第7話 エロ触手 VS 女モンク&女アーチャー(1)

 勇者パーティーの仲間に加わり、はじめての夜を迎える。


 はじめての夜……もちろん、「はじめて」って言葉に特別な意味はない。断じて、エロい意味ではない。スキル『エロ触手』のおかげで、あらゆる言動に淫靡なニュアンスを含んでいるようかのように誤解されるが、ボク自身は澄んだ小川のような心の持ち主である。清純派ヒロインのようなボクである。


 嘘である。


 ボクのような人間は、どう足掻いても汚れキャラ。


 はじめての夜がエロくないというのも、これまた嘘である。


 勇者パーティーの仲間として、ファーストステップのエロ体験――。うん。前話をマジメに語り過ぎた反動か、テンションが高めになっているのを自覚する。何卒ご了承願いたい。頭をバカにしなければ、やっていられないような話題もあるのだから。


 何はともあれ。


 ワクワクドキドキの初夜を語ろう。


 欲望の街を出発してから半日の間、ボクは何もすることなく馬車に揺られていた。ぼんやりと上の空になってしまい、勇者パーティーのメンバーに対する気遣いが欠けていたことは否めない。


 うん、これは良くないだろう。


 勇者パーティーの一員として、ボクは新参者である。社会人で云えば、新卒一年目の入社初日みたいなもの。挨拶と自己紹介を済ませただけで、仕事を何も手伝わず、やる気も見せず、ぼんやり黄昏ているだけのヤツはどんな風に思われるだろう? 考えるまでもない。「死ね」である。あるいは、「人事死ね」である。


 そう考えると、ボクが役立たずの烙印を押された場合、採用を決めた女勇者に怒りの矛先が向いてくれるかも知れない。ボクが転職を望んだわけではなく、女勇者からヘッドハンティングされたようなものだから。


 手を差し伸べたのは、女勇者。


 ただし。


 彼女の手をつかみ取る選択は、ボクの意思によるものだ。


 勇者パーティーとして旅立つことを決めた以上は、他人に責任を押し付けるばかりではダメだろう。スタートがどのような形であれ、走り出してしまった後は、楽しむのも、苦しむのも、すべては自分次第である。


 結局、夜は街道沿いで野営となった。


 元々の旅計画は、早朝に出発して陽が落ちるまでに次の街にたどり着く予定だったらしい。ボクの仲間入りという珍騒動が発生したため、出発時間がかなり遅れてしまい、道中で夜を迎えることとなった。


 ボスや組織の構成員とのドンパチを思い返す。


 現状、ボクはパーティーに迷惑しか掛けていないぞ。


 これは、新参者として、かなりのピンチである。


 汚名返上する必要があった。


 そんなわけで、大歓楽街の元帝王として何ができるかを考えこむと、やっぱり性的サービスだろうと閃きがピコーンする。ひとつ気合を入れて、みんなの寝込みにスキル『エロ触手』を全力でいきますか……や、や、やってやるぜ! なんて計画を真剣に練っていた所で、ボクに初めての仕事が回って来た。


 うーん、冷静に後から振り返ってみると、ハリキリ過ぎて大事故を起こす新人みたいでしたね。


 はじめての野営で、ボクは料理当番を任された。


 そう云えば、みんな、料理がダメなんだっけ……。女勇者が大袈裟に云っているだけかと思っていたけれど、それが紛れもない事実であることはこの後すぐに判明した。


 ボクは馬車に積み込まれていた食材から、できる範囲で工夫を凝らしつつ、野菜ごろごろのシチューを作ってみた。これまで数年間、誰かに食べてもらうための料理をする事は無かったため、かなり自分流の味付けである。作り終えた後で、みんなの味の好みを把握すべきだろうと今後の課題をメモする。


 果たして、味の評価は――。


 全員、号泣していた。


 ……なぜ?


「野営で、食べられるものが出て来るなんてっ!」


「見てください。野菜が真っ黒ではありませんよ!」


「味が、する……っ!」


「痛くないっ!」


 いや、どんなレベルの話をしているんだろうか?


 美少女ならば許されるメシマズ属性だけど、四人全員が兼ね備えているのは天文学的な確率ではないだろうか。


 ビビりながら追及してみると、女勇者が作ると『あらゆる食材が消費されるだけで、何も完成することはない』。女モンクが作ると『シンプルに死ぬほどマズい』。女アーチャーが作ると『毒性を帯びる』。女賢者が作ると『爆発する』。いや、メシマズ属性でわざわざ個性を出さなくて良いよ!


