う。口伝される。


 先代の魔王は、■■■■■という名前の■■■だった。


 しかし、先々代の魔王に遡ろうとすれば、それはさすがにわからない。知らない。ちゃんとした専門家や学者には伝わっているだろうけれど、ボクみたいな一般人が知っていられるのは、スキル『魔王』の効果で一世代前ぐらいが限界なのだ。


 本題に戻ろう。


 とにかく、女船長の祖父の商売は、北方の穀倉地帯からの仕入れが出来なくなった頃から急速に傾き始めたらしい。それでも船を守り、海で生きて行くため、手を出したのが奴隷商売だった。女船長曰く、「ジイさんはとにかく下手糞だった」。売り払うはずの奴隷に情がわいてしまい、船員として取り立ててやったり、航海中に人並みの待遇を奴隷たちに与えるから、利益が全然上がらなかったり……そんな愚かしくも愛すべき祖父が亡くなったタイミングで、ちょうど15歳、神託の日を迎え、女船長はスキル『海越え』を授かった。


 女船長は、オンボロの奴隷船を見上げながら、「ああ、仕方ないね」と人生を捧げる覚悟を決めたそうだ。


「夢見がちなガキだったからねぇ。今思えば、人生の選択を早まった気もしているよ」


「でも、後悔はしていないみたいですね?」


「身内の中で、ジイさんとは気が合った。金を稼ぐだけならば、もっと楽な人生もあったに違いないが……。古臭いこの船で、ジイさんよりも上手くやれるならば、それはたぶん良い生き方だろうって納得できる。……いや、若かったね。バカだった」


 年寄りみたいに云うけれど、それほど昔の話では無いようだった。


 他にも色々な寝物語を組み合わせると、女船長の年齢は二十代後半ぐらいか。


「15歳から、今に至るまで、ただ必死だったからねぇ……。こんな風に語って聞かせる機会なんて無かった。愚痴を云っているつもりはないけれど、なんだか女々しい気分にもなっちまうね。でも、意外とスッキリして悪くないよ」


「触手でスッキリした後だけに……」


 茶々を入れると、ベッドから蹴落とされた。


 床の上で一人、大の字に転がりながら、不意に思う。


 欲望の街で働いていた頃、高額な代金を支払っての大事なプレイ時間は、大半のお客さんがエロ触手にすべてを費やすことを望んだ。しかし、本当にごく一部、物好きがいた。


 エロ触手の快楽攻めでバカになった空っぽの頭で、最後にちょっとだけ、ボクとの会話を楽しむ人たち。女船長との寝物語と同じようなものである。これまでの人生と、これからの人生を、ただ静かに話し込んでいた。時々、相づちを打つ程度で、ボクは聞き流してばかりだったけれど。


 三愚姫というバカたちは、もしかしたら、そんな客の中にいたかも知れない。


 なんとなくの、勘。


 当たっていなければ、その方がむしろ良い。


 エロ触手だけに執着している方が、まだ助かる。


 ボク自身にも興味があるなんて事になったら、余計に厄介だろう。


「つれないねぇ。あたしは、こんなにも君を愛しているのに……」


「触手に対する性欲で、人間に対する性愛がバカになっているだけですよ、それ」


 女船長から手を差し出されて、ベッドから落ちた場所で、ボクは手を伸ばした。


 引っ張り上げられながら、ため息。


 まあ、こんな風に、女船長との同棲生活みたいな日々がだらだら続き――。


 航海が始まってから、半月が経った頃である。


 複数の怒れる船員たちから、ボクは襲撃されてしまった。

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