第5話 勇者パーティーの仲間たち

 朝を迎えた。


 大歓楽街からの旅立ちの日、ボクは手提げの旅行鞄ひとつに荷物をまとめて、場末の酒場に赴いていた。昼時の込み合う時間にはまだまだ早く、ほとんど貸し切り状態である。


 勇者パーティーとの顔合わせに、この場所を指定したのはボクの方だった。余計なひと目に付くことは避けようと思っていたので、店内の様子が狙い通りでひとまず安心する。


 彼女らは、一番奥のテーブルで待っていた。ボクは静かな緊張感と共に近付いていく。女勇者を含めて、四人の女性が他愛ない話で笑い合っていたが、すぐにボクの存在に気付くと、ぴたりと口を閉ざした。


「さあ、新しい仲間の紹介だ!」


 女勇者だけが、気負うものが無い様子で声を上げる。


 事前に、パーティーの仲間はモンク、アーチャー、賢者の三人だと教えてもらっていた。服装や携えている弓や錫杖から、それぞれの役職は一目でわかる。全員女性で、タイプは全然違うけれど、三者三様で見栄えが良い。女勇者もそうだけど、大歓楽街のショーウィンドウに並んだら、すぐに予約が取れないぐらい人気になるだろう。


 ……あ、いや。


 女賢者はさすがにダメだね。


 この大歓楽街に滞在していること自体が、大丈夫かって心配になる。なぜならば、小さい。身長もそうだけど、年齢も。この後すぐにわかることだけど、まだ十歳の女の子だった。やっぱりアウト。


 しかし、女だけのパーティーかぁ……。


 ボク、うまくやっていけるかな……?


「はじめまして、お待たせしました」


 頭を下げれば、女モンクからは鋭い視線、女アーチャーからは値踏みするような視線、女賢者からは無邪気な笑顔を向けられた。とりあえず、歓迎ムードの女賢者にはこちらも営業スマイルを向けてみる。手を振ってくれた。いい子だ。好き。


 女勇者が中心となり、一人ずつ仲間たちを紹介されていく。簡潔に、名前と所持スキル、あとは年齢ぐらいが判明する。


 ボクはこの時点で、ちょっとだけ気後れしていた。


 やっぱり、勇者パーティーの仲間であるからには、立派なレアスキル持ちが多い。スキルにコンプレックスを抱えているボクとしては、自分の番になることが憂鬱に思えた。


 ……それと、ひとつ気になったのは、女アーチャーの年齢である。514歳と聞こえたけれど、さすがに聞き間違いだよね? パッと見た感じでは、銀髪翆目の美少女……。うん、どう見ても14歳ぐらいである。たぶん聞き間違いだ。


「では、恐縮ですが、ボクの方からも――」


 礼儀正しく頭を下げてから、ため息を隠しつつ自己紹介をはじめる。


 迎える立場と、迎えられる立場。


 しっかりと言葉を尽くすべきなのは、ボクの方だってことぐらいは承知している。どんな人間か、どんな経歴か、簡単ではあるものの、必要な部分には触れていく。


「……と、そんな感じで大歓楽街の帝王と呼ばれていました」


 まあ、さすがに、あれこれ云い訳みたいな説明は必要ないだろう。なぜならば、女勇者から事前に色々と聞いているだろうから――。


 ……ん? なんだ?


 この微妙な空気は、なに?


 ……。


 パーティーメンバーの三人の視線が痛い。


 おい、女勇者。お前、まさか……っ!


「冗談じゃない!」


 女モンクが最初に叫んだ。


 ボクの方は言葉もなく、うなだれていた。


 この女勇者、なんと、パーティーの仲間たちに対して、事前に何も根回しをしていなかったようである。あー、バカなのかな? うん、バカでしたね。射殺すような視線を向けてやるものの、女勇者はなぜかグッと拳を握るポーズ。「がんばれ、応援している」と云わんばかり。そうじゃなくてっ! 頼むから、この雰囲気をお前がどうにかしてくれ。凍てついた重たい空気で、テーブルの真ん中に飾ってある一輪挿しの花だって枯れていきそうだ。女勇者の脳内にあるお花畑は満開みたいだけどさぁ。


 冷静に、この状況を整理しよう。


 女勇者は、ボクをパーティーの一員として勧誘した。


 ボクは最初断ろうとしたものの、熱意に負けて受け入れた。


 当然、女勇者はボクを説得するだけでなく、仲間たちの方も説得しているだろうと思っていた。それは本来、どちらも片付けなければいけない問題だ。


 だって、夜の店にドハマリしたあげく、お気に入りを引き抜くなんて、そう簡単に世界を救うために集った仲間たちから同意が得られるわけないよ?