 そして、おわかりだろうか? 口に入れられるものが出来上がるという悲しき消去法で、これまでの料理担当はほとんど女モンクであったという事実を。


 彼女に泣きながら云われた。


「これからの料理当番は、全部、あなたにお願いするわ」


「……はい、任されました」


 ボクも四人全員が号泣するレベルの料理を口にする勇気はなかったので、野営時の料理はすべて任されよう。命は惜しいので、望むところだった。


「あ、ありがとう。あなたが仲間になってくれて良かった」


 本気で、泣かれる。


 わずかに半日前、嫌悪感をハッキリ示されながら、『仲間として認めない』と宣言されていた気もするけれど……。いや、ボクの方から蒸し返す必要はないだろう。勇者パーティーに受け入れてくれるならば、その方が良いに決まっているのだから。


 というか、感極まったかのようにハグまでされる。


 女モンクだけでなく、他の三人からも抱き着かれた。


 号泣する四人から力いっぱいに抱き締められているボクは、突如として訪れた人生初のモテモテ期に困惑する。個性豊かな四人のヒロインから誰を選ぶか、みたいな感じですか? それとも目指すべきですか、ハーレムルート? でも、女賢者は犯罪ですね。攻略対象外。ボクはわけのわからない思考に陥りながら、とりあえず、手短なところにあった女モンクの胸を揉んでみた。


 ぶっ飛ばされた。


 アッパーで、夜空に舞い上がる。


「い、いきなり何すんのよ! バカなんじゃない!」


 バカであることは認めよう。だが、それゆえに悔いはないさ。

 

 閑話休題。


 食事を終えた後には、焚き火を囲みながら、五人全員で取り留めもなく話し込んでいた。幸運な時間である。新人のボクには知るべきことが山のようにあるからだ。


 例えば、勇者パーティーが魔王を倒すために旅するというのは、誰だって知っている。吟遊詩人が語り継ぐ英雄譚は、みんなの憧れ。魔物を倒し、ダンジョンを踏破し、仲間を集めながら剣と魔法の腕前を磨いて、やがて魔王と直接対決する。フィクションとしての物語はなじみ深いけれど、現実的に日々どんな活動をしているかは、意外と想像できないものだ。


 明日以降のスケジュールを聞くだけでも、勇者パーティーの実態みたいなものが見えて来る。半日前まで大衆の一人に過ぎなかったボクからすれば、些細な部分まで面白く感じられた。


 さらに、パーティーメンバー四人それぞれの性格やら個性やら、何気ない会話で見えて来るものは多い。これからずっと顔を突き合わせる彼女らは、職場の同僚みたいなものだろう。余計な波風立てないためにも、できるだけ把握しておきたかった。


 そのように話し込む中で、勇者パーティーにおけるボクの立ち位置は『あそび人』に落ち着いた。他に当てはまる役職が無いので仕方ないけれど、ボクでは力不足な気がする。まあ、がんばろう。


 勇者パーティーと云えば、少数精鋭の戦闘要員ばかりで構成されているのが一般的なイメージ。ボクのような非戦闘員が加わることは歴史的にもイレギュラーなのだ。


 戦闘力皆無のボクは、自ら進んで、パーティーの雑用を引き受けることにした。旅の途中に生じる面倒なことや厄介なこと、そうしたエピソードが出て来るたび、「それでは、今後はボクがやりますよ」とサクサク引き取っていく。


 料理、街に到着した際の宿泊場所(あるいは、拠点)の確保、行政機関との諸連絡、消耗品の買い出し、冒険者ギルドとの連携、パーティーの帳簿の管理などなど。


 一応、女勇者の性欲処理も業務リストに書き加えておいた。ため息。


「そろそろ、火を消そうか」


 食事の片付けを済ませて、いよいよ就寝というタイミングで知ることになったのは、女賢者のスキル『全魔法』の万能さだった。


「では、みなさん、行きますね」


 緑魔法『リフレッシュ』。


 主に、毒などの状態異常を治癒するための魔法である。


 人体の正常化が本質らしく、ニキビ、肌荒れ、疲れ目なども改善する神のごとき美容効果を持つ。野営時にこれを使用する理由は、先んじて説明されていた。ボクは半信半疑だったけれど、全身がミント色の光に包まれた後のサッパリとした清涼感には、素直に驚かされる。


 人体をキレイに保つことも、緑魔法『リフレッシュ』の効果範囲らしい。これでもう風呂要らずと云いたくなるけれど、残念ながら、そこまで万能ではないらしい。人体に由来する皮脂汚れなどは『リフレッシュ』が完全に取り除いてくれるけれど、そうでないもの――砂埃であったり、料理でたくさん刻んだ玉ねぎの匂いであったり、あるいは、化粧を落とすことなんかも効果の範囲外ということだった。


