第4話 勇者再来店

「……えっと、ボクに勇者パーティーの仲間になれと?」


 血迷ってんのか、この女勇者!


 魔王討伐の旅の途中で、この辺境都市の大歓楽街を訪れた勇者パーティー。いい機会なのだからと、女勇者は仲間の一人からストレス発散を勧められたそうだ。評判だけを頼りに、大歓楽街の帝王として名を馳せるボクの所に行き着いた。


 出会いは、偶然。


 普通は、一期一会。

 

 ……だったはずなんだけどね。

 

 呆れるべきと云うか、恐れるべきと云うか、女勇者はあれから一週間、一日も欠かすことなく、ボクをご指名で来店を続けていた。夜のお店で遊ぶなんて初めてだから、何もわからない、こ、怖い……などと、初々しく恥じらう様子を見せていたのが、もはや夢か幻のごとく。


 見事なドハマリ。


 その結果、わずか数日で太客に進化を遂げてしまった。プレイ後に、すぐさま翌日の予約をサッと取っていく様子など、何年も通っている常連客すら顔負けの手慣れ具合だ。「明日もよろしく頼む」とマントを夜風になびかせて去って行く姿は、男でも女でも惚れそうなぐらい満点の恰好良さだけど、夜のイケないお店で豪遊した後と考えればマイナス100点である。


 なお、何よりも特筆すべきポイントは、『二時間の触手スペシャルコース』を七日間連続という点だろう。頭がおかしい。常人ならば燃え尽きるぞ。精も魂も尽き果てて、真っ白の灰になってもおかしくない。色々な意味で化け物である。さすがは勇者と云うべきか。腐っても勇者、堕ちても勇者。でも、世界を救うはずの力をこんな所で無駄遣いしないでください。


「この街の問題もようやく片付いて、実は明日、旅立つことになったから……これでもう、最後なんだ」


 本日、プレイルームで顔合わせの直後、ぽつりと告げられた。


 それから二時間後、死力を尽くしたプレイを終えて、身支度も整えたタイミングで、思い切ったように告白された。


「魔王を倒すため、私には君の力が必要だ! 仲間になってください!」


 熱血である。正々堂々、真正面からぶつかって来られた。


 ボクは逆に、全力でドン引いていた。


 ほんのちょっと前に、エロ触手と絡み合いながら、尊厳も威厳も欠片すら残らないような痴態を晒していた人間とは思えないぞ。あれだけヌルヌルのグチョグチョになっていたのに、今は、キラキラの瞳でピカピカのオーラを放っている。ビフォーアフター詐欺である。


 ボクはたっぷり十秒以上は沈黙した後、至極冷静になってから答えた。


「無理です。お帰りください」


 女勇者は、世界の終わりみたいな表情になった。


 そのまま絶句。二人の間には、痛々しい沈黙が流れる。


 いや、うん……。


 断られる可能性を想定してなかったの……?


 さては、脳筋か?


 ボクは困った末に、プレイルームの外に向けて叫んだ。


「お客様、お帰りでーすっ!」


「うわわっ! ま、待ってくれ」


 この馬鹿な申し出に時間を費やす意味はないと思う。


 プレイ後のおしゃべりぐらいサービスするさ。でも、さすがに粘り続けるならば延長料金を請求するぞ。……あー、いや、そんな風に脅したら普通に金を払って来そうで困る。たったの一週間、それも店員と客としてのうわべだけの付き合いだけど、愚直な性格であることぐらい察していた。


 ああ、まったく……。


 ため息と共に、ボクはもう少しだけ付き合ってやることにした。


「ただの性産業従事者が、勇者パーティーで何の役に立つと?」


「それは、その……勇者パーティーには伝統として、『あそび人』というポジションもあったりして……」


 それぐらい、ボクだって知っている。


 歴代の勇者を支えた仲間たちは、文献にしっかりと記録が残っているだけでも、かなりの人数である。彼らのスキルを分類した結果として、『戦士』や『僧侶』などの役職という概念が生まれた。『あそび人』という一見するとふざけた役職も、スキル『投げナイフ』やスキル『奇術』などによる撹乱、牽制を得意とした戦闘要員のことを示している。


 ボクに対する『あそび人』って意味合いが全然違うよね。


 性に奔放さを発揮するだけの『あそび人』では、戦闘の役には立たないだろう。磨き抜かれた性なる技を駆使しても、せいぜいゴブリンやオークぐらいしか……いや、やめておこう。真面目に想像してみたら地獄絵図だった。