 いきなり云われたらドン引きである。


 実際、恐ろしかったぞ。ボクが自己紹介を進めていく中で、空気がどんどん冷えていく感じ。いやー、こうなるのは、大人ならばわかるでしょう? 仲間の三人も可哀想である。根耳に水で、「あ、どーもッス。スキルは『エロ触手』。エロいことならいつでもオーケー。夜の店ではナンバーワン。俺っち、帝王ちゃん。ムラッと来たら相談よろ。ウイウイ」みたいなヤツが来たら、どう思うよ? いや、ボクはそんなキャラクターでは全然ないけれど、彼女らの体感的にはそれぐらいの衝撃だったはずだ。


 一言で云えば、ヤベえ奴が来たぞ!


 青ざめる三人の顔には、そう書かれていた。


 女勇者はどうやら、「最高の仲間を見つけた。みんなに早速紹介するから、期待しておいてくれ」ぐらいにハードルを上げていたらしい。おおお……。膝から崩れ落ちそうになる。頭が痛い。帰りたい。ハードルを越えるどころか、地獄の底から這い出て来たような人間が登場してスミマセンでした! ボクも謝るから、女勇者は全裸で土下座してくれ。


「バカなんじゃない!」


 女モンクは最初に異を唱えたものの、さらに大声で叫んでいた。


 彼女は、女勇者の幼馴染であるらしい。二人は同い年ということで、つまり、ボクとも同年代。……うん、もしかしたら、子供の頃に流行したものなんかで話は合うかも知れないね。


 残念ながら、今は、吊り上がった目で、叩き潰してやると云わんばかりの殺気を向けられているけれど。言葉遣いも、表情も、とにかくストレートでわかりやすい。なにも包み隠さず、ボクに対する嫌悪感をあらわにしていた。


 ゴキブリかカマドウマにでもなった気分。


 人間、初対面でここまで嫌われるものか……。


 そんな風に嫌な気持ちをぶつけられると、こちらも反発する気持ちを抱くのが普通かも知れない。ただ、不思議とそうならなかったのは、おそらく、ボクの気持ちが女モンクと同じ側にあったからだ。


「奇遇ですね。ボクも同じことを思っていました。勇者はバカです」


「いや、あんたに云ってんのよ!」


 歩み寄ろうとしたが、失敗。


 女モンクはさらに、大きな声で続ける。


「なんで、あんたみたいなヤツを仲間にしないといけないのっ! めちゃくちゃ怪しいヤツじゃない。勇者をたぶらかして、パーティーに潜り込むつもり? お金目当て? それとも、魔王のスパイ? だって、絶対におかしい。高潔で清純、世界の平和のために我が身を犠牲にして戦い続ける勇者が、あんたみたいな、そ、その……エ、エッチな店のヤツを仲間にしたいなんて、ありえないもん!」


 女勇者に対する信頼が厚いことはわかった。


 でも、その女勇者、高潔でも清純でもないぞ? ぜひ一度、ベッドの上での姿を見てもらいたい。犬の真似をしながら、「私は卑しいメス豚です!」と絶叫しては、子猫のように甘えて、蛸のように身をくねらせて……総じて云えば、いつも人間を辞めている。


 というか、女勇者、仲間に褒められて「そうなんだよ、私って実は凄いんだよ」みたいなドヤ顔のところ悪いけれど、現時点のボクからの評価は底を割っているからね? プラス評価が今さらどれだけ追加されてもダメです。腐った料理に、どれだけ美味しいソースが追加されても、それはゴミです。


