第11話 覚悟はいいか

 フワフワのフリフリ。


 そんな風に、女子力が高めのボクの衣装。


 さらに詳細に記せば、透明感のあるブルードレスである。


 以前に、女勇者の男装スタイルが様になっている点については、十分すぎるぐらい話題に上げた。しかし、あえてボク自身の恰好には触れなかった。その理由がおわかりだろうか? スキル『エロ触手』の持ち主だって、人間らしい感性というものは存在している。恥だとか、尊厳だとか。隠せるならば、恥部は隠したいよ。


 だが、このような展開に至っては仕方ない。


 さあ、見ろ。


 こんなボクを好きなだけ見ろ。


 そして、殺せ。


 殺してくれ。


 ああ……。


 どうして、なぜ……なんで、こんなことに……。


 もしかすれば、賢明なる諸兄は薄々お察しかも知れない。諸悪の根源は女勇者と女モンクの二人である。夜会に出席するための衣装はレンタルなのだけど、ボクは初参加で不慣れのため、貸衣装屋には三人で仲良く出かけた。助かるぜ、頼れるパイセンたち……ああ、まったく。そんな風に考えていたボクは大バカ者だった。


 まあこんなものだろうと、ごく無難なダークグレーの装束を選ぼうとしたボクの手を「ちょっと待ちなさい」と取り押さえ、女勇者と女モンクはキャッキャと女学生のような悪ノリを開始した。


「ねえねえ、こっちのドレスはどうだろうか?」


「あー、いいんじゃない。意外と似合うかもね。うふふ」


「アクセサリも、せっかくだから――」


「気合を入れるため、胸も盛ってやれば――」


 自分たちの衣装よりも、なぜかボクの衣装を熱心に選び始めた悪魔二人。

 

 いや違うだろ、似合う似合わないとかの問題ではない。根本的な部分が間違っている。なぜ、ボクにドレスを着せるのか。なぜ、メイクに手間暇かけるのか。ティアラにダイヤの指輪ってガチ感がすごいよ? ヒールなんて初めてで足が痛いんですけど!


 さあ、鏡を見て。


 う、うそ……これが、ボク?


 ゲボでそう。


 普通に吐くわ。誰だお前。気持ち悪い。


 しかし、ボクの感想とは裏腹に、女勇者と女モンクは化けっぷりに太鼓判を押した。化けっぷりと云うか、化け物っぷりという感じなんですけどね。詐欺である、本当。


「これだけの仕上がりならば、最悪、うまく会話ができなかったとしても、私たちの後ろで控え目に立っていれば大丈夫。ニコニコ微笑んでいるだけでも、キッチリ印象は残せるさ。勇者パーティーには清楚で大人しいお姫様だっているんだと評判になるぞ。それだけで、今回の君の仕事としては十分な成果だ」


 もはや、何を云っても無駄だろう。


 すべてを諦めたボクは、女勇者と女モンクに拘束された宇宙人のごとく、夜会に連行されたわけだ。


「ねー、それでさぁ……」


 さて、嫌々ながら、現在に戻ろう、現実に立ち返ろう。


 ボクのことを清楚で大人しいお姫様と勘違いしたのか、おっさんが口説いている。


「会場を出て、別の部屋で飲み直しましょうよ。ゆっくり二人だけでお話を――」


 ここで一言。


 地獄。


「あ、あの……その……」


 大きな声を出せないのは、ボクがお姫様ではないとバレてしまうから。


 このおっさん、よくよく思い返せば、少し前には女勇者と女モンクに軽くあしらわれていた。


 ボクの肩をベタベタと触る手は、タコとナメクジと酒場の掃除してない床のベタベタを合体させたような感触。素直に気色悪い。引きつった愛想笑いで抵抗しないボクのことをどんな風に解釈したのか、さらにグイグイと力を入れて引き寄せ始める。


 顔が近づくと、酒臭い。場末の酒場ではないのだから、酔っぱらって好き放題するような場所では無いだろうに……。無視して退散したい所ではあるが、この夜会の参加者である以上、そこそこの権力者であるのも確かだ。ハッキリと失礼な態度を取ってしまって良いのか、いまいち判断の付かないボクの足は止まったままである。


 しかし、まあ……。


 よくよく改めて見れば、なるほど……。


 女勇者や女モンクの夜会での立ち振る舞いの中には、男性陣の手をさり気なく避けるような場面が幾度もあった。もちろん、親愛の情を示すためのスキンシップの一環でやっている者が大半だろう。


