第10話 勝利のファンファーレ

 夜会の中心は間違いなく、女勇者と女モンクの二人である。


 ポツンと離れた後方から見守っているボクは、そのスマートな仕事振りに舌を巻いていた。


 二人共、ニコニコと愛想よく振る舞っている。ちゃんとネコかぶっている。美しく着飾った時点でも、普段の様子とのギャップにクリティカルヒットでも喰らった気分だったけれど、女性らしい笑みと淑やかな仕草も合わさり、ボクという小者は、なんだか勝手に完全敗北したような気分にさせられている。


 圧倒的に、圧巻。


 華がある。


 二人だけ、スポットライトを浴びているみたい。


 そして、器量だけでなく、話術という点でも優秀なのだ。怪しい儲け話などを持ちかけられても、冗談を云われているかのごとく軽やかに受け流したり、弱者への手助けを請うような嘆願には熱心に耳を傾けたり、勇者パーティーの本分も疎かにしていない。まるで魔物をバッサリ斬り捨てていくかのごとく、社交界でも華麗な立ち回りを続けていた。


 正直、ボクは踏み込めない。


 彼女たちを中心として、欲望と権謀がぐるぐる渦を巻いているかのように見えた。


 わざわざ連れて来られたからには、ボクだって仕事をしなければいけない。実のある話をできる程の責任は無いけれど、虚ばかりの話を二人の代わりに聞き流すぐらいはやって見せたい所だ。しかし、その気持ちは確かにあるのだけど、いつまでも二の足を踏み、一人静かにグラスを傾けてばかりである。


 役立たずである。


 非戦闘要員として、魔物とバトルする時の置物状態と変わらない。


 勇者パーティーの戦闘風景。


 ああ、そう云えば……。


 バトルの詳細に触れたことは無かったかも知れない。


 ボクの情けなさ、憤りを伝えるためにも、ちょっと描写しておこうか。


 それでは突然ですが――。


 以下、勇者パーティーのバトルシーンをどうぞ。


 ほわほわほわん……(回想シーンに入る効果音)。




 勇者パーティーの戦闘要員は、四人。


 女勇者というリーダーを筆頭にして、女モンク、女アーチャー、女賢者。


 最前衛として立つのは、いつも女モンクである。彼女の役割は、アタッカー兼タンク。先頭でとにかく派手に立ち回り、雑魚敵の数をすり減らしながらヘイトを溜めていく。やっていることはシンプルだけど、危険が一番大きいのは彼女だろう。勇敢なる猛者である。


 女勇者は前衛も務めるが、攻めと守りを臨機応変に切り替えて、中衛、戦場のド真ん中にポジショニングすることも多い。あらゆる役割を持てるオールマイティ。スキル『勇者』はちょっとズルいぐらいに優秀だった。リーダーとして、戦場を常に把握するように動きながら、攻撃・防御・回復を何でも行いつつ、各メンバーに指示を出していく。


 女賢者のスキル『全魔法』は、文字通りのチートな万能さ。後方にドッシリ控えると、さながら支援要塞である。仲間たちの要請に応じて、あらゆる魔法を五月雨のように撃ち続ける。攻撃も強力だけど、基本的には、支援・回復に努めることがほとんどである。


 女アーチャーは、遊撃手。ある意味、自由人。戦場を駆け回り、素早く位置取りを変え続けるので、ほとんど誰からも視認できない。スキル『弓術』の持ち主ならば、常識的には後方アタッカーだろうけれど、いつの間にか敵の群れの後方から姿を現したりするのだから、なんとも手に負えない。アタッカーでありながら、攪乱要員でもある。


 ……冷静に見直してみると、四人全員、本質はアタッカーである。


 殺意の高すぎる編成である。


 いや、バランスは悪くないと思うよ?