 女モンクは椅子から立ち上がると、ボクに詰め寄って来て、胸ぐらをつかみ上げた。


 力が、強い。ボクの足が浮いてしまう。


 さすが、レアスキル『拳聖』は伊達ではない。徒手格闘のカテゴリでは無類の強さを持つスキルで、同時代に数名しか所有者が確認されないぐらいの希少性。ステータス補正も、かなりの数値と予想できる。小柄なボク一人ぐらい、片手で持ち上げるぐらい朝飯前のようだ。


 額同士がぶつかりそうな距離まで、強引に引き寄せられてしまう。


 真紅の瞳が、ボクの底の深さを探るみたいに、じっと覗き込んで来る。


「あなた、目が死んでる」


「ド直球の悪口……」


「あたし達の目標は、魔王を倒すこと。大言壮語じゃなくて、本気で命を賭けている。いざという時には、仲間のために死んでも良い。でも、あなたには何も無いでしょう? 戦うっていう決意も、死ぬかも知れないって覚悟も、まっとうに生きてすらないような顔してさぁ……ハッキリ云ってあげるけれど、勇者パーティーには似合わない」


「お、落ち着きましょう。そんな風に暴力はダメですよ、モンクさん」


 止めに入ってくれたのは、女賢者。


 彼女は、先ほども触れた通り、十歳の女の子である。


 所持スキルは、人類史上初めて観測されたというスーパーレアスキル『全魔法』だとか……。それをさらに、十五歳の神託の日ではなく、生まれ落ちた瞬間から授かっていたという「え、人生二週目? 強くてコンテニュー? チート?」な女の子。魔法の天才であり、文字通りの賢者。それなのに驕った所は全然なくて、仕草や表情は年相応の可愛らしさ。


「わたしは子供なので、これまでのお仕事については……ちゃんと意味を理解できない所も多々ありました。モンクさんは大人なので、わたしよりもたくさん危惧されているのでしょう。でも、勇者さんが連れて来られたからには、大丈夫なのではないでしょうか? 昔の勇者パーティーにも、死刑囚や盗賊などの出自でありながら、仲間としてたくさん活躍された方々がいらっしゃいます」


 フォローしてもらっている身なので余計なツッコミは入れないけれど、狂暴な死刑囚、大盗賊団の頭などは戦闘技術にも長けているだろうから、改心さえしてくれれば即戦力だったはずだ。エッチな店の従業員が心を入れ替えたとしても、スキル『エロ触手』で何ができるやら……。勇者パーティーらしい活躍ができるとは思えないので、むしろ大変申しわけない気分になっていく。


「アーチャーさんはどう思われますか?」


 女賢者は空気を和らげようと、必死に話を回していく。


 最年少が一番、気遣いを……。


 女モンクは「あたしは認めないからね」と云い捨て、ボクから手を離した。荒々しく椅子に座り直して、頬杖をつく女モンク。女賢者は酒場のカウンターに走って行き、飲み物を一杯わざわざ取って来てくれる。「モンクさんはとても良い人なんです。いつでも、誰よりも、パーティーのみんなのことを心配してくれるんですよ」と、微笑みながら差し出されるジュースに対し、ボクは思わず、椅子ではなく酒場の床に正座していた。


 こんな天使みたいに良い子と、社会のゴミクズであるボクなんかが、同じ目線、同じテーブルで話をするなんておこがましい。ボクみたいな人間は薄汚い床で十分でございます、はい……。


「……ん? あ、寝てた。話は終わったかい?」


 先ほど話を振られた女アーチャーが、そんな風に口を開いた。


「アーチャー、真面目に考えてよ」


 叱ったのは女モンク。


 女アーチャーは気にした様子もなく、あくびしながらボクを見た。


「揉めているのが、面倒臭くてね……。若々しいのは結構だけど、ワシは付いていけん。昨夜の酒も抜け切っておらんから、とにかく身体が怠いのもあってなぁ……。あー、キツい。早く出発して、馬車の中で横になりたい」