「ご希望であれば、青魔法『バブル』で水浴びもできます。赤魔法を併せて使えば、お風呂だって準備できますよ。でも、一晩ぐらいならば『リフレッシュ』だけで済ませてしまうことがほとんどですね。なにか不便に感じることがあれば、ぜひご相談くださいね。大体のことは、魔法を組み合わせれば解決できます」


 女賢者の言葉に偽りなく、いざ横になる時には、馬車を中心として白魔法『サンクチュアリ』を発動させる。薄膜のようなドームが形成されると、夜更けの肌寒さがスッと薄らいだ。気温対策は副次的な効果らしく、ドームは盾のような性質の結界で、野山に生息している魔物ぐらいであれば、絶対に入って来られないということだ。一旦発動させてしまえば、女賢者が眠っても半日は維持されるらしく、これで夜通しの見張りを立てる必要もなくなる。


 さらにまた、白魔法と青魔法を何やら組み合わせた女賢者は、パーティー全員分の寝床まで用意して見せた。布団の形をした、雲の塊みたいなもの。……いや、なんだこれ? 手で触ってみると、モチモチだった。試しに横たわってみると、身体がゆっくり沈み込んで行くものの、途中でしっかりとした固さに変わっていき安定する。曰く、オリジナルの合成魔法『クラウドウィーブ』。ボクは感動する。あまりの寝心地の良さに、これを量産するだけで一生食っていけるのではないかと興奮してしまう。


「時間が経つと、魔法が解けて、無くなってしまうものですから」


 女賢者は困ったように笑っていたが、魔法を褒められるのは満更でもない様子だった。


 ならば、ボクは惜しみない賞賛を送り続けよう。感動と共に、拍手を続ける。


 だんだんと照れて赤くなる女賢者。可愛すぎる。いい子すぎる。


 一家に一人は欲しい女賢者だった。便利すぎる。何でもできる。


「就寝!」


 女勇者が寝る前のテンションとは思えない、意気揚々とした調子で灯りを消す。云い方が完全に、「突撃!」って感じなんだよ。そしてまた、真っ暗になると同時に、女アーチャーの方からはキュポンと酒瓶の蓋を抜く音が聞こえて来るし……。


 まあ、気にするのはやめよう。


 長い一日だった。色々あった。


 疲れている。


 目は、冴えているけれど。


 おやすみなさい。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……まあ、ね。


 夜の本番は、これからですよ。


「ねえ、ちょっと。起きてる?」


 ボクは眠れないまま夜空を見上げていた。


 女モンクが近寄って来て、耳元で小さく声をかけられた。


 ああ、ヤバいぞ。ボクはそう思った。わざわざ神妙に話しかけられるなんて、これはたぶん、胸を揉んでしまった件についてだろう。出来心である。密着状態で、そこに胸があったから、無心の内、ボクの手は伸びた。やましい気持ちではなく、どちらかと云えば、無我の境地。そこに胸があり、気がつけば、そこにボクの手がある。


 ……これで、言いわけになるか?


 ……。


 無理。


 ボクは覚悟を決めた。


 残念。ここでボクの冒険は終わってしまう。


 どうか、次回作にご期待ください。


「さあ、殺ってください」


「なんの話? まだ起きてるなら、付き合ってよ」


 おや? 怒ってはいない様子。


 意外と、わだかまりの無かった女モンクである。


 ボクは素直に云われるまま、寝床から起き上がった。


 女勇者たちは既に熟睡しているようなので、話し声で起こすのも申し訳ないだろう。彼女に先導されて、無言でしばらく歩き続けると、白魔法『サンクチュアリ』の結界からも外に出てしまう。


 女モンクがいっしょなので、魔物と遭遇しても危険は無いだろうけれど、街道からも距離のある森と森の境目のような鬱蒼とした場所である。ちょっと怖かった。


「ねえ……その……」


 結局、何でもない場所で女モンクは足を止めた。


 話がある、という態度。


 ただし、しばらく云いづらそうな表情で、両手の動きがパタパタと慌ただしかった。女モンクは話題を繋ぐみたいに、ポンッと疑問を口にする。


「あの時、どうして避けなかったの?」 


「……あの時?」


「酒場で、刀を振り下ろされた時……。あなた、死ぬつもりだったの?」


 最初は何の事かと思ったけれど、欲望の街を出る際のいざこざで、ボスに攻撃された時の事を云われている。ボクは自ら進み出て、女勇者とボスの間に割り込むような危険を冒した。


