第15話 触手に人生相談

 ある日、ボクは小部屋で一人、エロ触手と向き合っていた。


 エロ触手なのに、エロ目的以外で呼び出されたことに戸惑い気味で、「あれ、なんの用ですか?」と云わんばかり、鎌首をフルフルと振っている。ボク自身、こんな風に話し合う(?)のは初めての事なので、若干の緊張感が無くもない。


 スキル『エロ触手』。


 ボクの人生をぶっ壊した原因であると共に、今は、ボクの人生を支えるものだ。……悔しいけれどね。結局、大多数の人間がそうであるように、ボクもまたスキルに頼り切っている。金を稼ぐことが生きることの全てではないだろうけれど、勇者パーティーに誘われるまでの生活は、こいつのお陰で何もかも成り立っていた。現在は、女勇者の元気の源であり、それゆえボクは勇者パーティーの仲間になったわけで、やっぱり全ての始まりは『エロ触手』である。


 ボクはずっと、ヤケッパチなスキルの使い方をして来たと思う。


 真の意味でスキルを使いこなせるようになってこそ、一流の人間である。


 女モンクの『拳聖』、女賢者の『全魔法』などのレアスキルは基礎能力から飛び抜けているが、レアスキルを所持する人間が100パーセント大成するわけではなかった。宝の持ち腐れというヤツで、せっかくのスキルを活かせないまま凡庸に生きている人間だって多い。女モンクや女賢者が日々活躍できるのは、才能だけでなく、努力の結果でもあるわけだ。


 それでは、スキルを使いこなすとは、どんな状態を示すのだろうか? 理解すること、育成すること、実践すること。勇者パーティーの仲間たちに尋ねてみた所では、表現の仕方はそれぞれ異なるものの、そんな風に三つのサイクルを日常的に回していくことが大事であるらしい。


 ボクは日々を生き抜くため、スキルを実践的に使用することには積極的だった。


 なにせ、一時は『大歓楽街の帝王』と呼ばれていた程である。


 エロ触手を喰らわせたお客さんは果たして何人? もはや数え切れない。15歳からの数年間で、あまりに大勢を相手にして来たため、覚えている顔は印象深い常連客ぐらいである。まあ、懐かしさを感じるには早いだろう。勇者パーティーの一員になってから、それほどの月日が経ったわけではない。それでも走馬灯のように浮んでは消えていく、アへ顔、アへ顔、アへ顔……。んー、思い出して絶望である。無数のアへ顔にきっちり混ざり込む女勇者のアへ顔も胸焼けさせてくる。消えろ消えろ。頼むから、ボクの記憶ストレージからアへ顔フォルダは丸ごと削除してください。


 何はともあれ、大歓楽街におけるボクの暮らしは、そのまま経験値稼ぎの修行に等しいものだった。


 例えば、スキル『鍛冶』であれば、金属を打って、武器や防具を作れば作るほどに経験値が入って来る。効率は落ちるものの、鍛冶に関連する行動――鉱石の採掘であったり、目利きであったり、あるいは製造物の売買でも経験値は稼げるそうだ。


 女モンクの『拳聖』のような戦闘スキルは、魔物を倒した時の経験値効率が良いのでわかりやすい。戦えば戦うほどに強くなる。とりわけ、強敵に挑んだ場合や圧倒的な勝利を収めた場合などは経験値が増えるのだとか。


 翻って、ボクの場合。


 徹頭徹尾、エロが大事である。


 エロいことを考え、エロいことを求め、エロエロすれば、レベルアップ。


「ん? そう考えると、女モンクにちょっかいをかけるのも大義名分があるのか……。スキルのレベル上げだからって、理由を付けて頭を下げれば、エロいことも受け入れてくれそうな気がする。『し、仕方ないわね。理由があるんだったら、付き合ってあげるわよ。ほ、ほら、早くやりなさいよ……ヤダ、恥ずかしいのは恥ずかしいんだから、はやく、ねえ……』みたいな感じで、なんだかんだ足を広げている光景がハッキリと――」


 ボクの妄想独り言に対し、エロ触手が「うん、わかるー」とばかり首を縦に振っている。


 女モンクの痴態イメージは記憶ストレージに一時保存しつつ、話題を真面目に戻そう。


 スキル『エロ触手』の経験値稼ぎについては、意図的ではなかったものの、ボクは数年間ひたすらコツコツやって来たことになる。今後も稼ぎ方は考えるべきだが、積み上げた貯金がある以上、まずは他の要素を重視すべきだろう。ボクが意識するべきは二点である。


 スキルを理解すること。


 スキルを育成すること。


 ヤケッパチに使い倒すだけだったスキル『エロ触手』に今ようやく、ボクは正面から向き合おうとしていた。ボクの人生を終了させてくれたハズレスキル。どん底でやっていくために、使えるものは使ってやるという暴君みたいな考え方で、こいつのことは道具ぐらいにしか思っていなかった。スキルで何ができるかなんて、エロいことだけだろうって……ボクは最初から諦めていた。スキルのせいで誰からも見下されたボク自身が、誰よりもスキルのことを見下すようになっていた。


 でも、まずはそこを変える。


 ボクの考え方を変えることが、最初の出発点だった。


「ポチ……いえ、ポチさん」


 エロ触手が、「さん付けなんて、そんな……。今さらじゃないですか。やめてくださいよー」みたいに首を振る。


 ボクの目標はシンプルなものだ。


 スキルを使いこなせるようになることは、手段であり、目標に至るまでの通過点である。


 勇者パーティーの旅の仲間、遊び人。ボクの肩書はそんなもの。旅がいつまで続くのか、それはわからない。旅の目標である魔王討伐が果たせるのかも、誰にもわからない。それでも、旅の終わりに胸を張っていられることをボクは願う。勇者パーティーの仲間であることを、他でもない自分自身で認められるようにならなければいけない。女モンクには、気づかない内に、仲間と認められていたけれど……それはそれで嬉しいけれど、根本的な問題はボク自身にあるのだ。


「ボクといっしょに、戦ってくれる?」


 エロ触手は待っていましたと云わんばかり、うなずいた。

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