 こちらはこちらで、女モンクとは別方向で厄介である。


 どうやら、ボクに興味がない。


 ボクの方は、逆にむしろ、ちょっと興味が出て来たんだけど……。一人称が、ワシ? どう見ても未成年に見えるけれど、二日酔いというのも気になる。女勇者の紹介によれば、所持スキルは『弓術』。パーティーメンバーの中では唯一、特に珍しくもない平凡なスキルだった。軍の一般兵などでも、それぐらいのスキルを所持している者はたくさんいる。


「あー、すまん。これを被ったままは失礼だったな」


 女アーチャーの黒色の上着には、フードが付いている。まるで顔を隠すように、それを室内でも目深に被っていた。同じテーブルで向き合っていれば、さすがに顔がまったく見えないなんて事はないので、ボクは気にしていなかったものの、彼女は軽い謝罪と共にフードを脱いだ。


「あ……。エルフ?」


 ボクは思わず口に出す。


 淡く発光している翆眼もそうだけど、細い耳が何よりも特徴的だった。数ある人類種の中でも、絶滅危惧種と云われて久しいエルフ。この世のあらゆる生き物より長命な種族として知られる。ああ、なるほど……。聞き間違いと思っていたけれど、彼女の年齢は本当に514歳で正しいわけだ。桁違いで、真面目に考えるとクラクラするぐらいの年上だった。


 エルフと実際に出会うなんて、人生初である。


 物珍しさで、ジロジロと無遠慮に見つめていると、アーチャーは補足するように言葉を付け足した。


「ワシは、長生きしていることだけが特徴の、大した強みも無い元冒険者だよ。得意戦法は、スキルレベルの高さに頼ったゴリ押し。まあ、500年以上も経験値を稼いで来たから、レベルだけは高くてね……まあ、ワシのことはどうでも良いじゃないか」


 女アーチャーはフードを脱いだ後の髪をぐしゃぐしゃ撫でながら、やる気なく告げる。


「勇者が連れて行きたいならば好きにしろ。本人が着いて来たいならば好きにしろ。モンクは覚悟と決意を問うていたが、そんなものは知らんよ。人間は、誰だって、死ぬ時は死ぬ。ワシらが気にしなければ、それで良いって話だからね。ワシはこのボウヤよりも、勇者とモンクと賢者に云っておきたい。長い旅をしていれば気心知れた仲間以外の道連れが出来るなんて、別に珍しいことじゃない。いちいち足を引っ張られないように気を付けるんだよ」


 仲間になるのは良いけれど、たぶん死ぬぞと宣告されている。


 その上で、ボクがそんな目に合っても気にするなと、仲間たちにアドバイスしている。


 うん……めちゃくちゃ、ドライですね……。


 五百年以上も生きていれば、まあ、そうなるのかな。


「勇者にこの街で息抜きするように云ったのはワシだから、ちょっと責任は感じている」


 うわ、あんたがすべての元凶かっ!


 高潔で清純なイメージらしい女勇者に対して、大歓楽街で性欲処理をオススメするのは、なかなかぶっ飛んでないか? あー、でも、それで活力を得られて四天王の一人を撃破したという話だから、女アーチャーのアドバイスは的を射ていたのかも知れない。うーん、年の功で正しい判断を下す人なのか、ただテキトーな人なのか……。


「……さて、風向きが変わったね」


 ボクがしばらく頭を抱えていると、女アーチャーが不意にぽつりと云った。


 騒々しい気配に、全員の視線が酒場の入口の方に向けられる。


「あ……。マズ、イ……」


 ボクは青ざめて、顔を伏せる。


 野蛮な男たちが、ぞろぞろと店の中に入って来ていた。


 酒場にわずかにいた他の客たちが、次々と追い出されていく。カウンターに立っていた店の主人も、大慌てで店の奥に引っ込んだ。仕草のすべてが荒々しいスーツ姿の男たちは、ネズミみたいに、あっという間に酒場のフロアを占拠するぐらいに増えていた。