 ボクは戦闘中にどうしているかと云えば、巻き込まれたら死ぬ、という覚悟だけバッチリ決めて、最後方の荷物番として控えている。もし敵が迫って来るようなことがあれば、すべてを捨てて逃げ出すという決意の下、アキレス腱を伸ばすことに全力を尽くしている。


 まあ、勇者パーティーは、人類最強。


 そこら辺の野山に出没する魔物ならば、ボクに危険が及ぶ可能性は皆無である。


 戦闘も、いつだって蹂躙無双。


 ボクのストレッチ体操が終わる前に、あっさり片付くことばかりだ。


 さて、魔物を全滅させれば、女勇者が褒めてと云わんばかり、両手を広げてボクの方に駆け寄って来ることも多い。この場合の褒める、とは――。言葉で「よくやった」と云うことでもなければ、犬のように頭を撫でてやることでもない。ボクと女勇者の関係性に基づく、肉体的スキンシップによるご褒美ということで、要はぶっちゃけエロ触手である。


 女勇者のストレス発散方法。


 ボクが仲間入りした時点で、メンバーも理解している(納得しているかは、ともかく)。


 コンプライアンスを遵守する勇者パーティーにおいて、何よりも大切に守られているのは、十歳の女賢者に対する性のボーダーライン。女勇者のタガが外れた気配を察知すると、ボクは女モンクと女アーチャーの二人に合図を送る。彼女たちも、さすが歴戦の猛者である。人類最高峰のステータスで駆け抜けて、間髪入れずに女賢者の目と耳を塞いでみせる。


 よし。


 準備オーケー。


 ボクは、キャッキャウフフと迫り来る女勇者に向けて、エロ触手を召喚する。


 その結果として、女勇者のあえぎ声で奏でられる勝利のファンファーレ。


 テテテテーンテーンテーンテッテレーではなく――。


 アァァウーアアッーンンーイッグゥーみたいな……。


 最低である。


 戦闘終了。返り血や砂埃で汚れているメンバーの中で、なぜか一人だけツヤツヤのテカテカになっている女勇者。おい。お願いだから、一仕事やりきった風の爽快な笑顔で、女賢者に近寄るんじゃない。この歩く十八禁め。無垢な子供の半径3メートル以内は、もはや警察沙汰である。


 ……。


 ……えーと、何の話だ?


 痴女の話だっけ? 違うか。




 ふよふよふよん……(回想シーンから戻って来る効果音)。


 勇者パーティーのバトルシーンを描写することで、女勇者たちの格好良さをさらに引き立てるつもりが、どうやら上手くいかなかった。ボクのせいだろうか、女勇者のせいだろうか。エロ触手がすべての元凶であると云われれば、まあ、認めるしかないけれど。


 さて、夜会の話に戻ろう。


 現実を見つめ直そう。


 ボクが戦闘で役に立たないのは仕方ないだろう。最初から、そもそも期待されていない部分だから、ボク自身も気にしない。しかし、このような日常パートでも、女勇者と女モンクに格の違いを見せつけられてしまうのは、大変良くないことに思えるのだ。


 あー、情けない。


 あー、厭になる。


 スキル『エロ触手』を十五歳で手にしてしまった瞬間から、ボクは人生を諦めてしまった。人生は終わったものとして、誰に対しても、自分自身に対しても、ハズレスキルをすべての元凶と語ってきた。今、そのツケが回って来ている。


 上手くやれない。


 何もできない。


 この瞬間、スキルは関係ない。


 ボク自身の問題である。


 ハズレスキルを云い訳に、十五歳から何も変わらず、歩みを止め続けたボクのせいである。勇者パーティーの一員として、日々が矢のように過ぎ去っていくことは以前にも触れた通りだ。欲望の街で働いていた頃よりも、体感的には忙しい。なぜならば、ボクは必死である。十五歳の子供時代から、一歩も成長していない未熟者だから、必死にやらなければ雑用程度でも満足にできない。


 あー……。


 自分の価値の低さ。


 しみじみと、こんな場面だから再確認してしまう。


「ねえ、君。そこの、君」


 悩んでいるボクに対して、ゆっくり歩み寄って来るおっさんが一人。


「君も、勇者のお仲間でしょう?」


「……ん? ボク?」


 好色そうな目付きで、舐めるように全身を見られていた。


 ……え? え、マジ?


 ボク? ボクですか?


「ちょっと、勇者様の代わりに話を聞いてくれないかなー。君たちのパーティーにも決して悪い話ではないと思うんだ。互いに、金もうけの……ああ、いや、言葉が悪いかな? なんと云うか、ひろーいひろーい視野で見た時には、世界の平和に繋がるような話なんだけどね? もし良かったら、二人でゆっくり休憩しながらお話でもしましょうよ」


 そう云いながら、スケベおっさんはボクの肩を抱いてきた。

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