第8話 エロ触手 VS 女モンク&女アーチャー(2)

「か、勘違いしないでよねっ!」


 ボクがどんな表情をしていたのかは、鏡がそこに無かったのでわからない。ただし、それなりに変な顔になっていただろうことは、女モンクの反応から推測できた。


 自分から切り出しておきながら、真っ赤な顔で自己弁護をはじめる女モンク。


「仲間だったら、お互いのスキルを把握しておくのは当然でしょう! ほら、あたしのスキル『拳聖』は酒場の戦闘でちゃんと披露したから……だ、だから、あんたのハズレスキルも、見せてくれても良いというか、見せるべきでしょう!」


「話は聞かせてもらった! ワシ登場!」


「ギャア!」


 近くの茂みから、女アーチャーが不意打ちで飛び出して来た。


 顔だけ、ニョッキリと。


 女モンクは悲鳴を上げたけれど、ボクは逆にドキドキと言葉を失っていた。


「気配を消して潜んでるんじゃないわよ!」


 女モンクは気合を入れて両手を突き出し、なにやら凄そうな衝撃波を放つ。


 茂みが、爆発四散。


 女アーチャーは当然のように回避しており、くるくるとバク転、バク宙を繰り返しながら、ボクらのすぐ近くに降り立った。サーカスの軽業師みたいである。


 酒場の戦闘時にも思ったことだけど、のんべんだらりとした普段の様子とは対照的で、本気を出すと素早い。スキル『弓術』……エルフという超長命種だから、平凡なスキルながら、長年鍛え続けてレベルが高いのが特徴ということだ。弓使いって、歩兵の中でも動き回るタイプでは無いと思うけれど、どのような鍛え方をしているのだろうか?


「モンクよ、抜け駆けは良くないぞ。だが、気持ちはわかる。ワシも、最初こそは未熟な小童と侮っておったものの、女勇者を虜にして、ヤクザ共があれだけ執着する『エロ触手』というものに、だんだんと興味が湧いて来ておったところよ」


「あー、もう! だから、勘違いしないでよっ! あたしは、仲間としての責任というか、義務というか……不埒な気持ちで云い出したわけじゃないっ!」


「よいよい、わかっておる。お主も、なんだかんだ若いのー。勇者と違って、メンタルは強めであるものの、浮いた話がさっぱりなのは同じだからのー。せっかくナンパしてくる男があっても、対応方法が原則は血祭りなのはどうかと思うし、ハメを外してみるのも良き経験となるだろうよ」


「だーかーらー」


 エロいことに興味があるお年頃という前提で話を進める女アーチャーと、がんばって否定するのがバカらしくなって来たような女モンク。やっぱりと云うべきか、女アーチャーは酔っ払っている。ふらふらと、楽しそうに笑いながら饒舌である。


「あの、すみませんが……」


 二人のやりとりに、ボクは口を挟む。


「御二方の理由付けはともかく、望みのモノは同じですよね。スキル『エロ触手』を披露するぐらい、ボクは全然構いません。仕事で毎日、大勢を相手にしてきたスキルなので、今さら出し惜しみするようなものでは無いです」


 所有スキルは、個人情報。


 誰にも明かさない、絶対の秘密――などと徹底している者はさすがに珍しいものの、大っぴらに明かす者も少ない。仲の良い相手から訊かれれば、大抵はあっさり教えるだろう。逆に、見ず知らずの人間からいきなり訊かれたら、ちょっと嫌な気分になるかも知れない。


 スキル『エロ触手』は、ハッキリ云って第一印象が最悪のスキルである。


 寝耳に水でこのスキル名を聞けば、ほとんどの人間がドン引きするだろう。


 そのため、積極的にオープンするつもりは無いけれど、女モンクと女アーチャーの二人は諸々承知の上で見てみたいと云って来ているわけで、それを拒否する理由は特に無いのだ。


 女モンクはたぶん、言葉通りだろう。エロ目的では無い。もしかしたら、ちょっとぐらい興味はあるかも知れないが、付き合いの浅いボクにはそこまで読み取れない。先ほどは、「ごめんなさい」と頭を下げてくれた彼女。その真摯な気持ちの延長線上にある話だと、なんとなく理解している。


 都合の良い解釈かも知れないけれどね。


 彼女は、ボクをちゃんと理解するつもりなのだ。


「ほー、やった。楽しみだ」


 女アーチャーは酔っ払いらしく、パチパチと拍手していた。


 ……うーん。


 たぶん、こちらは純粋なるスケベ心。


 あるいは、ただの興味本位だろうか。


「さあ、見せてみなさい!」


 決戦に挑むみたいに、闘気を高める女モンク。


 いや、そんなに大したものではないですよ?