 ただ、明らかに手付きがエロいヤツもいる。


 女モンクなんて特に、太腿まで大胆にスリットの入ったドレスが煽情的である。スケベオーラ全開の手が腰元に伸びて行くことも多かった。まあ、スキル『拳聖』の受け流し効果で、完璧に払いのけていたけれど。


 正直、ボクはかなり驚いている。

 

 勇者パーティーに取り入り、何らかの利益を享受しようとする行動については、浅ましさや薄汚さを感じさせる相手も少なくないが、それでも理解はできる。為政者ならば、本人自身の利益のためではなく、国や都市のため、部族のため、部下たちのため、必死になっているという場合だってあるだろう。


 このような夜会は、政治的、経済的な目的に絡んでセッティングされているという事ぐらい、経験不足のボクにだって想像できる。


 一方、エロ目的のおさわりは、純然たる己の性欲のためである。

 

 このような場で、逆にスゴいな!

 

 まあ、オヤジたち側の視点で想像するならば、当初はちゃんと目的意識があって意気込んでいたものの、女勇者と女モンクにまったく相手にされなかった悔しさもあるかも知れない。


 ムカムカしながら、自分のことを切り捨てて別の人間の相手を始める美女二人の後ろ姿をにらんでいたら、いつしかムラムラに……。どうせ上手い話に持ち込めないのであれば、好感度が下がるのも今さら関係なし、記念にひとつボディタッチでも、みたいな。


 自分で云っておいてなんだけど、全然、共感できないぞ。


 想像すればするほど、人間性や品性が激流下り。


 いや、うん……。ボクも清廉潔白な生き方をして来たわけではない。


 だから、わかるよ。


 わからなくは、ないよ?


 おっさんになっても、いつまでも心は全力スケベ少年。これまで積み上げたものをぶっ壊してでも、スケベしたくなること……あるよね! 女勇者も女モンクも、それだけ魅力的な女性であることは確かである。客観的に見れば、ボディタッチなんかより遥かにヤバいこと(触手)を日常的に行っているボクの方が問題あるような気もするけれど、それはそれ。


 もちろん、ボクは己の劣情のために行動するようなことはない。


 その点は、さすがにハッキリ断言しておこうか。

 

「そろそろ、やめてくれませんか?」


 ボクは警告する。


 いい加減、我慢の限界だった。


 調子に乗り始めたスケベオヤジは、これまた逆に関心するけれど、ボクのスカートの中にまで手を突っ込んで来ようとする。さすがに払い除けているが、なかなか諦めない。ヒルかスッポンか酒場の掃除してない床のベタベタぐらいしつこい。ハッキリと拒絶の意思を示しているのに止まらない以上は、ボクも最終手段に出るしか無さそうだ。


 ギュッと、拳を握りしめる。


 ……やるか。


 ……本当に、良いのか?


 ズズズ、と。


 ボクの足元に、虚空の穴が開いていく。「呼んだ?」と、闇溜まりからエロ触手が一本だけコンバンハ。ハロー、マイフレンド。ちょっとお願いがあるんだけど――。


 ボクは一度だけ、大きく深呼吸。


 覚悟を決めていく。


 よし、オーケー。


 ボクは、準備できた。

 

 さあ、覚悟はいいか?


 ……。

 

 ……ん?


 あ、いや、問いかけているのはスケベオヤジではないよ。


 こいつの覚悟はどうでも良い。覚悟がなくても滅する。


 諸兄よ、覚悟はいいか?


 これから世界が終わる(BAN)ほどのグロシーンが展開されるけれど、心の準備はオーケー? ……え、まだ? うーん、少しだけ、想像してください。ここに、油テカテカでぶくぶくに太り、オークに嫌らしい笑みを張り付けたようなエロオヤジがいます。ボクは今から、こいつの足元にエロ触手を呼び出します。エロ触手とエロオヤジのアレが始まります。


 繰り返す。


 エロ触手とエロオヤジのアレ。


 諸兄よ、耐えられるか?


 ボクは本気である。


 遠慮するつもりはない。


 だから、濃密に、濃厚に、じっくりと、たっぷりと、おおよそ10話ぐらいのボリュームをかけて攻める。覚悟はいいか。ボクはできている。さあ、行くぞ。ここから10話ぐらいはエロ触手とエロオヤジだけの物語だ。


「あんた、バカなの?」


 ボクがまさにエロ触手を領域展開しようとした瞬間だった。


 エロオヤジは、パーティー会場の壁に叩きつけられる勢いで吹き飛んだ。


 太ったボディに左フックを叩き込んだポーズのまま、女モンクは非常にあきれた顔でボクを見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る