「違うんだ。戦闘職として誘っているつもりはないんだ。パーティーの補助メンバーという風に考えてくれれば良い。例えば、私も含めて、今の仲間たちは料理がド下手くそで……。失礼、言葉が悪かった。でも、本当に、野営の時はヒドい。飢えた方がマシなぐらい。君は一人暮らしで自活しているという話だったから、生活方面だけでも、私たちの旅を支えてもらえれば……」


「それは、『料理人』や『メイド』を探すべきでは? どちらも、過去の勇者パーティーで大活躍した強力な役職じゃないですか」


「あ、う……。君は手厳しいな」


 女勇者の説得は表面的なもので、本音は別にある。なんとなく互いにわかっているので、これは詰まる所、ボクが彼女をイジメているだけのやりとりだった。


「魔王討伐の旅は楽しいことよりも、苦しいことの方が多くて……」


 女勇者は仕方なさそうに、ぽつぽつと語り出す。


「誰にも云えない。云ってはいけないとわかっているけれど、私は『勇者』になりたいなんて思ったことはない。でも、スキルを与えられたから、もう仕方なくて……。私一人の気持ちよりも、みんなの期待に応えることの方が大事だろうから……」


「だから、眠れない夜があるし、何でもない時に涙が出る? いつかの夜、来店された時に話していましたね」


「秘密は絶対に守られる店だと聞いていたから、本音も弱音も全部さらけ出してしまったよ」


「まあ、超高級店ですからね。VIPのお客様も多いので、秘密はもちろん、他愛ない雑談だって外には漏らしません」


「ありがとう。情けない話を聞いてもらった上に、アレのサービスも本当に凄くて……この一週間は、毎日が生き返るような気分だった。勇者として旅立ってから、こんなにも晴れ晴れとした気持ちになれたのは、もしかしたら初めてだったかも知れない」


 女勇者の熱意に対して、ボクはたぶん冷めた表情をしていただろう。


 それでも負けじと、彼女は力強い言葉を続けていく。


「何度も敗北していた魔王直属の四天王の一人にも、リフレッシュしたことで打ち勝つことができた。君の、その……夜の技術とも云うべきものは、私にとって、賢者の補助魔法や回復魔法よりも効果があったんだ!」


 賢者が泣くぞ。


 世界を救うために磨き上げただろう魔法が、エロ触手に負けるという悲劇。


 ……ん? というか、この女勇者、七日間連続で来店している合間に四天王というボスキャラとも戦っていたのか? 体力、お化け過ぎない?


「頼む。世界を救うためには君の力が必要なんだ! どうか、仲間に……」


「いえ、結局のところ、パーティーの仲間というのは建前ですよね?」


 耳ざわりの良い言葉を吐かれても、ボクは冷めていくばかりだ。


「貴方の性処理係としての役割だけ求められているならば、ハッキリとそう云ってください。ボクは、その方が気楽です」


「……違うっ! あ、いや。……ひ、ひどい云い方をするならば、求めていないわけでは無いけれど。やっぱり、その、すごく気持ちいいし……そ、そんな死んだ目で見ないでくれっ! 違う、違うんだ。少なくとも、建前ではない。私は、こんな場面で嘘なんか云わない。君をパーティーの仲間に迎え入れたいというのは本当だ。絶対の本音だ」


 女勇者は必死だけど、ボクはもう何も云わなかった。


 15歳の神託の日に、人生は見事に終了した。それはスキル『エロ触手』というハズレを引き当てたからで、ボクの人生も、ボク自身も、その瞬間から無価値なものに成り果てている。


 ボクを、仲間に?


 なんのため?


 問うまでもなく、快楽のため。


 ボクはスキル『エロ触手』のせいで人生が終わったと云うのに、それに頼りながら無様に生き足掻いている愚か者だった。人としての価値はない。そして、ボクは己のスキルにも価値を見出さない。だから、ボクは空っぽである。この欲望の街で働き続けることも、勇者パーティーと共に行くことも、どちらも虚しいばかりである。


 同じものを感じるだけの日々ならば、ボクは今のままで良い。


 痛みに苦しむのは、日向よりも、日陰が良い。


 静かに泣くならば、独りで良い。


 まあ、そんな感じ。


 ボクの中では結論が出ているけれど、それを説明する義務も義理も無いので、黙ったまま見つめている。じっと持っている。彼女が、こいつはダメな奴だと諦めてくれる瞬間を。


 友達にも、家族にも、見放されたように。


 ボク自身が見放したように、ね。


「わかった」

 

 女勇者がようやくそう云った時、ボクはホッとした。


 ちゃんと諦めてくれたようで、良かった。


 それでは、大人しく帰ってくだ――。


 ……ん?


 なぜ、剣を抜く?