 ため息を吐きつつ、ボクは指を鳴らした。


「ポチ」


 ボクら三人の中心地点に、虚空の穴が生み出される。


 旅立ちの疲れはあるものの、それでも六本、エロ触手がコンバンハ。


「ヒッ……し、信じられない。こんなグロテスクな……」


「なるほど。これはなかなかの逸品……いや、珍品……」


 見るのも嫌とばかり顔を背ける女モンク。


 興味津々に触手の先っぽを撫でる女アーチャー。


 両極端な反応に、エロ触手も困惑気味である。「どうします、やりますか?」みたいな調子で、ボクの方を向いて鎌首をクイクイと指示を仰いでくる。


 いや、やらないよ。


 やるわけが……。


 うん。


 スキル『エロ触手』がどんなものであるか、パーティーの一員として情報共有は大切だろう。果たして、エロ触手を召喚しただけで、ボクのスキルを本当に披露したことになるのだろうか。スキルの本質は、「エロ触手」だけでなく、「エロいこと」である。


 そんな風に考え込んでいたら、女アーチャーが服を脱ぎ始めた。


 ……んん?


「エルフなんて、だらだらと長生きで退屈な種族さ。この世のすべてを経験、体験してしまい、何もかもに飽いていく。だから、いつでも新しいものに飢えている。ぼんやりと頭の中に立ち込める暗闇を、雷鳴のように裂いてくれる未知の刺激……ああ、久方ぶりに期待できそうだ」


 滔々とした語り口だけど、身も蓋もなく云えば、エロ触手という未体験のプレイにワクワクが止まらねぇってことですかね。


 ヤルってことですね。


 まあ、エロ触手を男性のアレに例えてみるならば、女性の方からの「経験ないから、ちょっと見せてよ」みたいな申し出からのポロリというシーンみたいな現状である。ここまで来て、「はい、終了~」という不完全燃焼は、たぶん神様だって許さないだろう。読者だって許さない。何を云っているのか自分でもよくわからないけれど、まあ、そういう事なのだ。


 女アーチャーは、黒のフード付き上着を脱いで、さらに袖のない貫頭衣にも手をかける。躊躇はまったく無かった。顔立ちは十代の美少女で、服を着込んでいると、体形もそれぐらいに見えたけれど……うん、着痩せするタイプでしたね。実年齢を考えると、大人なのは当たり前か。揃いの真っ赤な下着は、薄くて透けていて、レースのひらひらも可愛くて、やっぱり大人の印象が強いものだった。


 下着にも手を伸ばす女アーチャー。


 ボクは慌てて、「待った」をかける。


「そこは、触手にお任せください。最初から裸よりも、下着ぐらい着けている方が……」


「ん? そういうものか。プロが云うならば従おう」


 下着と靴だけの恰好になった女アーチャーは、女モンクの方を見た。


「モンクはどうする?」


「ど、ど、どうするって、どうすればいいの?」


 大いに混乱しているようだった。


 女アーチャーがニヤニヤ笑いながら、距離を詰めていく。


「ギャー、脱がさないで!」


「着たままだと、たぶん、粘液でベトベトに汚れるぞ?」


「あ、あたしは見るだけ! やるなんて云ってない!」


「いやいや、仲間だろう? 苦楽も快楽も共にしてこそ、だよ」


 ハラハラドキドキしながら二人の攻防を見守っていたボクだけど、結末から報告すると、女モンクは脱がされた。これも意外だったけれど、ラフな普段着の下から出て来たのは、高級品と思しきピンクのベビードールである。恥じらう表情、スラっと滑らかな肢体も含めて、気品すら感じさせる美人に化けた。


「おお……」


 やるね、女モンク。


「な、なに見てんのよ……」


 怒りの台詞も、全然迫力が無い。


「さあ、準備はできたぞ」


「ま、待って。あたしは、良いなんて云ってない」


 ボクは一瞬の戸惑いの後、決意を固める。


 ここで中止という選択肢は、やっぱりあり得ない。


 仮に、一万人にアンケートを取ってみた所で、たぶん一票も入らない。


「ポチ、行っておいで。ご飯の時間だよ」


「あ、あたしたちはエサかーっ!」


 女モンクの悲鳴の中、エロ触手が二人に襲い掛かる。


 既に、夜更け。


 さすがに、全力を尽くして『二時間の触手スペシャルコース』はマズいだろう。睡眠時間が削られるだけでなく、体力もガッツリ失われる。ここは、『初回限定お試しコース』を提供する。エロいことに関して、どうやら経験値0だったらしい女モンクは、わずかに20分間だけのプレイで泣き叫んでいた。


 いや、別に酷いことをしているわけではないよ?