 別に、死ぬつもりはなかった。


 ボクは凡庸な人間なので、死ぬのは怖い。痛いのは嫌だ。斬られて殺されるなんて、そんな目に遭うぐらいならば、全力で逃げるし、みっともなく命乞いだってするだろう。他の場面ならば、きっとそうした。


 死んでしまうぐらいならば、プライドはゴミみたいに投げ捨てるクズだって自覚している。つまり、そこら辺にいる有象無象な人間の一人に過ぎない。弱っちくて、みっともない。


 それでも、あの時は――。


「ボスには、権利があると思ったからね。殺す権利? カタを付ける権利かな? あれでも、ボクには恩人みたいな人なんだ。死にたくはなかったけれど……ここで死ぬのは、ちょっと納得できるなぁ……って、思えた。だから、そうなるならば仕方ないって、あきらめ――」


「……バカなのね」

 

 ボクの言葉を最後まで聞く必要は無いという風に、女モンクは苦々しい表情で遮った。


「アーチャーも云っていたけど、その感じだと、本当にすぐ死にそうね。自己評価が低すぎるんじゃない? あなたが死んだら、悲しむ人だっているんじゃないの?」


「残念ながら、泣いてくれそうな人は誰もいないよ。家族にも、たぶん、二度と会うことは無いからね」 


 むしろ、ちょっとでも悲しんでくれるのが、ボスぐらいだった気がする。……いや、どうだろうか。やっぱり、何も気にされないかな? その人自身に殺されそうになったのだから、どうでも良い想像だけどね。 


 ボクだって、今日の行動がマズかったことは反省している。女勇者が守ってくれなければ、本当に死んでいた。


 ボクは今、ここに生きて立っているけれど、そうならなかった可能性も十分あって、どちらが本当に正しいルートだったのかは、現時点でまだ判断が付いていない。


「もっと、自分を大事にした方がいい」


 女モンクから、そんな風に説教された。


 わかった、と受け入れるのは簡単だったけれど、ボクは返事に窮してしまう。自分を大事にする、か……。それはたぶん、臆病に身を守ることでは無いんだろう。ビクビク震えるだけならば、これまでと何も変わらない。


 ボクは考え込み、しばらくの沈黙。


 夜の静寂に居心地を悪くしたような女モンクは、やがて唐突に云った。


「ごめんなさい。今日は酷いことばかり云ってる」


「……え?」


 予想外の謝罪の言葉に、ボクの思考も中断する。


「本当は、最初から謝ろうと思っていたのに、余計なことばかり……時々、自分でも嫌になるわ。ちゃんと頭も下げて云い直す、ごめんなさい!」 


 女モンクは本当に深々と頭を下げた。


 謝られて、逆にびっくりして何も云えないボク。実のところ、全然気にしていなかったのだけど……。


 というか、ボク自身が、今もまだ勇者パーティーの一員としては絶望的に力不足で、役立たずだろうって自覚している。女モンクが嫌悪感をぶつけて来たことの大半は、そりゃそうだという部分ばかりだ。


「……ゆ、許してくれる?」


 恐る恐ると云った表情で顔を上げる女モンク。


 ……うん。誠意を見せてくれている彼女に対し、こんな感想を抱くのはまったく不誠実とは思うのだけど、本能的に湧き上がる気持ちってヤツは止められない。これまで強気でガンガン、ツンツン来ていた彼女が、こんな表情を見せてくるとは思わなかった。なんだろう、トキメキ……? 胸がほんのり熱くなる。僕よりも場数を踏んだ大人であり、プロフェッショナルな彼女が、いきなり同年代の女子に変わってしまった。


「許すも何も、ボクの方こそ……」


 謝ることばかりである。


 頭を下げた所に、女モンクの手が差し出された。


「じゃあ、改めて、これからよろしく」


「……うん」


 ひとまず、最悪の人間関係からスタートという事にはならなかったようだ。まだ初日であるから、どれだけの困難が待ち受けているかは未知数だけど、ひとまずの感想として「なんとかやっていけそう」かな?


 今度は、すぐに寝られるかも知れない。


 ボクの気持ちは、そんな風に一日の終わりに向かっていたのだけど……。女モンクには、もうひとつだけボクに云いたいことがあったらしく、握りしめた手は離されていなかった。


「ねえ……ところで……」


 意を決したような声色で、それでも視線をそらしながら、女モンクは小さくつぶやいた。


「あなたのスキル、見せてよ」


 夜中に二人きりで、恥ずかしそうに。


 スキル『エロ触手』の披露を求められた。

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