 わかった、というのは、ボクなんか仲間にするのは意味がないからやめておこうと、ちゃんと冷静に思い直してくれてということではなくて?


 女勇者は、決意に満ちた表情で。


 ただ、まっすぐな瞳で。


 美しく豊かなブロンドの髪を、彼女は首の後ろで束ねた。ボクが「あっ……!」と叫ぶ余裕すら与えてくれず、剣が振り抜かれる。一切の躊躇を感じさせない動きで、女勇者は長い髪をバッサリと斬り落としてしまった。


「君は、どうしても私のことを信じてくれない。だから、誓おう」


 女勇者は、床に舞い散った髪の毛を気にせず踏みつけながら、ボクの目の前まで近づいて来た。


「私は貴族ではないし、騎士でもない。平民の田舎者だから、宣誓のやり方なんて、郷里の風習でしか知らない。古い考え方だけど、女にとっての一番価値あるものが美しい髪だった時代には、それを捧げることで、今後一生を貴方と共に過ごしていきますと……そんな風に誓ったそうだ」


 ……誓いは誓いでも、それは結婚の話では?


 しかし、ツッコミを入れる言葉も出てこないほど、ボクはまだ驚いたままだった。


 とても恰好悪い髪型になってしまった女勇者が、笑いながら手を差し伸べて来る。


「これは真似事に過ぎないけれど、それでも、君のために意味ある言葉になってくれることを願う。私は、健やかなる時も病める時も、どれだけの窮地も、どれだけの死地も、戦い、戦い、戦い……いつでも、いつまでも、君を守ると誓おう。だからどうか、いっしょに来てくれませんか?」


 ……バカなのか。


 ……。


 バカなんだろうなぁ……。


 ボクは何も云えない。


 仲間に誘っている気持ちが本物と証明するためだけに、ここまでするのか。ボクなんかを仲間に誘うことも意味がわからないけれど、ここまで必死になるのは、もっと意味がわからない。なんのため? 快楽のため? いや、たぶん、それだけではなくて……。彼女はどうやら、ボク自身を求めている。


 裏でもあるんじゃないかと、ぐるぐる考え込んでしまうけれど、裏なんか無いだろうって、ボクは最初から気付いている。


 この女勇者は、ボクに表しか見せて来ない。


「私のことを信じてくれ」


 ここまで来て抗うのは、なんだか子供の駄々みたいで滑稽かと思う。勝負に例えるならば、ボクは負けた。彼女の心意気に打ちのめされた。だから、敗者なりの潔さを見せるべきだ。


 それに、正直な所、最初から悪い話ではないのだ。


 勇者パーティーの一員として旅した実績が得られれば、今とは全然違った人生も選べるだろう。大歓楽街の帝王として働いて来たボクには、それなりの蓄えがあった。だから、金銭面は問題ではないのだ。


 いつの日か、どこか遠くの港町で静かに暮らそうとか、実現しそうにない将来図を思い描くことは時々あった。それがちょっとだけ現実的になる。


 ボクだって、人並みの日々を。


 ……なんて。


 打算的な考えを巡らすことで、ボクは、ボクを納得させていく。


 最後に、小さなため息を吐く。差し出されている女勇者の手を見つめながら、ボクも手を差し伸べようとするものの……うん、やられっぱなしも癪だよね。思わず、途中で悪戯心が芽生えてしまった。


「ポチ」


 呼び出せば、虚空の穴から一本のエロ触手がコンニチハ。


「はあ……!」


 エロ触手を見た途端に、ぶるりと身体を震わせて、瞳の奥がハートマークになる女勇者。ダメだ、手遅れだ。あれだけ毅然として、キラキラしたオーラを放ち、まさに勇者を体現するかのような至高の姿から、いきなり崖を転がり落ちるようにして恰好良さのストップ安。落差が酷すぎて、死人が出るレベル。誰のせいかと云えば、ボクのせいであるけれど、完璧な仕上り具合だった。


 女勇者の快楽堕ち。快楽に向けて紐なしバンジージャンプ済み。


 ……あー、うん。よく考えると、これは責任を取った方が良いかも知れない。


 製造者責任というヤツである。


 快楽堕ちさせた後は、最後まで面倒を見ましょう。みたいな。


「はい、握手」


 ボクは自分の手ではなく、女勇者に向けて触手を差し向けた。


 エロ触手も、仲間入りの挨拶ということを理解してか、素直にスルスルと女勇者の方に伸びて行く。しかし、握手の寸前でスルリと身を捻ると、女勇者の手を避けながら上着の裾に侵入し、そのまま胸元へ――。


 歓喜を含んだ女勇者の叫び声が、ボクの旅立ちを告げた。勘弁してくれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る