 わざわざ大金を支払ってやって来る常連客だって、みんな、阿鼻叫喚である。涙はもちろん、人体に関係する色々な液体をスコールのように垂れ流す。そして、それでスッキリ大満足する。


 大歓楽街の帝王と呼ばれた技術を見せてあげよう。力加減ぐらい、わかっているさ。いざという時には引く。はい、ここっ! すると、エロ触手から解放された瞬間、女モンクは、「あ、やだぁ……。終わっちゃらめぇ……。もっとぉ、もっとぉー」と媚びるぐらいまで仕上がった。


 うーん、良い仕事である。


 完璧ではないか。


 満足感から星を見上げていたボクに、渾身の右ストレートが炸裂する。


「なにすんのよ、このばかぁ!」


 粘液ドロドロの全裸状態でも、スキル『拳聖』のステータスは落ちないらしい。


 徒手空拳のスキルの強みですね、はい。


 吹き飛ばされたボクは、地面に倒れ伏しながらそんなことを思っていた。


「で、で、でも、気持ち悪いのは、気持ち悪いけれど……」


 女モンクは真面目なのか、仲間のスキルと向き合った感想を吐露してくれる。カーッと顔を赤くしながら、蚊の鳴くような小さな声だったけれど。


「……き、気持ちよかった」


 女勇者みたいに一発で堕ちるわけではないものの、素質はあるみたい。


 さて、もう一人。


 女アーチャーの方である。


 こちらは、驚嘆すべきことに、しばらくエロ触手に耐えていた。


 頭から爪先まで、全身を余すところなく嬲られながら、それでも表情が変わらない。あえぎ声のひとつ漏らさない。女アーチャーの無表情には、エロ触手も「え、マジですか?」みたいに焦り始めるぐらいだった。


 ボクは、これまで数え切れない程のお客さんたちにサービスを施して来た。長年の経験上、エロ触手の攻めに耐えられる人類種が存在するとは想像すらしていなかった。シンプルにすごい。世界にはまだ、これだけの性のツワモノが存在していたとは……。思わずグッと拳を握りしめ、エロ触手にがんばれとエールを送ってしまう。


 最終的にはエロ触手が意地を見せて、いつも通りにグチャグチャのヌルヌルでフィニッシュ! しかし、プレイ終了後はすぐにケロリとした顔で立ち上がる女アーチャー。酒の酔いも醒めたらしい顔には、とても満足そうな笑みが浮かんでいた。


「大変良かった。素晴らしい技術だと思う」


 女アーチャーはそんな風に握手まで求めて来た。健闘をたたえ合うスポーツマンみたいで、思わずボクも感動してしまう。ポチも、「あんたやるね」とウネウネ懐いていた。


 ボクは自然と笑ってしまう。


 まったく、色々と馬鹿らしいね。


 勇者パーティーのメンバー。歴史に名前が残るような人物たち。世間的には敬意と畏怖の対象が、現在は裸に剥かれて、ドロドロのネチョネチョである。憧れとはほど遠い、さすがに情けない姿だろう。


 そんな姿を一切隠すこと無く、やれやれとため息を吐きながら二人は、「水浴びでもする?」「意外と、拭くだけでも大丈夫そう」 などと、のんきな会話を繰り広げていた。


 ボクは、その様子をジッと見ていた。


 その内、二人と目が合う。


 十五歳だった頃のボクが、心の内、不意にあらわれる。『エロ触手』なんてハズレスキルを授かった直後には、周囲の人々、それこそ家族からも、汚物を見るかのように蔑まされた視線を向けられた。


 あの時の、悲しさ、虚しさ。


 忘れはしない。


 ただ、それでも。


 誰に対しても、恨みや憎しみは抱いていない。


 なぜならば。


 ボクが、ボク自身を、そんな風に見ていた。嫌いだ。情けない。恥ずかしい。死ねばいいのに……。誰よりも強く、激しく、殺意すら込めて見下したのは、他でもないボクである。


 今。


 二人に、呆れたように笑われる。


 それでちょっと、気が抜けた。


 女モンクと女アーチャーの二人は、ボクのことを一人の人間として見ていた。たぶん、そんな目をしていた。無価値とは断じなかった。


 もちろん、正確にどんな評価を下したのかは、他人の心の内側は覗けないので知れない。


 それでも、だ。


 ……。


 何はともあれ。


 はじめての夜は、終わり。


 女モンクと女アーチャーの二人は、ボクのスキルを知った。二人との関係は、改めてここからスタートしていく。そして、勇者パーティーの一員であるボクは、第一歩目をしっかり踏み出したことを自覚する。


 正直に云えば、最初の酒場での顔合わせの時には、ボクに対して敵対的であったり、無関心であったり、これから仲間としてやっていくには大変そうな二人だった。


 もちろん、これで明日から、長年の友のように打ち解けられるなんて不自然なことはあり得ない。実際、女モンクは相変わらず手厳しい小姑みたいで、女アーチャーはネグレクト気味の飲んだくれ親父みたいだった。


 堂々と胸を張って、勇者パーティーのメンバーを仲間と呼べるようになるまでは、もう少しの時間が必要なのである。


 まあ、これに関しては人間関係と云うよりも、ボク自身の内面にも問題があるのだけど。それはまた、おいおいに解決しよう。


 後から振り返った時には、やはり何度でも笑えてしまう。


 彼女らを、「オネーチャン」だとか「ママァ」だとか呼んで、ゲラゲラ笑い合う日々が来るなんて、この時のボクは夢にも思っていないのだから。

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