 ボクらだけが酒場の中に取り残されて、そして、取り囲まれる。


「帝王」


 彼らの目的が何なのか、ボクは一目見た瞬間から気付いていた。


 だから、顔を上げられない。


「どこに行かれるのですか? まさか、街の外に逃げようなんてことは……」


 ボクは答えられず、下を向いたままだ。


 大歓楽街の帝王。


 ボクはそんな風に呼ばれている。畏怖と、いくらかの侮蔑を込めて……。帝王、頂点に立つ者。この何年間も、欲望の街で最大の稼ぎを生み出している。単純な店舗での売上だけでなく、ボクが抱えている顧客にはVIPも大勢いるため、政財界とのコネクションの要としても重宝されていた。まるで、金の卵を産むニワトリ。だから、大事にされていた。豪奢な檻の中に放り込まれるようにして。


 ボクみたいな人間には、必ず、後ろ盾となる組織が付いているものだ。犯罪と暴力を生業としながらも、山賊や海賊みたいに討伐対象になることは避けて、合法と非合法の境目でギリギリ活動しているような悪党たち。とりわけ狂暴なことで知られる一派の庇護下にあるため、ボクはこの街で、そこそこ好き勝手に暮らして来られた。


 この場を占拠した男たちは、そんな組織の構成員である。ボクの身辺警護を陰ながら務めると共に、実態は監視役。彼らに悟られないように、わざわざこんな場末の目立たない酒場を選んだ。しかし、あっさり見つかってしまった。彼らの今の仕事は、逃げたニワトリを檻の中に戻すことに違いない。


 大歓楽街の帝王。


 王とは、名ばかりである。


 実際、ボクは金を稼ぐだけの家畜みたいなものだ。


「ボスになんと云われるか。帝王、今ならまだ間に合い……ッ、グアッ!」


「私の仲間に手を出すなよ」


 黒服の男は、ボクの肩に手をかけようとしていた。


 だが、次の瞬間に悲鳴が上がる。


 振り返れば、女勇者が男の手をつかんで、力強く捻り上げていた。


「てめぇ、なにしやがる!」


「そちらこそ、私の仲間に何をするつもりなのかな?」


 女勇者は、捻り上げたままの手を振り払うような動きで、男を軽々と投げ飛ばした。


 ボクは、突然の出来事に驚いたままで、身動きが取れない。


 酒場の中が、まるで一瞬で沸騰したかのようだ。怒声が至る所で吹き上がり、短刀や棍棒などの凶器が抜き放たれていく。濃密な闘争の匂い。田舎の村で生まれ育ち、欲望の街でも比較的安全に暮らしていたボクには、まったく馴染みのない空気だった。怪我をするかも知れない、死ぬかも知れないなんて、今さらに怯えてしまう。


「ねえ、勇者。手を出すのが早すぎるんじゃない?」


 女モンクは愚痴を云いながら、椅子から立ち上がった。


「いや、遅すぎるぐらいさ。きっと何年も前から救いの手は必要とされていた」


 女勇者は、鞘を外さないまま、剣を構える。


 ボクは無力で、戦闘の役に立つはずも無いので、こちらは勇者パーティーの四人だけである。対して、暴力的な構成員たちは、この酒場を埋め尽くさんばかりに、何十人と集まっていた。人数では圧倒的に不利な状況である。普通に考えるならば、喧嘩を売ること自体が間違いだろうけれど――。


「賢者、守りは任せる」


「はい、勇者さん。……大丈夫ですよ、怪我なんて絶対にさせません」


 女賢者はボクのすぐ隣に立って、余裕の笑顔でそう耳打ちして来た。


「……ワシは、休憩したままで良い?」


「ダメ。ちゃんと働いて」


 テーブルに突っ伏したポーズでやる気を見せない女アーチャーに向けて、女モンクは鋭い蹴りを放っていた。座っている椅子が派手に蹴り飛ばされる。「あー、仕方ないな」と、軽やかに宙返りしながらテーブルの上に降り立った女アーチャーは、その時にはもう弓を構えていた。


「殺さないように」


「そっちもね」


 女勇者と女モンクが声を掛け合ったことが合図のように、たった四人と大勢の戦闘が始まり――。


 ……いや、違った。


 戦闘。


 そう呼ぶのは、まったく正しくない。


 蹂躙。


 ほんの十数秒で、酒場にいる男たちは全員が完膚なきまでに叩きのめされていた。

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